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その日、とある王国が治める村で、一人の赤子が生まれた。
産声をあげて泣き続ける赤子の様は、一見すれば何もおかしいところはない、ごく普通のものだ。傍で母親が、ぐったりしながらも優しくその頭を撫でているのも、まったく変わったことではない。
そう、ただ一見すれば。
赤子は、外の世界に出る少し前から、何かを考えることができた。考えられるだけではない。いくらかの知識も、持ち合わせていた。生きるための必要なことは勿論、この国が今、どんな風に治められているのかも、無理やり頭に詰め込まれたかのように理解していた。
当然、言語もわかる。母親や、母親を手伝っていただろう人たちの、安堵と喜びが混じった声もちゃんと聞こえていた。
それでも、赤子はただ泣いた。泣き止もうと思えばそうできるし、喋ろうと思えば喋れるだろう。ただそれは、異常でしかなく、気味が悪いものだ。赤子は、自分から恐れられる存在にはなりたくなかった。
しかし、それは土台無理な話だった。赤子の存在そのものが、既に忌むべきものだっただからだ。
周りにいる人たちは気づいていないようだが、母親だけは不安に揺れているのが、傍にいる赤子にはよくわかった。
それは何故か。答えは簡単である。赤子が、ただの子どもではないからだ。
この国に生きているのは、人間だけではない。魔族という、魔力と呼ばれる不思議な力を持ち合わせた種族が存在している。かつては手を取り合って生きて来た時もあったらしいが、今はどうしてか、人間が魔族の上に立って半ば支配している。
その理由までは、赤子の知識にはない。ただ、これらの種族がいる中で、許されないことについては知っていた。
――人間と魔族は、交わってはならない。
それが、この国にある絶対の掟だ。
掟を破った者には、酷い仕打ちがなされる。迫害されて居場所を奪われ、やがて命さえもなくなる。運が良くて、人知れず細々と生きられる程度だ。
しかし、数多いる人を前にして、絶対という言葉は虚しいものに過ぎない。時が流れるごとに、決まって掟を破る者は現れた。二つの血を受け継ぐ、混血児が生まれ出た。
この国では、混血児は表立って生きることはできない。掟を破った者以上に、むごい仕打ちを受けるからだ。人として扱われることはなく、家畜以下として、人間からも魔族からも使われる。使って使って、ぼろぼろになっても無理やり使われて。それでも、殺されずにぎりぎりのところで生かされる。そしてまた、使われる。死んだほうがましだ、という気持ちも湧かないくらいに、使われ続ける。
何故、混血児はこれほど忌み嫌われているのか。それは、大昔のことに起因しているらしい。
混血児が何をしたのかは、幼子にもわからない。いや、知っているはずなのだが、頭の中に靄がかかったようで、はっきりとしない。ただ、何となくわかるのは、この国に災厄を運んだ混血児がいる、ということだけだ。
幼子はまだ思い出せなかったが、その混血児は、とても強い力を持っていた魔王と人間の間に生まれた子だった。
国王は、ただ恐れた。それを魔女と呼び、ずっとずっと、恐れ続けた。王の世代が変わっても混血児を憎み、特に魔王と人間の子は尚更忌み嫌い続けた。
国を滅ぼしかねない力を、その混血児が持っているかもしれない。そんな不確かな幻想が、必要以上に王を動かしていたのだろう。
今、混血児への差別は激しい。老人だろうが子どもだろうが、混血児というだけで無理やり捕らわれたりすることもある。
なのに、今の時代の魔王は、人間と交わった。ただの混血児でさえむごい目に遭っているのにも拘らず、人間の女を妻として、子をなさしめた。
王が、最も排除したいものを、この世に現れさせた。
もう、わかるだろう。
赤子は、人間と魔族、しかも魔王との間に生まれた子だ。この国で、最も忌み嫌われた存在なのだ。