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エピソード1「勇者からの伝言・後編」

 ――だが、忘れるな。彼女はお前たちの頭脳となり、お前たちは彼女の手足となるが……。

 彼女を御するのはお前たちだ。



  『勇者からの伝言・後編』



 酒場にはちょっとした人だかりができていた。魔王戦争以来、誰も見たことがない不死人を見ようと、老若男女を問わず人々が詰めかけていた。

 彼らの心情としては、2割の恐怖心と8割の好奇心といったところだった。


不死人(ふしびと)は魔王の手先じゃないのか?」

「勇者が死んだのも、もしかして……」

「とても魔王戦争時代の魔導士には見えないが……」


 そんな人々の関心を集める人物は、目の前に山のように並べられられた肉と魚と卵の料理を上品な仕草で、だがハイペースを崩すことなく食べ続けていた。


「本当に何も覚えてねぇの?」


 疑惑と困惑の入り混じったメリッサの瞳を、彼女は正面から受け止めた。

 目覚めたヴェルヴェーナは、白い亜麻布の簡素なロングドレスを身に着けていた。


「はい、どうやら私の名がヴェルヴェーナなのは確かなようですが」


 自分の名前を呼ばれたら、何となくわかる感覚があると彼女は語った。


「すみません。古くなった体の肉が入れ替われば多少は記憶が戻ると思いますので」


 先刻から、彼女が高タンパク質な料理を食べ続けているのは、それが理由だった。


「ん~、美味しい。きっと、私が生きていたころより、お料理はずっと進歩しているのですね」


 心底幸せそうに料理を頬張るヴェルヴェーナ。筆で線を引いたような細い目は、開いているのか閉じているのか判断がつかない。肌の色は相変わらずの淡い青灰色だが、死体特有の不気味さは感じられず、むしろ感情が内部からにじみ出ているように思えた。


「しっかしどうしたもんかね。ボスんとこ連れてくにしても、記憶が無いんじゃなぁ」


 ハチミツ入りのワインをちまちまと舐めるメリッサ。ポディとブートンは反応しなかった。彼女がヴェルヴェーナの食事にかこつけて、自分の酒代を上司のツケにした上で仕事をサボっているのを知っているからである。


