第六章 絶路 chapter03
白とも黄色ともつかない壁、パイプ椅子、スチールの机。
「あなたには黙秘権があります。話したくないことは話す必要はありません。また、弁護士を呼ぶ権利があります。もし知り合いの弁護士がいなくても、当番弁護士の制度を利用することも可能です」
治はただ、疲れた目でその言葉を聞いていた。形式的な説明は、彼の心の奥底には届かない。
早瀬は、治が反応しないうちに切り出した。南波は治の後ろに立っている。
「木賎治、56歳。過去に輸出したマイクロリアクターTFCRが兵器転用可能な技術を含んでいた。これは経産省の承認を回避した違法な手続きである。よって該非判定に基づく無許可輸出の疑い、MTS法違反で逮捕した」
抑揚のない朗読で澄まされた、逮捕事由の説明。
「単刀直入に聞く。マイクロリアクターを、経産省の許可なく輸出したな?」
「うちはコンサルに入ってもらって、安全性の高い製品を——」
「輸出先の親会社は軍事産業の性質も持っていた。当然、転用される可能性もある。それを調べもしなかった? 調べたけど黙っていた?」
「それは……ある程度のところまでは……」
「調べれば防げたと認めるんだな。しっかり書き留められたぞ」
「待ってくれ、そういうことじゃなく……」
「輸出してしまった、防ぐ手立てもあったがしなかった、自社の高性能製品を、求められるままに……」
「そういう認識ではなく……」
「木賊さん、この技術がどれほど危険か分からないはずがない。現在、周辺国と緊張感が高まっている時にこの技術が流出すれば、どんな用途に使われるか想像はつきませんか?」
「私たちは合法的な商取引を——」
「合法?」
南波が後ろから身を乗り出すように机を叩いた。
「あなたたちのせいで日本の安全保障が脅かされているんですよ。分かってるんですか?」
「南波、待て。今日は弁解を聞く日だ。治さんの言い分を聞こうじゃないか」
ちぇっ、自分がホトケ役かよ、と南波は顔に出さず苦笑いした。じゃあこっちは追い込みますかね……。
「木賊さん、あんたは経産省でのヒアリング参加者だ。軍事・民生両用のデュアルユースについての線引きが難しいことは知ってますね」
「それはもちろん」
「経産省に告発文が届いてるんだわ。トクサのリアクターは特許技術で薬剤耐性を上げてある、と。仕様の面、輸出ルートの面、他社に吸収して経営をクリアにせよ、などなど。ずいぶん詳しく書いてあるぞ。どうやら業界でも敵が多いみたいじゃないか」
青い封筒を手に、南波は畳み掛ける。
「知っていて無許可で輸出したんだ。そりゃ業界に敵も増えるわな。仮に知らなかったとしても、だ。無知は免罪符じゃありませんよ。『この道路が一方通行って知らなかったんだ』と言っても違反切符は切られるだろ。八方塞がりなんだよ」
「取引は医療研究目的です。誓約書ももらっている。無許可輸出などしていない」
南波が書類をめくり、冷たく笑った。
「誓約書? これがよくなかった。俺にはあなたが〝軍事転用の可能性に気づいていた〟という証拠にしか見えないんだ」
ホトケが助け舟を出す。ただし泥でできたものを。
「経営面での事情があった、小さな間違いだった—―それは裁判でも事情を汲んでくれると思いますよ。相談役の浩志さんにも同じ質問をしている。2人の意見が食い違うと、心象が悪くなるから、な」
さながら、石の城に巣食う2匹の蜘蛛。彼らは治の体力、そして理性や判断力までも、その白く細い糸で狡猾に絡め取っていった。
そして同種の蜘蛛は、浩志にもまとわりついていた。
「今日は浩志さんのお立場を伺います。あなたの〝弁解〟を書類にまとめるわけです。正直に話された方がいいと思いますよ」
正直に。そう言われた浩志は、治と同じように答える。
「なるほど、あなたは知らなかった、民間用だと言うのですね。すると困ったことになります……つまりこの不正輸出は、治さん決済、その娘の彩花さんが実行したということだ」
「な、なんだと」
「私たち警察はね、不正があった時には誰かを捕まえないといけないんですわ。捜査と取り調べは、その対象者を厳密に選び出すための段階なんですわ」
こちらの蜘蛛は、早瀬よりも巧みに営巣する。磔刑—―この場にいない彩花すらも、その巣の上で、すでに自由を奪われていた。送検まで、残り40時間——。




