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 航介は、吹き出してきた汗をTシャツの袖をつかって不器用に拭いた。にわか雨のおかげで、涼しかったはずなのに。

「宮司さんは、山岳修験をされたことは?」

「残念ながらございません。ものの本で知っておるだけでございます。」

「僕は、母親の里が出羽三山の麓ということもあって、子供の頃から、山登りをしてきました。もちろん、修行ではないですけど。」

「羽黒山の石段も?」

「ええ、一九八四米の月山の山頂にも。即身仏の湯殿山にも。」

奥から、巫女がお茶を入れてきた。

「修験者っていうのは、なにが目的なんですかね。」

「目的というよりも、禁欲的になって、神仏を体感することだと聞いております。」

「…。」

航介は、その常識にも疑問を持っていた。クセである。

「修験道が宗教として確立されてしまってからは、内向きの『修行』で片付けられるのかもしれませんが、山伏はもともと諜報活動をしていたのかもしれませんね。言ってみれば、スパイですよ。」

「スパイ?」

「まあ、スパイといっても、政敵を倒すためではなく、経済上の理由によるものです。」

「おっしゃられていることが、よくわかりませんが…。」

「その任務は鉱物資源の探査です。いかにも求道者のような彼らは、実は錬金術師や鍛冶屋だったんじゃないですかね。鉱脈の独占をはかるために全国へ散らばったのが、山伏の元来の姿だとおもいます。」

「それが、やがて神仏のレベルにまで高められた?」

「糧となり、やがて権力そのものになるわけですから、神として敬うのは至極当然とも言えますが。」

航介は、下北半島(青森県)の観光地である恐山(おそれざん)で、高純度の金鉱脈が発見された例を出して、

「『神聖にして侵すべからず』というのは、後づけでしょうね。恐山も国定公園でなければ、いまごろ大企業が侵出しているはずですよ。」

航介は、「進出ではなく、侵出ですよ」と繰り返し、

「さきほど宮司さんから、『修験道』という大きなヒントをいただいてから、古代日本の有様が、目の前に啓けたんです。一気に。」

「と、おっしゃいますと?」

「日本三大修験道場は、ご存知ですか?」

「出羽三山(山形県)に大峰山(奈良県)、あとは…。」

英彦(ひこ)山(福岡・大分県)です。」

「左様でございました。宇佐の近くでした。」

「僕は、出羽三山と筑豊の共通項を探していました。似たもの同士が、同じ地名をつくったのだと推測していたからです。しかし、その理由がわからなかった。ところが、筑豊を見渡す英彦山は修験道の大霊山じゃないですか!」

「英彦山から出羽三山まで、どのくらい離れていますでしょうか。」

「ざっと千キロでしょうね。えらい遠くで繋がっているように感じます。ところが、紀伊半島にコンパスの針を置くと、これら二ヵ所の霊山は、ほぼ同心円状にくるんですよ。」

柳田國男の方言周圏化説から発展した文化周圏化説は、少なくともこの地名において、航介によって援護されることになる。

「筑豊は、炭田があるからこその筑豊です。あそこには石灰鉱山もあります。石灰には、水分や硫黄酸化物などの混ざりものを吸着する働きがあるので、しばしば石炭と混ぜて利用します。」

航介は化学反応式を書いて、石灰の効用を示した。

「品質の良い金属を得るには、石灰は必要な原料なんです。加えて、石炭の火力を増すためにも。」

「コークスですな。」

「その通りです。石炭と石灰を得ることで、猛烈な火力をもつ高エネルギーが、豊前国田川郡で生産できるんです。この火力によって、クロガネとよばれた鉄鉱石やアカガネとよばれた銅鉱石から高品質の金属を精練することが可能になります。」

「実は、先代から興味深いことを聞いております。」

和田菊之丞宮司は、昭和の始めに南部総鎮守を引き継いだ先代の宮司とのエピソードを、航介に受け渡した。

「明治の殖産興業政策で、明治政府は釜石(岩手県・旧南部藩領)に最初の製錬所をつくりました。なにより鉄鉱山がありましたし、江戸時代以来、蓄積されてきたはずの南部鉄器の技術への期待もあったのでしょう。ところが、やがて頓挫いたします。すぐに政府は、別の場所で興業させます。」