「ん?」


 ふと、メリッサはヴェルヴェーナの視線を感じた。――もっとも、その目は糸のように細いのであくまで感じただけだが。


「ワイン、飲む?」


 にっこりと頷くヴェルヴェーナに、メリッサはいたずらっぽい微笑みで返すと、大ジョッキの安ワインを注文した。


「さすがにマズくない?」


 ブートンがこっそり止めるが、メリッサは「血の代わりになるかも知れねぇだろ」と適当なことを言って受け流した。

 その間にも、木製の樽ジョッキになみなみと満たされたワインを、ヴェルヴェーナはぐいぐいと飲み干していく。


「はぁぁぁぁぁぁー……」


 甘い吐息は、発酵した果実のせいだろうか。


「……」

「ポディ?」


 ポディがぼーっとヴェルヴェーナを見つめていた。


「どうした? 酒の臭いにやられたか?」

「え? いや、別に!?」


 ポディは慌てて幸せそうに飲み食いを続ける不死人の女性から目をそらした。


「あ……」


 その先に、ちょうど人込みをかき分けて淡い金髪をなびかせた男が入って来た。


「あ、ボス」

「げっ!? あ、いや、これはその――」


 メリッサは慌てて自分の酒を隠す。だが、クローコスは部下たちには目もくれず、まっすぐにヴェルヴェーナの前に立った。


「久しいな、ヴェルヴェーナ」

「はぁ。すみません、私――」

「ボス! ヴェルヴェーナは、その、記憶が飛んでて――」


 クローコスは「わかっている」と言いたげに手を振る。そのまなざしはをずっとヴェルヴェーナに注がれている。


「よく、目覚めてくれた」

「どうも、多分ヴェルヴェーナと申します。えっと、ボス様とおっしゃるのですか?」


 クローコスの目がかすかに伏せられた。


「……クローコスだ。今はこの都市国家の執政官をしている。まあ、おいおい説明しよう。今はとにかく、そうだな、無理をしないでくれ」

「何かボス、ウチらと態度違くねぇ?」


 ぷくっと頬を膨らませるメリッサに、ポディとブートンは反応に困ったように顔を見合わせるしかなかった。




  ◆ ◆ ◆




「ふーむ……まだよくわかりませんが、まあ、わかりました」


 場所を夜巡(よまわ)り隊の詰所に移すと、ヴェルヴェーナはメリッサたちの話をじっと聞いていた。


「つまり、勇者様と守護戦士様は遺跡の宝物庫に閉じ込められて殺されたらしい。犯人は聖女様であり、動機もチャンスも推測できる。ただ、証拠がここでは使えない、と」

「そう言われると簡単に聞こえるけどな。でも、聖女が犯人だったとして、どうやって1人で荒野を抜けたのか」

「でも、聖女様が犯人で、こうしてカルキノスに戻っている。そこはそれほど問題ではないでしょう。必要なのはこの世界の人々の中で、勇者様を殺害したが唯一聖女様であるということを裁判で皆さんに納得させる、それだけです」


 おだやかに微笑んだまま、あっけらかんと言ってのけるヴェルヴェーナに、夜巡り隊の3人は毒気を抜かれたような表情で沈黙した。


「さて、もう一度教会へ行きましょう」


 ヴェルヴェーナは軽やかに立ち上がった。


「私たちの武器は、あなたたちが体を張って守ってくれた遺品です。だから、それを見せてください」

「あ、うん……」


 メリッサの小さな顔がこくんと頷いた。



 教会では、今日も聖女が祈りをささげていた。


「こんにちは」


 ヴェルヴェーナが声をかけると、聖女ハルマは穏やかに会釈を返した。だが、数珠を巻いた両手を解くことはなかった。


「すんません、迷惑かけちまって」


 ヴェルヴェーナの長身の影からぺこりと頭を下げるメリッサに、聖女は少し困ったように微笑みかけた。


「そうですね。幸い、この教会には氷魔法の得意な僧侶がいますから、ご遺体がこれ以上傷むのは防ぐことができていますが、できれば早く安らかに眠らせてあげたいものです」

「僧侶様ですか? 今はどこに?」

「お使いに出かけています。この都にいる教会の者は私と彼女の2人だけなので」

「もう一度、遺品を見せていただけますか?」

「はい」


 聖女は棺の傍に置いてある木箱から遺品と取り出すと、小さなテーブルの上に並べて行った。


「ヴェルヴェーナ様は記憶をなくしていらっしゃると聞きました。できれば、魔王戦争の頃から冒険者の道具がどのように変わったのか、聞いてみたかったのですが……」

「興味があるんですか?」


 ヴェルヴェーナの問いに、聖女は寂しげに首を振った。


「私は生涯を信仰に捧げると決めていますから。ただ、勇者様の生きざまには興味があります。あの方が広い世界を旅しながら何を見て、何を感じたのか……」


 その間、ヴェルヴェーナはぜっと聖女に体を向けていた。おそらく、その糸目の奥にある瞳も、まっすぐに聖女の方を向いているのだろう。


「あれ?」


 遺品を並べていると、不意にポディが声を上げた。


「これ、僕たちが運んだものじゃないですよね?」


 彼が指さしたのは、一振りの鉄製の棍棒だった。その全長はタイスケスの剣とさほど変わらない。


「ああ、これは、冒険者の方が持ってきてくださいました。あの時、出来心で盗んでしまったけれど、後になって良心が咎めてしまい、売ることができなかったと」

「ポディさん、お願いします」


 ヴェルヴェーナに促され、ポディは棍棒の取っ手に向かってクンクンと鼻を鳴らした。


「勇者と、聖女様と、捜索隊にいた冒険者の臭いがする」

「私の手の臭いですか……、ちょっと恥ずかしいです。遺品を受け取った時についてしまったのですね」


 さらにポディは棍棒の先端に鼻を向け、すぐにしかめた顔を離した。


「それと、多頭蛇(ヒュドラ)の臭い。血と脳みそと毒液……きっついなぁ……」

「ありがとう。他に変わったものはありませんか?」

「無いかな……」


 ヴェルヴェーナは遺品のひとつひとつをじっくりと眺めて行く。その表情は伺い知れないが、体から発する空気は真剣そのもので……。


「あの、ヴェルヴェーナ……」


 ポディがすまなそうに話しかける。


「ヴェルヴェーナ!」

「あ、はい」

「大丈夫? その、ヴェルヴェーナの体から腐敗臭がするんだけど……」


 その頃にはもう、その場の全員が違和感を覚えていた。


「あ、やだ……」


 ヴェルヴェーナは長い腕で自分の体を抱くようにしてうずくまった。


「ごめんなさい、私ったらもう」


 曰く、不死人は死体に魔力を循環させて無理やり生命活動を維持しているため、ぼーっとしたり別のことに集中したりすると循環が止まり、体が腐り始めてしまうとのことだった。


