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何かが、窓辺をこつこつと叩く。
うっすらと目が覚めていた少女は、ゆっくりと硬いベッドの上で身を起こし、ぼんやりと窓の外に目をやった。
真っ黒な雲が広がった空から、雨が降り出していた。始めはぽつりぽつりと落ちてきた雫は、すぐにたくさんの大粒の雨となって辺りを濡らしていった。
雨は気が滅入る。そっと溜息をついてから小さなベッドを降り、少女が一度伸びをした時、部屋の外から戸を叩く音が聞こえてきた。
何だろう、と少女が思うことはない。来るべき時が来た、と心を固めるだけだ。
「もうすぐ、時間になる。来てもらおうか」
外から聞こえる男の声は、ひどく冷え切ったものだ。少女はただ、わかった、とだけ答えた。
この部屋には身形を整えるものも、着替えの服もない。悲しいが、何も準備をすることなく部屋を出るしかない。そう言う権利が与えられない人がいる場所だから、仕方がなかった。
扉へ向かう前に、少女は一度振り返って、窓を見た。
依然として、雨が降り続いている。
そういえば、と少女は今しがた見ていた夢を、思い返した。懐かしい夢である。懐かしくも、悲しい夢だ。大切な人を失った、離別の夢。
子どもの頃は、その夢をよく見ていた。特に雨の日には、鮮明に映し出されたものだ。夢という名の過去は、少女に尽きない涙を流させ、顔はいつも、雨に打たれたように濡れていた。
それからは、少なくとも子どもの頃までは雨が降るたびに、姿が鮮明に映るその夢を見て、涙を流した。心が声を失ってしまうまで、ずっとずっと、少女は泣いていた。
あの頃は、全てが暗く見えた。自分が生まれた意味が、まったく見えなかった。
「懐かしいな」
ぽつりと呟いて、少女はもう一度、頭の中にある夢をそっとなぞる。忘れられないあの日々のことを思うと、今でも胸が痛くなる。
しかしそれは、仕方がないことだった。そうならなければいけなかったのだと、少女はつい最近知った。
「何をしている。早くしないか」
男の抑揚のない声に、少女は現実に引き戻された。頭の中で自分が見つめていた過去の残影が、形を失って揺らめいていく。
もう、思い返す時間はない。そう思ったのに、少女の脳裏に次に浮かんだのは、別の思い出のかけらだった。
忘れなきゃ。少女がいくら思っても、その思い出は鮮明に浮かび上がってくる。今までで一番生きていたと思える時間が、思い返される。
未練なのか、部屋の前まで行っていた足が、そこで止まった。扉の取っ手に伸びかけていた手は、自然と降ろされていた。
「ごめんなさい。ちょっとだけ、待ってほしいの」
不安を押し殺すように、少女はか細い声で言った。
扉の外からは何の声も聞こえず、扉を開けようとする気配もなかった。少女はそれを、待ってくれたと受け取って、部屋の隅っこにある少し汚れた机に向かった。
古びた椅子に座り、少女は懐にしまっていた分厚い日記を取り出す。ずっと、肌身離さず持っていた、大事な日記だ。これまでのたくさんの思い出が詰まった、少女の記憶そのものと言ってもいい。
少女は、一枚目をめくった。かつての自分のことが、最初からびっしりと書き記されている。日記を書くようになってから、幼子だった自分を思い返しながら書いたのを、少女はふと思い出した。それが、とても懐かしく感じる。
やがて、自身の運命を変え始めた日々のページに辿り着く。今から半年さえも経っていない前のことだが、もう何年も前のことのように感じられた。
――思えばこれが、私自身の始まりだった。
辛いことも、楽しいことも。そして、悲しいことも。
視界が潤み、字がぼやける。それでも日記に目を通しながら、少女はこれまでのことを思い返していた。