「たしか、今の北九州市でしたね。」

「八幡製鉄所です。」

「ヤハタ…。」

「先代は、『神意だ』とおっしゃった。偶然ではなく。」

「時代でしょうね。」

「八幡製鉄所は、万事うまくいきました。釜石がダメだったことに、総鎮守の宮司として責任を感じると言っておりました。八幡さまと鍛冶に、なにかしらの関係があるということは、昔からの常識です。」

「当時、台湾が植民地ですし、朝鮮や満州建設にも大日本帝国が加担していきますから、市場指向ということなんでしょう。それに、石炭を産出しない釜石では、コークスじゃなく木炭の火力に頼っていたらしいですね。これじゃ熱効率が悪すぎます。」

航介は、釜石製鉄所の失敗は不可抗力だと、総鎮守の宮司たちをかばった。

「火力が足りなかったのですか…。」

「鉄の融解点は1,535℃もあります。チョロチョロやってもダメなんです。」

「ということは、火気である八幡さまが、自らの御意志で九州北部を選ばれたわけですね。」

「故郷に帰られただけなんです。『奥州よりも筑紫がいいのじゃ』と。」

航介のこの喩えように、和田宮司はすこし安心したようだ。強い責任感が、この老宮司を苦しめてきたのだろう。

「八幡宮のシンボルによく鳩が使われていますよね。武とからめている学者が多いんですけど、僕は、これまで鳩が武の象徴だとはとうてい思えなかったんです。」

「どちらかというと、おとなしい…。」

「鳩の生物学的な特徴といえば、その帰巣本能の優秀さじゃないですか。それを利用した伝書鳩という文化があったわけですし、今でも鳩レースっていうのがありますよね。」

「鳩の本能…。」

「だから、八幡さまは『奥州よりも筑紫がいいのじゃ、はよ帰りたいんじゃ!』だったんだとおもいますよ。」

「なるほど…。」

「八幡さまが鍛冶と関係が深いことは、学者のあいだでも常識になっています。しかし、科学者を自称する彼らは、ただ古い文献を参考にするだけで、神や仏というものの存在を正確に理解していない。とくに、次元という点で。」

「次元?」

「多くの信仰を集めるには、その神や仏ができるだけ多くの要求を処理できる存在でなければなりません。そこで必要なのが、普遍性です。」

航介は、神とはなにかを、ずっと考えてきている。

「一神教を信奉する信者は、すべて神が創ったということで神に普遍性を与えます。創造神です。この考え方は、ダーウィン進化論をはじめとする、いわゆる科学によって否定されてきた、ことになっている。」

「ことになっている?」

「ところが、僕に言わせると、神はいまだに死んでいない。なぜなら、概念として相変わらず優秀だからです。科学は神を分解してきた。ところが、その神は科学を合成するともいえる。つまり、神という一つの概念だけで、多くの事象を説明できてしまうんです。これを高次元と呼ばずしてなんというのか。」

「神は科学を合成する…。」

「次元の高いものは、それより低いものを包容しています。つまり、高い次元の存在は、低い次元を常に理解できるのです。たとえば、地形図を読むように。ところが、その地形図に張り付く存在になったとき、立体的な三次元の環境はなかなか理解できない。山の向こうは目にできませんから。」