「すみません、少しの間我慢してください。お肉を交換すれば臭いも消えるので」

「肉食えば治るんかい」


 小さくな咳払いで、ヴェルヴェーナは場を仕切りなおした。


「えーっと、これが勇者様の手に握られていた白紙ですね?」

「……そう聞いています」


 聖女が夜巡り隊の面々を見回す。彼らは一様にうなずいた。


「どうして何も書かれていない紙なんて握っていたのでしょう?」

「今も、それを考えています」

「聖女様……みなさんも、「死者からの伝言」という話はご存知ですか?」


 ヴェルヴェーナに問われた全員が小首をかしげた。


「殺人事件の被害者がいるとします。ですが彼は致命傷を負いながらも、少しの間生きていました。彼は死の間際、自分を殺した犯人の名前を書くことで復讐を果たすという話です」

「興味深いなぁ」


 とブートンはつぶやいたが、一方でメリッサをはじめ他の者たちは首を傾けたままだった。


「何でそんなことするんだ? 犯人が捕まるのは自分が死んだ後なんだろ? 意味ないじゃん」

「俺だったらそうだな、へそくりの隠し場所を書いてみんなの飲み代にしてもらおうかな」


 ヴェルヴェーナは微笑んだ。


「そうですね。例えばですが、犯人が自分の家族や仲間の命も狙っている場合に警告することはできるでしょう。またはポディさんのように遺産の処分や相続人を指名するといったこともできますね。まあ、皆さんが誰かに殺されかけた時には思い出してください」

「ん? 思い出すって言えばヴェルヴェーナ、今の話、記憶が戻ったのか?」

「いえ。でも、もしかしたら、私は生前も今と同じようなことをしていたのかもしれません」

「……つまり、ヴェルヴェーナ様は、この白紙が勇者様を殺した犯人を指し示しているとお考えなのですか?」


 だが、ヴェルヴェーナは「今は何とも」と答えただけだった。


「それにしても、薄い紙ですね。私の生きていたころに、こんな紙はあったでしょうか……」

「や、今でも珍しいぞ。道具屋に持って行けば、まあ、ワインの小樽くらいは買えるんじゃね?」


 指先を顎に当て、考え込むヴェルヴェーナ。腐臭が少し強くなった気がした。


「もうひとつだけ、よろしいですか?」


 ヴェルヴェーナが取り上げたのは、一振りの短剣だった。ポディがその臭いを嗅ぐ。


「ッ!」


 一瞬、聖女の背筋に緊張が走った。

 そういえばあの時、落ちていた短剣を蹴飛ばした。一瞬のことだったが、靴を通しても足の臭いがつくことはあるのだろうか?


