表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
30/83

第五章 陥穽 chapter04

そして、ついに木賊の「弱点」への攻撃が始まった。2月初旬、彩花に「任意聴取」の連絡が入ったのだ。

「お時間をいただき、ありがとうございます」

彩花が呼び出されたのは上野署、案内されたのは会議室だった。篠原や奈緒美の時とは雰囲気が明らかに違う。江藤の表情はこれまでになく厳しかった。

「あなたは営業部の責任者ですね」

「はい。営業部の業務を担当しています」

彩花は努めて冷静に答えた。しかし、心の中では不安が渦巻いていた。父や祖父の話から、捜査員の質問の厳しさは聞いていたからだ。

「この輸出案件、あなたが主導したのではないですか?」

「主導というより、コンサルタントさん経由でチェコのお客さまからの要望に応えて——」

彩花は困惑した。自分が「主導」と言われているのだ。

「その要望の背景ですが、軍事転用の可能性を考えなかったのですか?」

「軍事転用などありえません。私たちの技術は——」

「ありえない、と断言されるんですね。しかし、技術的には可能だということは理解していたのではないですか?」

「技術的には…様々な用途に使用できますが——」

「〝様々な用途〟の中には、当然、神経ガスなどの生成も含まれる。あなたはそれを承知で、輸出を推進したのではないですか?」

質問は執拗に続いた。彩花は唇を一文字に硬く閉ざした。このまま開くと、きっと感情が溢れ出してしまう。

「お昼休憩を取りましょうか」

江藤が時計を見て言った。そこから、狭い待機室での30分。外部との連絡は禁止され、飲み物すら自由に取ることができなかった。午後の聴取は、さらに過酷になった。

「彩花さん、あなたのお父さんとおじいさんは、この件について何と言っていますか?」

「父も祖父も、平和利用に徹することの重要性を——」

「そこが疑わしい。実際には軍事転用の可能性を認識していたのではないですか?」

「そんなことはありません!」

「では、この『反応効率120%』という記載、これは何を意味していますか? TFCRは一気通貫型マイクロリアクターだ。前駆体の合成から最終生成物まで、連続的に反応を進められるものです」

「これは……従来の装置と比較した効率の話で——」

「一気通貫型ですもんね。ということは、少量の素材から危険な物質を効率的に製造できるということです。資金力のない者たちでも」

彩花の答えは「自供」として扱われた。技術的な説明をすればするほど、それが「軍事転用の可能性」を裏付ける証言として、大橋の手でパソコンに記録された。

この聴取は5時間、彩花は涙を堪えながら質問に答え続けた。

「今日はここまでにしましょう。また近いうちにお時間を頂くことになります」

彼女にとって地獄のような時間は、これからも続くという宣告だった。


ようやく会社に戻った彩花に、治と浩志が心配そうに駆け寄ってきた。

「彩花、大丈夫か?」

「お父さん……」

彩花の目から涙が溢れた。これまで気丈に振る舞ってきた彼女が、ついに感情を抑えきれなくなったのだ。

「私……何も悪いことしていないのに……どうして……」

治は娘を抱きしめた。彼女の肩が小刻みに震えているのが分かった。

「すまない、お前にこんな思いをさせて……」

浩志の声も震えていた。愛する孫娘が、自分たちの仕事のせいで苦しんでいる。その事実が、浩志の心を深く傷つけていた。

「彩花……じいちゃんのせいで……」

「違うよじいちゃん。誰も悪くない」

彩花は泣きながら言った。技術に誇りを持ち、平和利用に徹してきた木賊工業の理念が、なぜこれほどまでに歪められるのか。理解できなかった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