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私を忘れて  作者: 千変万化
六章 「覚醒」
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6-10

 村人たちの歓待は、日が暮れるまで続いた。

 追われている身としては、あまり長居はできない。実際、ラインハルトは食料の調達を済ませると、すぐに村を出ていこうと考えていた。しかし、事情を説明しても、村長はラインハルトたちが出ていくことを是としなかった。

 今から行ってもすぐに夕暮れになり、野宿となる。次の村まではいくらも距離があるから、十分に英気を養った方がいい。村長が口を酸っぱくしてそう言ったために、ラインハルトは渋々村に留まることを決めた。

 村人たちは、必要以上にもてなしてくれた。取りそびれていた昼食をお願いすると、一介の村が出せるものとは思えないほどに手の込んだ料理が出てきたし、渡そうとしてくれた食料も何日分になるかわからないほどだ。皆、ジョージへの不満が溜まっていただけに、その反動は異常なほどになったようだ。

 ただそれでも、ラインハルトの気は急いた。急いても出立できないもどかしさにやきもきしながら、ラインハルトは時が過ぎるのを待った。日が暮れると自然と人の姿は減り、やっとのことで解放されたのだった。

 村長の家に招待され、用意された客間のベッドに座り、そこで漸くラインハルトは一息ついた。

「ジョージは、許すべきじゃなかったな」

 ベッドに倒れ込むように背を預け、ラインハルトはぽつりと呟く。

 ジョージが村人に乱暴を働いたのは、今回が最初ではなかった。過去に二度、村人が連れ去られている。そのいずれもが、村には戻っていない。生きているのかどうかさえ、わからないらしい。

 斬っておくべきだった。ラインハルトは、秘かにそう思った。アリーの前でそんなところを見せたくはないが、それでもやっておかなければ、また同じことが繰り返されるかもしれない。

「明日の早朝、行ってみようか」

 この村の近くに、ジョージが駐屯しているという拠点がある。単身でそこに行って事をなせば、アリーに嫌なものを見せなくても済む。

 そんなことを考えながら寝そべっていると、ついうとうとしてしまった。思えば、昨日からゆっくりとできた覚えがない。布団の柔らかな感触も相まってか、ラインハルトは束の間まどろんだ。

 それからどれくらい経っただろうか。妙な気配を感じて、ラインハルトは目が覚めた。

 何か、肌に触れるものがある。うまく言えないが、何か良くないことが起きている、そんな気がした。

 それに、心なしかきな臭い。

 嫌な気持ちを胸の底に抑えつつ、ラインハルトは部屋を飛び出し、外へ出た。

 そこで、ラインハルトは愕然とした。

 真っ先に視界に映ったのは、燃え盛る家々だった。立ち並ぶ家という家に火がつけられ、激しく燃え盛っている。次いで映るは、苦悶に満ちた表情で横たわる、村人の姿だ。炎に照らされても青白く見えるその顔は、とても生きている者のそれとは思えない。

 視界の端で、五人のボロを着た男たちが家に火をつけ、村人に剣を振り下ろしているのが見えた。悲鳴が断末魔に代わり、その声もやがて途切れる。倒れた人を見なくても、その声の主が死んだのはわかった。

 男たちが雄叫びを上げ、次の獲物を見つけては駆け出そうとする。

 ラインハルトは我に返り、その男たちの前に躍り出ては、何も言わずに剣を振るった。

 一瞬呆然とした男のうち、二人が瞬く間に地に伏した。討伐任務で、人を斬ったことは何度もある。凶刃を振るうこの男たちの命を奪うことに、ラインハルトは何のためらいもなかった。

「お、おい、いたぞ! こいつがそうだ!」

 叫ぶように言った男の首を、ラインハルトは瞬時に飛ばした。残る二人が怯み、その隙を衝いて一気に切り下げた。

 一度息を吐き、周囲を見渡す。喧騒の気配はまだどこにもあり、あちこちの宵闇が赤い光に照らされている。

 入口の方に目をやると、何人かが封鎖するように入口の辺りに立ち塞がっているのが見えた。外へ逃げようとした何人かの村人が阻まれ、容赦なく斬り殺されていく。

 おそらく、この村は封鎖されている。誰一人として逃がさず、皆殺しにするつもりだ。

 何故そうするのか、理由は掴めない。

 ――いや、僕の行動が、裏目に出たのか。

 一瞬、そんな思いが頭をよぎったが、ラインハルトはすぐに打ち消した。今は、考えている時ではない。

 ラインハルトは、この村の構図を一瞬で思い浮かべた。

 この村はそこまで広くはなく、奥の広場と家々が並ぶ場所の二つで構成されている。家々と言っても、ラインハルトがいるこの場所は、食堂や雑貨屋と言った商店の趣が強い。村人がより多くいるのは、民家のある広場のほうだろう。

 そして、その広場のほうに、アリーはいる。

「こんなことなら、無理にでも一緒にいるんだった……!」

 舌打ちしながら、ラインハルトは毒づく。

 ラインハルトが歓待を受けている間、アリーは遠慮がちにラインハルトから距離を取り、広場にある宿屋の一室を借りに行ってしまった。あまり離れるのは得策ではないと引き留めようとしたが、村人たちはラインハルトを場から離してはくれず、アリーに声をかけることさえできなかった。