「勇者とゼスタシアの臭い。でも、多頭蛇(ヒュドラ)の血の臭いでほとんど消えてる」


 狼獣人の青年の言葉に、聖女ハルマはこっそりと胸をなでおろした。


「それでは聖女様、私たちはこれで」

「あ、はい、ご苦労様です」


 会釈をする聖女ハルマに、ヴェルヴェーナは複雑な微笑みを向けた。


「そうではなくて、これより夜巡り隊の皆さんがあなたの身柄を拘束し、勇者様と守護戦士様殺害の被疑者として民衆裁判に告発させていただきます」


「え?」

「え?」

「え?」

「え?」


 驚愕の表情を浮かべたのは、ヴェルヴェーナ以外全員だった。




  ◆ ◆ ◆




 時計広場。それは、時計塔の前に開けた広場である。そこは今、数千人におよぶカルキノス市民でごった返していた。

 集まった人々の感情は、興奮と困惑だった。


 殺害された勇者。

 犯人とされる創世教の聖女。

 勇者を巡る三角関係。

 それを解き明かすのは、蘇った不死人の魔導士。


 本来であればどれか一つでも酒場や井戸端を熱狂させる噂話となっただろう。

 それが怒涛のように押し寄せた今、市民の中にはこれから何が行われるのかも理解せず、ただお祭り騒ぎに踊り狂っている者さえいた。


「ではこれより、民衆裁判を開始する!」


 水の魔法により、水面に共振して増幅された終身執政官クローコスの号令が、広場に響き渡った。

 巨大水時計を背景に、急遽設けられた5つの法壇。その中でひときわ高い場所にクローコスが座り、残り4つに市民からの総選挙で選ばれた4人の執政官が座る。


 彼らに見下ろされる位置には、被告人の椅子と机があり、そこに聖女ハルマが静かに座っていた。

 古びているが清潔な神官の服に身を包み、胸の前で両手を祈るように組み、目を伏せる姿は儚げで、喧騒の風に吹かれて今にも幻のように消えていまいそうだった。


「聖女様……」

「嘘だろ、こんなことが許されるのか?」

「でも、あんな女に、勇者を殺せるのか?」


 聖女をかばう声がある一方、


「お高くとまった創世教の奴らが青ざめてるぜ、いい気味だ」

「聖女様もひと皮むけば1人の女だったってことか」

「有罪だ有罪! 裸にむいて引き回しだァ!」


 そんな、憎しみと欲望をさらけ出す声もあった。


「今回は、被害者に事件を訴える遺族や友人が存在しなかったため、カルキノス夜巡り隊を代表し、元魔導士ヴェルヴェーナが原告となる。まずはヴェルヴェーナの訴えを聞こう」


 クローコスの言葉に、人々は一斉に静まり返った。

 魔王戦争を生き抜いたという大魔導士。

 吟遊詩人の語るどの物語にも登場しない謎の存在。

 そして何より、これまで魔王の眷属とされてきた邪悪な種族、不死人!


 だが、時計塔から現れたのは背が高く、顔色が悪く、目が妙に細い以外は取り立てて特徴のない、黒髪の女性だった。

 その服装も、大方の予想を外して、一般の市民が着るシンプルなロングドレス。光竜の陽を避けるためだろうか、つばの広い帽子が珍しいと言えば珍しいだろうか。


「あれが、蘇った魔導士?」

「何か、思ってたより普通だな……」

「俺は好みだぜ、あの女」


 愉快とは言えない空気の中を、ヴェルヴェーナは平然と歩み、被告席と法壇の間に立つと聖女ハルマと向かい合った。


 長い両手が優雅に広がる。


「私の主張を述べます」


 その声は、金切り声でもがなり立てるような声でもなかった。だが、透き通るような声は力強く、遠くまで届いた。


「勇者タイスケスと守護戦士ゼスタシア、そして聖女ハルマは3人で西の遺跡に向かいました。恐らく、タイスケスとハルマは1頭の馬に2人で乗り、草食獣の獣人であるゼスタシアは走って出発したと思われます。

 遺跡に到着した3人は魔物を処理しつつ3層目を探索。そこで宝物庫を発見しました。この時、勇者タイスケスは扉と床の間に短剣を噛ませることで罠を防ぎ、宝物庫に入りました。しかし、最後に入った聖女ハルマは短剣を抜き、扉を閉めて勇者タイスケスと守護戦士ゼスタシアを閉じ込めたのです。

 勇者タイスケスは冒険者のセオリーにしたがって獣人であるゼスタシアの胸を剣で貫いて殺害し、自身は死者からの伝言としてメモ帳の白紙のページを破り、握りしめたまま飢餓か窒息で亡くなりました。

 一方、宝物庫の扉を固く閉ざしたハルマはそこで多頭蛇(ヒュドラ)に遭遇し、それを撃破。その後は遺跡を脱出し、つないであった馬で単身カルキノスに帰還しました。これが、今回の事件の概要です」


 事件の全貌は、あまりにも淡々と告げられた。

 何なら、ヴェルヴェーナが両手を広げた時が緊張感のピークだった。

 人々はこの時誰もが「これで終わり?」と思ったことだろう。


「被告人、聖女ハルマは言いたいことはあるか?」


 ハルマは立ち上がった。


「私は、勇者様も守護戦士様も殺してなどいません」


 どこからか、「閉じ込めただけだもんなー!」とヤジが飛んだ。

 だが、ハルマは声の方向を見て、寂しげに微笑んだだけだった。


「もちろん。閉じ込めてもいません」


 聖女が着席する。

 たちまち民衆が騒ぎ始めた。

 彼らはこんな肩透かしを見に来たのではない。都市国家カルキノスを震撼させた殺人事件という名の演劇の最終章を身に来たのである。互いの主張のぶつかり合いを、もっと激しい舌戦を、もっと言えば聖女と女魔導士のつかみ合いのキャットファイトを見たかったのである。


