第七章 ひかりとやみ chapter04
早瀬の言葉は、8割はハッタリだったが、2割は本当だった。「多くの薬品を効率的かつ安全に反応させられる性能であることは間違いない」「輸出に際して、経産省の許可は必要ないという認識だった」という答えを引っ張り出したからだ。
主に浩志の取り調べを担当している江藤・大橋コンビの調書には「高性能で神経ガス等を生成できるほどの安全性があることを知っていました。それでも経産省への申告はせず、チェコの会社に輸出しました」と書かれている。
浩志の取調室に入ってきた早瀬が江藤に対して頷く。
「浩志さん。息子さんが白状したよ」
コーヒーの入った紙コップを机の上に置きながら、さも気の毒そうに声をかけた。江藤は早瀬のやり口に、薄く笑った。
「相談役はチタン加工がメインで、機微技術に関わっていたのは自分だ、と」
浩志はうつむいたまま動かない。
「勾留されるのは自分だけでいい、ってとこですかね。いいんですか? 息子にだけ罪を背負わせても」
早瀬は椅子に深く座り、足を組み替えた。
「息子さんは現社長だ。経営判断をするのは自分だ、と言う。輸出を進めたのも当然、自分だ、と」
早瀬は冷笑した。ノートパソコンの画面をくるりとこちらに向ける。
「これは供述調書の要旨。この内容でサインをもらう予定だ。ほら、危険な技術であることは認識していたが、経産省を通さず輸出した、と」
浩志は画面を見ない。
「あなた方は……はじめから、私たちを犯人に仕立て上げるつもりで」
「犯人? 違うなあ。真実に迫ろうとしてるだけだよ。社員の皆さんへの任意の聴取でも『自分たちではない、輸出に携わっていたのは木賊一家だ』と証言が取れている」
「一家? 彩花は関係ない!」
「浩志さん、では主導したのはあなたと治さんということでよろしいな? 今、あなたはそう言ったんだ」
早瀬は治の取調室に戻った。そしてファイルを開いて一枚の紙を取り出す。
「これは社員の証言。経営陣の意向に逆らえず、非合法な輸出にも目をつぶっていた——そういう主旨だ」
「社員……?」
「名前は言えませんがね。これ以上、黙っていても誰も助けてくれませんよ。あなたは自分のために、そしてご家族のために、事実を正確に話す義務がある」
「自分は……やってない。父もやってない」
「分かりました。じゃあ、調書は今日もサインなしってことで。上もそろそろ焦れてきてるんですけどね。次の取り調べは3日後です」
部屋の空気が、また一段と冷たくなった。すでに太陽は傾きつつあった。
2人の女性が、小さなカフェの隅に向かい合って座っている。ひかるは事務所に連絡を入れ、今日は午後からの出勤になることを哲也に伝えていた。
「私、前の会社といろいろ揉めてさ。テレビとか雑誌とかにもあれこれ言われて。それで助けてくれたのが、今の職場の弁護士さんたちなんだ」
「何度かニュースで見ました。裁判って時間が掛かるんですね」
彩花は弁護士会館に行きたいものの、やはり現状への恐怖や不安が勝り、ひかるに話を聞いてもらいたかったのだ。
「……お恥ずかしい話、弁護士さんを雇わないといけなくて」
彩花は、目を伏せながら語った。
「祖父と父が警察に連れて行かれて。でも無実なんです。絶対に」
ホットコーヒーの湯気は消えていた。静かに事情を聞いていたひかるは、ゆっくりと頷く。
「うん、分かった。弁護士を頼むって、本当に心が重いよね。私も経験があるから、少しは力になれると思う」
彩花は、ぎゅっと膝の上のバッグを握った。
「ありがとう……。それで、ちょっと急がないといけなくて」
「一緒に行かない? 私、九印法律事務所の事務員なんだ」
「お願いします」
2人の間に、確かな信頼の糸が結ばれていく。
九印の皆さんなら何とかしてくれる——ひかるは自分の経験から、そう確信していた。ところが、事務所で話した哲の表情がほんの一瞬、強張った。〝人を読む〟能力に長けたひかるには、それを見逃すことはできなかった。




