真実
赤い月が、大地を照らす中、私たちは、城の裏側を駆け抜けていました。
「こちらに抜け道があります。王族でなければ知りません」
非常時に、王族が逃げ出すための通路。
私達の前に立ちふさがる影が三つ。
「お前なら、こちらに来ると思っていたよ」
小さい頃からずっと聞きなれた声。
「お父様!」
王族は、もちろん私だけでは、ない。
当然父も知っている。
父は、勇者アンサとジュリアも連れていました。
「カーナ様、本当に魔族とつながっていたのですね」
ジュリアは憎悪に目を光らせて、わなわなと震えていた。
「お前は、勇者!」
ロンダも激しい憎悪をみせていました。
私はロンダの視線の先を見ます。
ロンダが見ているのは、アンサではなく父だった。
「随分年を取ったようだが、お前らの顔は覚えているぞ」
口調にも根強い憎悪が含まれ、オーロラの瞳は怒りで燃えているようだった。
「和平を結ぶとうそぶき、我が祖父を殺し、父に重傷を負わせた詐欺師ども、まんまとこの国の王になったのだな」
確かにロンダは、勇者に先代魔王がだまし討ちされたと言っていました。
ロンダの父が魔王であるのなら、先代魔王とは、祖父になる。
勇者は王女と結婚し王となる。
つまり……。
「お父様が、元勇者……」
当たり前すぎて、分かっていなかった。
父がどうやって、王になったのか。
「お父様が、魔王を殺し、王様に……」
自分がどうやって成り上がったのかを理解していれば、娘とはいえ、許せないだろう。
魔族という悪を倒したからこそ王になったのだから。
ロンダは、ナイフを構え、怒りに満ちた眼差しで父たちを見つめています。
「許しはしない。お前たちを殺すため、鍛え上げた」
「ゆるさないのはこっちです。よくもお父さんとお母さんを」
ジュリアも同じように恨みに満ちた目でみます。
「ジュリア、違いますわ」
真実がつながっていく音が聞こえました。
私は、否定し指さします。
「あなたの両親を殺したのは、そこの男アンサです」
「なにを言っているのですか。私の村の人々を殺したのは魔族です」
「なにか証拠はあるのか?」
アンサが嘲るように笑った。
もう賊の頭のようにしか見えない。
「魔族に襲われ子を孕んだ女は何人もいたが、角を生やした子供はいなかったそうだな」
私は、逃げる途中でいつものようにロンダに情報を渡していました。
「この角は片親でも生えていれば子供に現れることが多い。つまり、自分の国を襲わせたのは、お前たちだろう」
魔族なのに、助けに来てくれたロンダ。
実の娘なのに、処刑しようとする父親。
どちらを信じるなんてわかり切っています。
私は断言する。
「ジュリアの村を襲ったのは、あなたたちの自作自演の偽造ですわ」
「そんなわけありません。ならば、なぜ私を助けたのですか」
「魔族が、村を襲った。その目撃者がいるでしょう」
襲われた村の人間が、魔族が襲ったと言ってこそ、偽装が完成する。
「そんな、王様、剣士様、嘘ですよね」
ジュリアが信じられないと首をふる。
「ジュリア、村が襲われた時、アンサはいつ現れましたか」
「すぐ助けにきてくれて……」
私は資料で、ジュリアがあった村の場所を調べています。
「あなたの村は、辺境。近くの村からでも数日はかかります。それまで定期的に兵が来ていましたか?」
「それは……」
「来ていないでしょう」
ならば、偶然すぐに助けに来るなどあり得ない。
「それに、人が魔族の振りをするのは簡単ですわ。角を付ければいいだけですから」
私の言葉に、ジュリアの瞳が疑惑でゆれます。
「なら、私のお父さんとお母さんは……」
お父様が、剣を抜きます。
「真実を知る者を生かしておくわけにはいかない」
唐突に、ジュリアの胸に剣を突き立てました。
「えっ?」
突然のことに、ジュリアが呆けた顔をする。
「ジュリア!」
私は叫び声をあげた。
ジュリアが、胸を押さえる。
明らかに、致命傷な量の血が溢れていた。
なのに、顔はいつもの穏やかなジュリアに戻っていました。
「カーナ様、すみません」
ジュリアは血を吐きながら倒れていきます。
「服も、わたしのために作ってくれたのに……」
私の中を、ジュリアとの思い出が通り過ぎます。
主人と召使いという関係でしたが、年が近く、気兼ねなく話せる友達のように感じていました。
「あああ」
胸の内側を悲しさが満たしきり、目から涙がこぼれてきます。
「お前らは、自国民をも殺すか!」
ロンダが、父に飛び掛かりました。
ガン!
「王は殺させない」
ロンダが、父に襲い掛かるのを、アンサが防いだ。
「この老いぼれがぁあ」
激しい乱撃を見せる。
剣聖とうたわれただけあって、ロンダのナイフを防ぎます。
「次はお前だ。カーナ」
父が今度は私に殺意を見せます。
「勇者の秘密を知る者は、すべて死んでしまうがいい」
迫る父に私は後ずさります。
「カーナ! これを使え!」
ロンダがナイフを投げてよこしました。
ナイフは大地に突き刺さり、月の光を跳ね返し、赤く輝く。
憎悪が、目の前の者を殺せと訴える。
「許さない」
なにも迷うことなくナイフを握りました。
「娘は、親の言うことを聞いていればいい」
父の言葉に、頬を涙が伝います。
「私は、自分の好きな人と結婚します!」
勇者と結婚はしない。
絶対に。
娘の幸せを願わぬ親は、
娘の友達を殺す親は、
娘の死を願うものは、
父であろうと、
勇者はすべて、
「皆殺しよ!」
殺さんとする意思が刃にのり、
王に、
お父様に
元勇者に突き刺さる。
……………………。
「カーナ……」
アンサを倒したロンダが私の傍にきました。
ロンダは、呆然と立ち尽くす私を抱きしめた。
「ううぅ」
私はロンダの胸に顔をうずめて泣いた。
私の足元には、お父様の――元勇者の死体が転がっていた。