「ではヴェルヴェーナに問う。何をもって聖女ハルマが殺人犯であることを証明するのか?」

「この事件のカギはいくつかあります。1つ目は、勇者タイスケスの遺品です」


 ブートンが、被告席の机の上に遺品の数々を並べていく。


「この中に、鉄でできた棍棒があります。ハルマ様、これは探索隊に参加した冒険者の1人が返してくれたものだということでしたね?」

「そうですね」


 ポディさん! と、ヴェルヴェーナが叫ぶと、ポディにしっかりと押さえられた冒険者が現れた。カルキノスを脱出しようとしたところを、ポディの嗅覚で追跡され、確保されたのだ。


「お伺いします。この棍棒は、あなたが遺跡で発見し、聖女様に渡したものですか?」

「ち、違う! こんな棍棒じゃねぇよ! 俺がくすね――返したのは、もっと小さかった!」


 かすかなざわめきが起きた。

 同時に、「それがどうした?」というさざ波も広がっていった。


「そうなのです。最初にこの棍棒を見た時に違和感を覚えました。勇者タイスケスは剣を持っていました。この剣と棍棒は長さがほとんど同じです。リーチの異なる得物を持つならわかります。開けた場所で戦う武器と、地下道のような狭い場所で戦う武器です。しかし、彼はなぜ同じ程度の長さの武器を彼は2つ携行していたのでしょう? 考えられるのは、この棍棒は勇者の武器ではないということです」

「ならば、それはむしろ守護戦士ゼスタシアの得物だったと考えるのが自然ではないか?」


 クローコスの問いに、ヴェルヴェーナは首を振った。


「問題は、この棍棒の出どころなのです。夜巡り隊が遺品を回収したとき、この棍棒は含まれていませんでした。そして今、この冒険者様の証言でもお分かりの通り、彼が遺品を返した時も、この棍棒は無かったのです。この棍棒が遺品に紛れ込んだのは、棍棒を返した冒険者様が教会を訪れてから我々が聖女様を拘束するまでの間です。棍棒のすり替えができたのは、教会関係者の可能性が高いと考えざるを得ません」

「だが、可能性だけで聖女を断罪することはできない」


 今度は、ヴェルヴェーナは頷いた。


「では、2つ目のカギに移ります。多頭蛇(ヒュドラ)を殺したのは誰か?」


 会場がざわめいた。困惑の声が上がり、クローコスがそれを代弁する。


「待て、今我々が問題にしているのは勇者はなぜ死んだのか、だ。多頭蛇(ヒュドラ)は関係ないだろう」

「いいえ、非常に重要です。メリッサさん、お願いいします」


 クローコスの抗議を半分無視する形で、ヴェルヴェーナは強引に話を進めた。

 しばらくして、メリッサに連れられて、金と赤の鱗鎧ならぬ鎧鱗に身を包んだ女性が現れた。


「貴様……よくも……我ら斥候兵団をコケにしてくれたな……」


 火竜族(サラマンドラ)の女性がメリッサを睨む。


「お互い様だ。それと腰布を巻け」


 いそいそと腰布を巻きながら、斥候兵団副長タメタタピュシカが悔しそうに階級と名前を告げた。


「では、タ、メタ、タ、ピュシカ、様。まずは遺跡の再調査を行っていただいたことに感謝いたします」

「……」


 夜巡り隊と兵団のいきさつを知らないヴェルヴェーナは本心でお礼を言ったつもりだったが、相手はそうは受け取らなかったようだった。


「宝物庫の前の多頭蛇(ヒュドラ)の死骸は確認しましたか?」

「ああ」

「詳しく教えてください」

「頭は9つ。すべて棍棒で潰されていた。それと、腹を切ろうとした跡があった。よほどナマクラな刃物を使ったのだろうな。途中で断念したようだ」

「ありがとうございます。夜巡り隊の報告も、頭がすべて潰されていた点で一致しています。あの時はお腹の傷跡までは確認できていませんでしたが、死骸の近くに短剣が落ちていたことは確認しており、遺品として回収しています」


 これがその短剣です、と、ヴェルヴェーナは遺品のひとつを掲げて見せた。


「わかる方にはわかるのですが、この短剣は実は武器ではなく、物を切る道具ですらありません。最初に私が述べました、宝物庫の扉の罠を防ぐために扉に噛ませるためのものなのです。

 つまりどういうことか。多頭蛇(ヒュドラ)を殺したのは勇者タイスケスや守護戦士ゼスタシアではありません。彼らであれば、撃破した魔物はきちんと処理をしていたはずです。多頭蛇(ヒュドラ)を殺した人物は冒険者の経験が浅かったのでしょう。短剣の違いが判らず、見様見真似で処理をしようとして断念した」