「ヘリコプターでも飛ばせれば。」

「そうですね。現在の人類の技術では、人工衛星からの映像が、もっとも次元が高いと考えられます。」

「最新の技術では、サッカーボール程度まで解析できるらしいですなあ。」

「多くの科学技術を結集させている人工衛星が、現代の神です。携わっている人も皆さん優秀です。」

航介は、「神」をユニークに解釈した。

「ところがです。人工衛星よりも大きく高い軌道で地球を観察する存在があるじゃないですか。」

「太陽?いや、地球が公転しているんでしたね。」

和田宮司は、しばらく考えている。航介は、メモ紙に美しい循環小数を丁寧に書きはじめた。


『0.1234567…』


「これは、九九の最大値である81の逆数です。不思議なことに、この値は、地球と月の質量比に、ほぼ一致します。」

「答えは、月ですな。」

「地球における『天然衛星』は、月だけです。月は、いつも同じ面を向けて、この地球を観察しています。僕は、月こそ神の正体だとおもいます。」

「月にすべての情報を収斂させるわけですな。」

「すべて、月から生まれたのです。僕も宮司さんも、そして八幡さまも。」

航介は、ようやく伸びてきた前髪をかきあげながら、高き神の存在を、その遣いに発表した。

「自分のことを科学者だと自惚れている人がいたならば、このあたりから僕の感性が理解されないだろうとおもいます。たとえば、八幡さまを例にします。僕は、八幡さまは、治水の神であり鍛冶の神であるとおもっています。また、とくに源義家を神格化した軍事の神でもあるでしょう。これらは、系統的に『火気』で共通項をもちます。」

「陰陽五行での『火剋金』に特化されるのですな。」

「さらに、オリオン・ベルトの三つ星や太陽系の惑星たち、そして循環小数をつくりだす逆数の妙趣から九九の値まで、いわゆる反証可能性を与える分野までも包容しています。オリオン・ベルトが必要なのは、地球の公転を示すための基準点としてです。」

「それらはギザ・コンプレックスと相似だとおっしゃられるのですね。」

「古代エジプト人は、よく逆数を用いました。それは、ナイル川の氾濫後に、土地の測量を正確におこなう必要があったからです。彼らは、一定の土地を、同じ身分の人間で平等に分割する時、循環小数が返される分母で計算をしたのでしょう。いくつかの九九の値に限定したムラ社会の誕生です。」

「無限の美を秘めた計画都市ですか。」

「メンカウラー王のピラミッドに1/3、カフラー王に1/15、そしてクフ王のピラミッドに1/18をあてはめてみると、スフィンクスにむかって左から特別な3つの数字に変換されます。」

「0.3333…、0.0666…、0.0555…。」

「3・6・5です。一年の日数です。太陽暦を持っていれば、雨季を推測しやすくなります。」

「なんと!」

「エジプトで発達した幾何学のそもそもの始まりは、土地の測量からだといわれています。」

航介は、「エジプトはナイルの賜」という文句を参考に、大河川と文明の相関は普遍的だと述べた。

「八幡神を鍛冶神だとする学者は、信徒の生業や文献に書かれてあるエピソードだけで八幡神の分析を完結してしまっています。その一方、僕は、治水や軍事にも共通する火気の精こそ八幡さまの本質と考えているので、一見あれもこれも八幡さまに収斂させているように見えるはずです。しかし、神様とはこういうものなのです。次元が高い存在なので、あれもこれも合成してしまうのです。」

「『火気』という項が、必要条件なのですな。」

和田宮司も、熱っぽく私見を語る航介に、つよく刺激されてきている。

「日本人は、古来、さまざまなものに神性を見出してきました。それが生き物ではなかったとしても。」

「いわゆる八百万神ですな。」

「キリスト教やイスラム教などの一神教信者たちは、創造者や唯一の預言者を仮定するのに対して、『日本教』の信者は絶対神を受け入れにくいとされてきました。その一方で、仏教との習合は比較的うまくいきました。これは、教義が他者に寛容であるからです。ところが、西洋かぶれの明治政府が、唯一神という概念を盲目的に輸入してしまった。天皇の神格化です。」

「天皇さまによる治世は、なにも明治からではないでしょう。後醍醐天皇のように、軍隊を率いて政治をされた陛下もおわしましょう。」

「大変恐縮ですが、宮司さんは誤解しておられる。天皇とは神ではないのです。陛下は祭祀者であり、すなわち神の遣いなのです。また、軍隊を率いるのは、宰相や将軍の職分です。」

航介は、臆することなく、教育勅語で育てられてきた和田菊之丞の天皇観を批判した。

「僕は、月こそ最高神であると言いました。さすがに、月という天体が意志を持って、あらゆる生命に影響させているとは断言しません。まず、物理的な高さに憧憬する古代人の感性に、自分を合わせてみただけのことです。万人がそれぞれ信仰する神々のすべてを統合する存在として、その天体に神性を託すると普遍性が生まれるのです。創造神ではない唯一神が現れるのです。」

