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第八章 難攻不落 chapter07

「三度目の逮捕はリトアニアへの不正輸出だ。えげつない攻めだよ。ある程度の供述は、すでに警察に取られてると見た方がいいね」

浩志、治に接見してきた哲也が報告する。葉桜の机には他の受任案件の書類が並び、九印の弁護士たちの忙しさを物語っていた。

「でしょうね。黙秘を続けられるよう励ましつつ、そのあたりの確認も十分取っておかないと。現実的に、警察での勾留中はそれ以外に手の出しようがない」

「追送検後、すぐに保釈請求を出します。逮捕からもう5カ月になってしまう。彼らは逮捕と起訴を繰り返し、木賊に消耗戦を強いるでしょう。そうなればこれが半年、1年と続くことになる」

その外れるはずのない予言は現実のものとなった。計3回の勾留が終わり、浩志と治は東京地検の原田副部長によって追起訴されたのだ。2人は再び、荒川と綾瀬川に挟まれた巨城へと身柄を移される。


「ひかる。彩花さんを呼んでくれない?」

幾度かの反証実験を進め、証人探しに奔走するある日、葉桜は一つの決心をした。


「どちらか1人だけ……?」

彩花の反応は、予想通りだった。

「分離審理といって、一つの事件だけど、まずはどちらか1人の裁判を進めるの。その進み方次第で、裁判所のこの事件に関する心証も探れる。でももっと大事なのは、もう一方……まずは体力が消耗しているお祖父様・浩志さんだけでも解放してもらおう、という交渉。検察側の反発でどうなるか分からないけれど」

「もし通っても、お父さんは……」

「拘置所に」

「……祖父は、納得するでしょうか」

「あなたにお祖父様を説得する言葉をもらいたいの。お祖父様が保釈されることで治さんが裁判に集中できる、とか、何でも構わない」

「分かりました。では祖父の保釈の申請、お願いします」

それが心をすりつぶした上での決断であることが、葉桜はもちろん、遠くで聞いていたひかるにも理解できた。


翌週、霞が関の東京地検。周囲の木々は強い日差しを糧にして、青々と茂っている。午後の庁舎は静まり返り、長い廊下に靴音だけが響いている。その先の会議室に、公安部副部長の原田、特捜部からは副部長と薫子が集まった。弁護人側からの保釈申請と分離審理の動きをどう潰すか、それが原田からの議題だった。

原田が最初に口を開く。

「向こうに有利な判断をする必要などない。保釈請求など却下で当然だ。分離審判も、木賊治の公判で裁判所の心証を探るのが狙いだ」

特捜副部長がうなずき、薫子を見やる。

「しかし……裁判所にどう説明するかは、竜崎検事、君の役目だ。どう思う?」

薫子は書類をめくる手を止めずに、淡々と答えた。

「被告人を1人ずつ裁こうと、2人まとめて裁こうと、どちらでも構いませんわ。瑣末なことです」

2人の副部長がわずかに目を見交わす。その冷ややかな口調を、実績からの傲慢か、それとも確信か、測りかねた。薫子は視線を資料から外さず、静かに言葉を継いだ。

「本質はMTS法違反という新法の適用です。そして経済安全保障を守ることの意義を、裁判の場で明確にすること。それ以外は枝葉末節——それが今回の起訴理由だ、とおっしゃいましたよね?」

特捜副部長は口を閉ざしている。原田は不機嫌な様子を隠しきれずにいた。

「不利になってもいい、と? 君は随分と自信家だな。〝上〟の面子を潰すわけにはいかんぞ」

薫子は初めて顔を上げた。

「上、とは? でしたら自供と補充捜査を揃えてくだされば良かったのに」

そしてすぐに表情を崩す。

「……いやだ、そのせいで負けるとかお思いです? 勝つために部を超えてご指名くださったんだとばかり。それに何度も申請を蹴り続けたら、裁判所はどう考えるでしょうね」

「こ……これは内閣官房や国家安全保障局の福田参事官からも期待されている案件である。世間の関心も高い。しっかりと勝ち切るように」

「言えば更なり。当然でありんす」

先日、松本に見せたものと同じ笑顔だ。2人の副部長は話を打ち切り、会議室には短い沈黙が流れた。やがて3人は次の協議に移っていった。


「……通った」

数日後、決定を受け取った哲也が報告した。

「裁判所もたまにはまともな判断をするね。高齢で精神的・肉体的消耗も顕著で勾留は不要、分離審理も認める、か。やっと、人権に配慮したってわけだ」

事務所に安堵の空気が流れる。彩花は大きく息をつき、ひかるは拳を握った。だが、葉桜は黙って曲げた人差し指を顎に当てて考えていた。普通なら検察は抵抗するはずだ。訴訟の一体性を壊す、証拠調べの重複を避けるべき、いくらでも理由は考えられる。葉桜はホワイトボードに残る「反証」の文字を見つめていた。

「なのに検察は反対しなかった……」

ひかるがうれしそうに彩花に話しかけている。

「これでおじいさんを解放できるね。先生方も治さんの裁判に集中できる。裁判への時間もぐっと短縮できたし、きっとすぐにお父さんも助け出されるよ」

葉桜は黙ったまま2人に頷いてみせた。しかし葉桜には言葉にできない思いがあった。

短縮……。そう、同時に我々は貴重な時間を失ったことになる——。

「公判担当検事は、いったい何者……?」


浩志は保釈後、すぐに病院に入院した。「自分だけが」と周囲の目を憚らず泣いている姿に、その人柄が滲んでいた。しかしまずは激しい消耗からの回復だ。彩花は会社と病院を往復する生活になった。弁護側が浩志にいろいろ質問するのは数週間は先のことになるが、まずはこの小さな勝利は木賊側にとって大きな励みとなった。


秋が深まる頃、竜崎薫子と九印葉桜はついに対峙することになる。竜と女王の前哨戦が始まるのだ。戦場は東京地裁・合議室。いわゆる「公判前整理手続」である。


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