 ヴェルヴェーナは続ける。


「さらに、多頭蛇(ヒュドラ)が死んだのは勇者たちが宝物庫に閉じ込められた後でもあります。なぜなら、多頭蛇(ヒュドラ)を殺した人物と勇者たちがまだ一緒にいたのなら、勇者たちが魔物の処理をおざなりにするはずがないからです」

「魔物の処理をする前に、宝物庫の宝に目を奪われた可能性は?」

「ありません。その場合は短剣が扉に噛まされたままだったはずです」

「つまり、お前の主張をまとめるとこういうことか? 犯人は勇者たちに同行した新米冒険者でありながら、多頭蛇(ヒュドラ)を単身で撃破できる実力者である……」

「その通りです」


 笑い声が聞こえた。とんだ茶番だ。見世物としては面白い。これ、どう収集つけるんだ? もはや、この場を真面目に受け止めている者は少なく、クローコス以外の執政官にもやる気を失っている者が見受けられた。


「証明する方法は簡単です」


 ヴェルヴェーナはこの空気をまるで感じていないかのようだった。


「聖女様、この棍棒で素振りをしてみてください」


 失笑が広がっていく。


「……」


 さすがの聖女ハルマも返事をせず、鼻からそっと息を吐いて棍棒を受け取った。


「こう、でしょうか……」


 わざとへなへな腰が引けた姿勢で棍棒を振るう。当たり前だ。犯人は実力者と言われているのに、馬鹿正直に棍棒を振るう者はいない。

 そこかしこから「がんばれ聖女様ー!」「かわいいよー!」と声が上がった。


「ありがとうございます。では次に――そうですね、あなたにお願いします」

「え?」


 指名されたのは、つい先ほど棍棒について証言をさせられていた冒険者だった。

 男はおろおろと周囲を見回すが、誰も助けてくれないと悟ると観念したように右手を突き出した。

 ブートンがおもむろに棍棒を手渡したその時だった。


「うおッ!?」


 ゴキン、という鈍い音と共に男の肩が外れ、棍棒は地面に激突した。


「何だこれ!? クソ重てェェ!!」


 これまでとは異質のざわめきが会場を支配していった。


「だ、大丈夫ですか!?」


 思わず聖女ハルマは男に駆け寄り、肩に治癒魔法をかけた。


「ひぃぃ! あ、ありがとうございまぁす!」


 男は脱兎のように駆け出し、民衆の中に消えて行った。


「今のが茶番だと思う方はどうぞお試しください」


 何人かの男女が名乗りを上げたが、誰もが異口同音に「クソ重てぇ」と叫ぶ。

 ここへきて、ようやく聖女ハルマの顔に焦りと動揺が浮かび始めた。


「聖女様、申し訳ありませんが、服を脱いでいただけますか?」

「え……」


 ハルマは両手を胸元にあてがい、怯えた様子を見せた。


「何も全裸になれとは言いません。肩と腕と、できれば胸元を見せてください」


 ハルマは大きく深呼吸をすると、意を決したように潔く服を脱ぎ捨てた。


「……」


 現れたのは、パンパンに盛り上がった肩に丸太のように太い腕。分厚い胸板に乳房のふくらみは見られない。さらにハルマはやけくそとばかりに髪の毛をむしり取った。

 長い髪はカツラで、つんつんと逆立った短髪の美青年がそこにいた。


「小柄な骨格に、隆々の筋肉。岩人の血でしょうか?」

「さぁ、知りません。教会の前で捨てられていた身ですから」


 ハルマは自嘲気味に笑った。


「いつから気付いていたんです?」

「初めから、この事件の犯人は相当な腕力の持ち主だと思っていました。宝物庫の扉は重い石造り。扉が閉まり始めれば、勇者様も守護戦士様もすぐに気づく。特に守護戦士ゼスタシアは俊敏性に優れた獣人です。彼女が扉に届くよりも早く犯人は扉を閉めたことになる。その前提であなたを見た時、常に両腕を組んで祈りをささげているのが気になりました。まるで広い肩幅を隠したがっているようだと」


 青年はふっとため息をついた。だが、それは諦めではなく、腹の底に力を溜めるためのものだった。


「でも、まだですよヴェルヴェーナさん。確かに私は聖「女」ではかった。でもあなたが証明したのはそれだけです。その棍棒だって私がすり替えたという直接の証拠は無いし、勇者様を閉じ込めた者が多頭蛇(ヒュドラ)を殺し、私に多頭蛇(ヒュドラ)を殺せる力があるからといって、私が勇者様を殺したことにはならない。違いますか?」