 今更後悔しても、遅すぎた。それでも、ラインハルトは広場へ向けて、一目散に駆け出す。

 道の両隣にある木々が、激しく燃えている。真っ暗なはずの夜道が、夕暮れほどの明るさになってしまうほどだ。

 もう少しで広場というところで、子どもが泣きながら立ち止まっているのが目に映った。無我夢中で逃げてきたのか、裸足と寝間着のままという格好だ。

 その傍で、木が悲鳴を上げた。炎に焼き尽くされた木の幹が、力なく倒れていく。子どもはそれに気づいたが、顔面に恐怖を張り付かせたまま立ち尽くしている。

「危ないっ!」

 精一杯足を動かし、ラインハルトは前に飛び出すように跳び、子どもの体を突き飛ばした。

 子どもの体が少し前に落ちる。ラインハルトも、その近くに右肩から落ちた。

 刹那、地響きと共に、木が力なく倒れ伏した。

 すぐに、ラインハルトは立ち上がる。右肩に鈍い痛みが走ったが、気にしている暇はなかった。

「大丈夫か!?」

 肩で息をしながら、ラインハルトは子供に声をかけた。

 子どもは呻きながらもゆっくり立ち上がり、恐怖で歪んだ顔を向けては小さく頷いた。

「ここに一人でいたら危ない。僕と一緒に行こう」

 子どもは震えるばかりで、何も答えない。

「大丈夫。僕がきっと守って見せるから」

「ほう。じゃあ、やって見せてもらおうじゃねえか」

 不意に、野太い声と共に、豪風が唸りを上げて子どもに迫ってきた。

 ラインハルトは瞬時に立ちはだかるように、子どもの前で剣を構える。瞬間、激しい衝撃に襲われ、ひときわ高い金属音が鳴り響いた。

「おう、俺様の一撃を受け止めるとは、ただ者じゃねえな」

 自信を満面に漲らせた虎髭の大男が、ラインハルトの眼前に立ち塞がっては、にやりと笑った。

 強い。一度剣を受けただけで、ラインハルトにはそれがすぐにわかった。手に、いくらか痺れが残っている。振り下ろす剣の速さも、尋常ではない。

 ラインハルトの背に、冷たい汗が流れる。この男を倒せるか。それも、子どもを守りながらだ。

「おら、次行くぞ!」

 思考を立ち割るかのように、次の一撃が繰り出される。一瞬避けようと体が動きかけたが、堪えて剣を受け止める。凄まじい威力に、腕に痺れが走った。

 男が、口角を釣り上げて、不敵に笑う。その間にも、斬撃は休まずに繰り出された。

 ラインハルトは反撃ができず、ただただ受けに徹した。隙は、見える。しかし、狙うことができない。

「どうしたどうした! 受けてばかりじゃ俺様は倒せねえぞ!」

 言われなくても、ラインハルトにはそんなことはわかっていた。わかっていても、どうすることもできなかった。

 右肩の痛みが、剣を受けるにつれて酷くなっていた。剣に手を添えているのがやっとで、振り上げることができない。受けることはまだ辛うじてできるが、それもいつまで続けられるか。

 ――どうすればいい……。

 考えても、妙案など浮かぶはずがない。左腕一本で無理に攻めて、この男を果たして一撃で仕留められるかどうか。

 焦るラインハルトを、賊が余裕たっぷりに見ている。

「おい、そんなに前ばっか気に取られてると」

 その男の顔に、悪辣なものが浮かんだ。

「後ろが、疎かになるぜ?」

 すぐ傍で、肉を裂く嫌な音が聞こえた。

 ハッとして振り返ると、見知った顔が、子どもに剣を振り下ろしていた。ジョージ。おびただしい血がその体から吹き出し、子どもは声もなく倒れていく。

 生温かいものが、顔を濡らしていく。しかしその感触は、どこか遠い。

 頭の中で、何かが切れたのを、ラインハルトはぼんやりと感じた。

「よそ見してていいのかよぉ!」

 野太い大声と共に、再び豪風が襲って来るのを、背で感じる。

 ラインハルトは、振り返りざまに体を微かに横へと動かし、一撃を避けた。男が驚き、少し動きが止まったところに、ラインハルトはすかさず剣を横薙ぎに振るった。

 刃が届いた。しかし、少し浅い。

 腹を押さえながら、それでも男は笑っていた。ラインハルトは、その顔を無機質な瞳で見つめ返した。

「さすがに、グランツの息子ってわけか。そうこなくちゃな」

「黙れ。僕は、絶対にお前たちを許さない。必ず、後悔させてやる」

「へっ、そういうことはよ」

 男が剣を振り下ろし、ラインハルトは斬り上げた。乾いた金属音が鳴り響き、火花が散っていく。

「俺様を殺してから言うんだな」

 男の言葉を、ラインハルトはどこか遠いものとして聞いた。

 ――子どもは、守れなかった。

 守ると言ったのに、結局はどうすることもできずに死なせてしまった。

 しかしアリーは、まだ守れるはずだ。

 願いを一撃に乗せながら、ラインハルトは剣を振るっていく。右肩の痛みも忘れて、ただひたすらに剣を振り続けた。

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