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第九章 東京地裁の災い chapter04

再会を祝して……という雰囲気ではない。それでもひかると四之宮は日比谷公園を歩きながら、近況報告を交わした。四之宮のトレードマークとも言えるメガネが、冬の陽光をきらりと反射させる。

「ハルモニアがダメになった後、知り合いのデザイン事務所に拾ってもらって、今もウェブと紙の制作をやってるよ。ニュースを見てたら葉桜先生の裁判が取り上げられてて、それで興味本位で傍聴に来てみたんだ。あ、興味だなんて、申し訳ない」

彩花の存在を思い出し非礼を詫びる四之宮だった。

「彩花さん。こちら、私の元・職場の先輩、四之宮祐斗さん。口が悪くて社内では煙たがられてたけど、私が炎上事件に巻き込まれた時、炎上させた相手を突き止めたり会社が隠したデータを探し出してくれたり、ものすごく助けてくれた人なんだ」

「そうなんですね」

「裁判、大変ですね。俺もいろいろ調べたけど、起訴されたら有罪は99・9%。検察は『必ず有罪にできる』というものを起訴してるから当然なのかもしれないけど……」

「99・9……」

「それに弁護側は、検察が用意している証拠や証人についてギリギリまで内容を知らされない。そもそも不利なところから裁判は始まるわけだ。そして裁判所。表立っては言われないけど、裁判官は〝無罪判決〟を書くことに極端に慎重だ」

「哲先生も嘆いてました。裁判所は人権より検察との距離感を大事にしてるんじゃないか、と」

ひかるの言葉に、四之宮は苦笑いで応える。

「あくまで通説だけどね。無罪判決を頻繁に出す裁判官は、検察との協調性がないとみなされ、人事的な評価が厳しくなるって噂がある。検察からは調書や証拠がきっちり出されるんだ、税金を投入して調べ上げられた〝成果〟がね。これをひっくり返して無罪にするとなると……」

司法の現実をさんざん味わってきた彩花は、改めて家族の苦境を思い知らされた。

「それでも裁判ってのは解釈を闘わせるところだ。九印の先生たちなら、きっとなんとかしてくれるさ……おっと」

時計を見た四之宮は、カバンを肩にかけた。

「仕事に戻らなきゃ。木賊さん。世間の声みたいなものに振り回されるのは、シンプルに損だよ! 会社の人たち、九印の人たちは分かってくれてる。それだけ信じていこう。じゃあ次の裁判で!」

片手を挙げ去っていく四之宮だった。


その後も九印法律事務所では、打ち合わせが続いていた。今日もホワイトボードには大きく二つの円が描かれている。

「〝リアクターの兵器転用〟〝供述調書の任意性〟」

葉桜が赤いマーカーを走らせる。

「まず一つ目。リアクターが〝溶けるか溶けないか〟。検察は『一定条件下で猛毒のガスを生成できる』と主張している。彼らの鑑定実験は極端に偏った条件設定よ。薬品の濃度から考えて、意図的に〝壊さない実験〟をしている、と木賊の技術者・篠原くんが言っている」

哲也が補足する。

「僕らの反証実験では、通常の条件下では内部に損傷が起こった。つまり兵器としては使えない、という結論だ」


一方、東京地検。薫子は松本、石田と向き合っていた。机の上には、実験記録と調書のコピーが山のように積まれている。

「弁護側が狙ってくるのは実験の恣意性と、調書の任意性。逆にこの二点をつぶせば有罪は動かない」

「ですが、公安七課の実験はやや極端な条件を使っているようではありますね」

思い切って石田は薫子にぶつけてみた。薫子は表情を変えずに実験記録を見つめている。

「科学的に〝可能性がある〟と示せれば十分。万が一でも兵器になる、と裁判所が考えてくれればね。危険性がゼロでない以上、被告人に有利には働かない」

「なるほど」

「必ず迎撃する。最初の証人尋問で流れは決まるわ」


そして2月24日。東京地裁511号法廷。廷吏の「ご起立ください」の声に従い、3人の裁判官が法壇に現れる。

この裁判における二つの争点——リアクターは兵器と呼びうるか否か。そして、供述調書は自由意思か、それとも強制か。今日争われるのはリアクターについてである。

「証人、公安七課捜査官・南波秀樹」

廷吏の声が響き、法壇横の関係者用入口が静かに開いた。黒いスーツの男が証人席へ進む。

「証人、氏名と職業をお願いします」

「南波秀樹、警視庁公安部外事第七課、警部補です」

「検察側の先鋒の、お出ましか……」

四之宮の囁きに彩花とひかるが息を呑む。

「それでは検察官、尋問を」

薫子が立ち上がり、声を張った。

「南波警部補、あなたは本件に関し、木賊工業製マイクロリアクターの鑑定実験を担当しましたね」

「はい。私の指揮のもと、企業の協力を得て長期にわたってかなり数の実験を行いました」

「その結果、神経ガスの前駆物質が生成されることを確認したのですね」

「はい。実験を続行すれば、実際に危険物質が生成され得ると結論づけました」

傍聴席がざわめく。

薫子は一歩踏み込み、裁判官に向けて強調するように言葉を置いた。

「神経ガスの完成直前までこぎつけた。被告人が製造したリアクターは、理論上ではなく、実際に兵器転用の危険性を持つことが、公安七課の鑑定によって確認されたのですね」

「はい。軍事転用できる危険性を持つ製品であります。巧妙に輸出規制の網の目を潜り抜けたことは、悪質であると言わざるを得ません」

交錯する薫子と葉桜の視線。

「じゃあ、弁護人に代わって先に聞いてしましましょうか。この実験に使われた薬品や条件は、特別に不自然なものではないと考えますか?」

「はい。現実的に操作し得る条件です」

「では、被告人はその危険性を予見できたはずだ、というのがあなたの立場ですね」

南波の「その通りです」という言葉を得た薫子は裁判官たちに体を向ける。

「本証人の証言は極めて重要です。被告人の製品は、平和利用を装いながらも、国家と国民を危険にさらす兵器足り得るものだった。それを輸出しようとしたことの悪質性を、裁判所には強く認識していただきたい」

裁判長の小さな頷きを、哲也も葉桜も見逃せなかった。第2回公判は、検察・公安側による強烈な一撃から始まった。


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