 状況は限りなく黒に近い灰色。だが、完全な黒ではない。


「最後のカギです」


 ヴェルヴェーナは白紙の紙を手に取った。


「勇者タイスケスが握りしめていた白紙。死者からの伝言です。勇者様が伝えたかったことがわかりました」

「何も書いてないじゃないですか。それがどうして犯人が私であることを示していると言えるんですか?」

「彼の伝言は白紙の方ではありません。もう一方――ページを破られた手帳の方です」

「手帳……、何が書いてあると言うんですか……」

「さぁ? 私は読んでいません。あなたが知っているのではないですか?」


 ハルマは力なく首を振った。


「聖女の務めとして読ませていただきましたけど、書いてあったのは彼の冒険の記録でした。世界を回って何を見て、何を知って、それをどう活かしていくか」

「それが答えです、ハルマ様」


 もう一度首を振るハルマに、ヴェルヴェーナは語りかけた。


「1人の少年がいました。彼は幼くして創世教会に捨てられましたが、幸い治癒魔法の素質がありました。彼は性別を隠し、聖女として育てられることになりました。彼は自分の運命を受け入れ、1度は信仰に身をささげる決心をした。でも、彼の中にあるもう1つの才能がそれを許さなかった」

「……本当に知らなかったんです。自分が他より力が強いことに。いつもうっかり食器を割ったりモノを壊したり。てっきり、自分は治癒魔法以外は何もできないドジなのろまだと思っていました」

「でも、あなたの才能に気付いた者がいた。彼と関わったことで、あなたの中にある冒険への憧れは一気に花開いてしまった。それは勇者も同じでした。彼がどうして勇者を自称したのかはわかりません。ただ、彼はようやく見つけたのです。自分がこれまで培ってきた知識や技術を受け継ぐにふさわしい若者を」

「……」

「自分の最期を悟った時、勇者タイスケスは何を思ったのでしょうか? 自分を殺した相手への復讐でしょうか? いいえ、彼は根っからの冒険者で、誇り高い探求者でした。

 彼が最も恐れたことは何でしょう? それは、自分のすべてを記した手帳が赤の他人の手に渡ることです。どこぞの金持ちに死蔵などされたら、それこそ無念だったでしょう。

 彼には容易に想像ができました。自分の死体を見つけるのは十中八九略奪者であると。略奪者の目を盗み、遺品をしかるべき場所に届けてもらうにはどうしたらよいか? そこで彼は賭けに出た。

 道具にこだわりのあった彼の手帳は、高価な薄紙が使われていました。だから彼は最も値打ちのある白紙のページを破り取り、あえて目立つように握りしめて亡くなったのです。価値のある白紙が手帳にくっついたままでは、手帳にも価値が出てしまう。でも、手帳に残っているのがびっしりと文字が書かれた使()()()()()()()()()なら、略奪者の目を逃れて、あわよくば教会に――あなたの元に届くかもしれない」

「……」

「これ以上続けるのなら、ここで手帳の内容を読み上げていただきます。自分の才能を理解しきれていないあなたが読んでもわからないことが、他人が聞けばわかるかもしれない。あの棍棒のように」

