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終章 chapter03 最終話

町工場にしては広い駐車場スペースと1階エリアを賑わせているのは、小さな子供とそのお母さん、木賊の作業着の男たち。よく見れば高校生の姿もあった。

「大賑わいだね!」

「まだまだですよ! 一昨年は、この3倍のお客さんがいたんですから!」

ひかるの手を取り、彩花が敷地の奥へと引っ張っていく

今日は10月半ばの日曜日、第4回トクサ祭りの日だ。招待されたのはひかる、そして葉桜と哲也だ。木賊工業の救世主として3人は貴賓席……テントの下、長机とパイプ椅子であったが、そこに迎えられた。法廷とは違い、白いオーバーサイズのシャツと薄手のコートをラフに着こなした葉桜と、Tシャツに厚手のカーディガンというスタイルの哲也が席に着く。

木賊一家と談笑を終えたところに、社員たちが次々と挨拶にやってきた。一番手は篠原だった。

「木賊工業を救ってもらって、ありがとうございました。うちの妻も〝堂々と買い物できる〟って喜んでます。今日は相談役の焼きそばを楽しんでいってください」

次に現れたのは、彩花と同世代らしき女性社員だった。植田奈緒美である。

「テレビで葉桜先生を知ってました。まさかこうしてうちの会社を助けてくださることになるなんて……うれしかったです。ありがとうございました」

そう言うや、彩花のところへ走り去っていく。騒がしく話す2人の方から「めっちゃ綺麗、めっちゃ綺麗」というフレーズが聞こえてきた瞬間、葉桜は「うんうん」と頷いていた。

そこに、彩花に手を引かれてやって来たのは、コンサルタントの田中優子だった。

「こちら、田中優子さん。外部コンサルタントとして、補助金申請とか人材の循環とか、それに輸出の道筋なんかを考えてくた方。営業・広報である私の師匠みたいな存在です」

「へー、そんなにいろんなところまで! すごい!」

〝仕事大好き人間〟であるひかるが驚いた。その嗅覚に乗るオードトワレの香り。

「あら、椿の香り? 詩的ねえ」

葉桜が言い当てた。

「技術的なこと、法的なこと、それに制度の理解まで? 大したものだわ」

「そんなことないんです、まだまだ無名の若輩者です。おかげで社長と相談役にも、この事件で迷惑を掛けたようで」

「いやいや、その知識量はさすがですよ。すごいなあ」

哲也もひかると同様か、それ以上に感心している。

笑顔の葉桜たちに、優子は謙遜するばかりだった。挨拶を済ませ去っていく優子を目で追いながら彩花が言う。

「ずっと気にされてるけど、あの人がいなかったら木賊工業はもっと早くに潰れる……まではいかなくても縮小しなきゃいけないことは間違いありませんでした。『有名になり損ねてる』なんておっしゃってるんですけど、ウチはそのおかげでお安く契約できちゃって。じゃあ、まずはゆっくりお食事楽しんでください」

そう笑って頭を下げると、優子を追うように彩花も席を外した。

「なるほど、そういうことか」

2人の去っていく方を見つめ、ぽつりとこぼす葉桜だった。


「東京地検の人事のニュース、聞いた?」

背もたれに体を預けた哲也が、葉桜に話しかけた。机の食べ物もほぼ片付き、すっかり落ち着いた3人の話題は、終わったはずの木賊裁判へと移っていく。

「あのちびトカゲが昇進したって話でしょ。どこかの副部長にでもなったのかしら。人事異動による責任の希釈、大きな組織ってうらやましいわあ……」

伸びをしながら発した葉桜の甲高い声。緩やかな空気の中、ひかるは2人の弁護士に質問した。

「うちに届いた告発状って、三原沙耶香さんが差出人でしたよね。でも、竜崎検事が持ってたあの青い封筒、あれは誰が書いたものだったんでしょうか」

哲也が答えた。

「僕も気になってはいたんだけど、事件や裁判の時って、匿名の手紙や電話が入ることは、決して珍しくなくてさ……。警察が特定するための捜査をしたならまだしも、弁護側ではついに発信元が誰か分からず、ってこともあるんだよね」

「そうですか……」

「伊吹社長かと思ってたんだけど、どうやら違ったみたいだしねえ」

「でも、めちゃくちゃ詳しく書かれてたってことは、アイビー工機じゃなければ、ひょっとして……」

「だからそれ以上は考えたくないというか」

「……ですね」


ここで、ボス弁が再び伸びをしながら会話に入ってきた。

「あの青い封筒は差出人の勇み足だったわね。最後はこちらの天秤に乗せられたから、まあ見逃してやりましょう」

「そうなんだよ。もし捜査されてあの内容が検察サイドに利用されてたら……ん? 何か知ってるのかい? 姉さん」

「あんたもまだまだだね、たまには人を疑ってかかりなさい」

ばん! 哲也の肩を叩いた勢いでそのたま立ち上がる葉桜。

「でも、それがあんたたちのいいところだわ」

「どこに行くんですか、先生」

「酔い覚まし」

綺麗と言われたことが嬉しいのだろうか、ボス弁の足取りは弾むようだった。

「いい香りねえ」

季節外れの椿の香りが、葉桜の周囲を包んでいた。



おわり

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