「棍棒は……勇者様が……私に合わせて鍛えてくれたと……」

「手帳を読み上げますか?」

「もう、許してください……。私はどうなってもいい! でも! もう私は! あの人のこと! 裏切りたくない!」


 ヴェルヴェーナは静かに一礼をすると、時計塔の中に消えて行った。

 残された広場は、しんと静まり返っていた。


「執政官および投票者は有罪か無罪かを記入せよ。また、有罪と記入した者は、死刑か、追放か、市民権のはく奪化を記載して投票せよ」


 聞こえるのは、淡々としたクローコスの言葉と、ハルマの嗚咽と、静かに流れる水時計の音だけだった。




 聖女ハルマ:有罪 追放刑 また、創世教会における地位をはく奪、教団は破門とする




  ◆ ◆ ◆




 夜巡り隊の仕事は多岐にわたるが、追放刑となった罪人を人知れず送り出すのもそのひとつだった。


「お世話になりました」


 ハルマは夜巡り隊の前で深々と頭を下げた。


「これ、持ってけよ」


 メリッサが差し出したのは、革の表紙の手帳だった。


「でも、これは……」

「だらしねぇ夜巡り隊員が保管庫で紛失しちまった」

「ありがとうございます」


 ヴェルヴェーナと目が合った。いや、合ったかどうかはわからないが、そんな気がした。


「ヴェルヴェーナさんに、最後にひとつだけ、お願いしてもいいですか?」

「何でしょうか?」

「実は、私にはまだ隠し事があります。それを、ここで暴いてもらえませんか?」


 なんだそりゃ? とメリッサはあきれた。


「すみません。ずっと告解を聞く立場だったもので、自分ではどうしても……」


 ヴェルヴェーナはしばらく思考していた。ふと、鼻先を腐臭がよぎった気がした。


「そうですね、ご期待にそえるかどうかわかりませんが、なぜあなたが勇者と守護戦士を殺さなければならなかったのかを推理してみましょう。ひとつだけ、私には疑問があります。それは現場に残されていた武器です。勇者タイスケスは剣、あなたは重い棍棒、ならば必然的に残るのは、一度は略奪されたのち教会に戻された、小ぶりな棍棒が守護戦士ゼスタシアのものであると考えられます。でもそれだとおかしいことがあるのです」

「おかしいこと?」

「考えてください。一度は勇者様と冒険し、あの手帳を読み込んだあなたなら、思い浮かぶはずです」

「剣の長さでしょうか。私は背が低いからあのサイズの棍棒でよかったけれど、勇者様の身長であの剣は閉所では長すぎる。つまり、小ぶりな棍棒は勇者様が閉所で使うための武器……」

「すると今度は別の問題があります。守護戦士ゼスタシアの得物は何だったのでしょう?」

「……」


 ハルマは黙った。もう、答えは知っていた。


「拳ではありません。それならナックルガードなり包帯なりを拳に巻くはずです。彼女に武器は無かった。彼女の名前が偽名だとしたら、守護戦士の肩書も偽りだった。ここから先は本当に根拠のない推理ですが、彼女は魔導士、それも、治癒魔法の使い手だったのではありませんか?」

「……はい」

「勇者に出会って、冒険者の世界を知ったあなたの心は揺れていました。信仰に一生を捧げるか、すべてを捨てて冒険者の世界に飛び込むか。傍から見れば、それは才能に恵まれた若者の悩みですが、あなたにとっては違った」

「教会は、私のすべてでした。私の生きる場所で、私の生きる価値そのものでした。もし治癒魔法の素質が無ければ、私は教会の中でも何もできない役立たずだったでしょう」

「あなたは、気が付いたら崖っぷちに追い詰められていた思いだったでしょう。しかも世間では守護戦士と聖女の恋愛沙汰が噂されていました。ここでもし、守護戦士の治癒魔法が自分を上回っていたら――」

「実のところ、私の治癒魔法などあの人の足元にも及びませんでした。罠にはまったような気持ちでした。勇者様について行っても、守護戦士様のようにはなれない。教会に残っても、恋敵に敗れ魔力に劣る負け犬聖女と言われてしまうかもしれない。ああ、本当、今にして思えばなんてくだらない悩みだったんだろう。私はただ、あの人たちを信じて、すべてを吐き出すだけでよかったんだ」


 すべてを吐き出したハルマの後姿を見送りながら、メリッサは「あいつ、これからどうすんだろうな」とつぶやいた。


「彼は投票により追放刑となりましたが、言い換えればカルキノス以外の場所では自由の身になったということです」

「そうだね、これ以上は俺たちの仕事じゃない。帰ろう」


 その時、ふらりとヴェルヴェーナの長身が崩れ落ちた。


「どうした!?」

「すみません、ちょっとお肉が足りなくて……、あと、魔力の……循環が……眠……」

「お肉が足りないってよ、ブートン」

「ちょ、僕のお腹を見て言わないでよ!」


 ヴェルヴェーナの体を抱きかかえるブートン。意外な重さに少し驚いた。


「ウチらの頭脳だ。落とすなよ」


 心地よい疲労感に包まれながら、夜巡り隊はカルキノスに戻って行った。

 またしばらくはスリやコソ泥を追い回し、税の取り立ての仕事に追いかけられるのだろう。

 その間、彼女はどう過ごすのだろう?


 この時はまだ、彼らは「ちょっと面倒な仲間が増えた」くらいにしか思っていなかった。




  ◆ ◆ ◆




 ――最近、吟遊詩人の間で新しい詩が歌われるようになった。

 それは、棍棒を片手に世界を巡る、独りの勇者の物語。

 彼は行く先々でその身体で子供を守り、その膂力で魔物を討ち、癒しの力で人々を救った。

 彼は決して己の名前を告げなかった。

 だから、助けられた人々は彼のことをこう呼んだ。

 勇者タイスケスの再来と――

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