「太陽ではダメでしょうか。」

「太陽は自転します。月も自転しますが、公転周期との関係から、ウサギが餅つきをするあの面しか僕たちに見せません。」

航介は、アーニランによるヒントと、月山の山頂から送られてくるインスピレーションに支配されている。

「お月さまには、満ち欠けがございますな。唯一神の変態は、あまり美しくないとおもわれますが。」

年に一度、一ヶ月のあいだ出雲大社に神々が集まり会議をすると教わってきた宮司は納得できないようだ。

「逆ですよ。そこがポイントなんです。多くの八幡宮の縁日は、だから十五日なんです。旧暦で満月です。その日は、神様であるお月さまが、全部顔を出してくれるんです。めっちゃ、こっちを見てるんです。」

航介の仮説に、和田は顔を赤らめた。

「お恥ずかしいことに、わたくしは大切なことを忘れておりました。この櫛引八幡宮の例大祭は、旧暦の八月十五日でございました。」

「現在採用されているグレゴリオ太陽暦を利用した便宜的な『旧暦』では、本来の意味がありません。」

「と、おっしゃいますと?」

「なぜならば、旧暦の八月十五日といえば特別な日じゃないですか。」

「十五夜、仲秋の名月ですな。」

「そうです。お月見をする日なんです。秋風が吹き、金気旺のその日に、満月のような白く丸いお餅と、季節の『花』であるススキを、八幡さまをお生みになったお月さまにお供えするのです。」

航介は、老齢の宮司に媚びることをしない。

「だから、日本のお祭りは、ほとんど秋祭りなのです。収穫祭という解釈だけではなく、お月さまに恵みを感謝するという点がポイントではないでしょうか。」

「わたくしどもも、十五夜当日に例大祭をおこなうことの意味を、今後、十分に意識してまいります。」

「八幡さまといえば、応神天皇、比売神、そして神功皇后の三柱が祀られていますよね。」

「比売神には、宗像三神が付記されております。」

「応神天皇には、火気の精を降ろしているのでしょう。彼のアイデンティティは、ズバリ火気です。燃え盛る炎のようなオーラをもつ応神天皇は、男らしいイケメンとでもいいましょうか。また、比売神については、古来よく議論されてきましたが、金気の精を降ろした女神だと推測します。僕は、この比売神に粗鉱石を対応させているので、その神の外見は、ゴツゴツしてとてもブサイクなのです。宗像三神は、粗鉱石の中に散らばっている金属成分のことと考えます。もちろん、これらも金気の精です。」

「すると、謎とされてきた比売神は、応神天皇さまにとってお后に当たられるのですね。」

「人間関係の次元に情報レベルを落とすと、その様になるでしょうか。いや、別に、皇后でなくてもいいんです。側室でも結構なんです。要は、『火剋金』の法則を示唆できる受け身の存在が必要なのです。」

「宗像三神は、人間関係の次元に落としたとき、どのようになりますでしょうか。」

「鉱石である比売神は、金属成分があってこそです。比売神が産む三つ子の女の子とでもしましょう。」

航介は、神に込められている情報には、実際の人間関係よりも上位の概念が存在すると繰り返した。

「八幡神の分析をするときに、ポイントとなるのが、残された神功皇后です。応神天皇の母君なのですから、本来は皇太后とするべきですが。」

「おっしゃられるとおりでございますな。」

「本来、全八幡神が火気であることを遺すためには、火気の応神天皇と金気の比売神だけで十分です。しかし、八幡神はギザ発祥の『見える神』であるので、三基のピラミッドに対応させた三人の人物が必要だったのです。そこで、応神天皇をお産みになられた神功皇太后を八幡神に繰り入れたのです。」

「これらの伝説に母性が必要だったのですね。」

「神功皇太后は、胎内に応神天皇を宿しながら、新羅国を征討したことになっています。この神話的表現に隠されている暗号をひもとけば、八幡神に込められている機密情報がわかります。」

航介は、工藤治三郎から、館鼻という海の玄関口で教わった解釈を受け売りして、

「新羅を『シイラ』と読めば、ハングルで鉄のことです。神功はお腹の応神とで、鉄鉱石を剋したんです。決して、親百済国云々ということではないんです。」

「新羅国の征討ではなく、やはり製鉄を示唆する神話的表現なのですか…。」

「応神天皇を宿す神功皇太后は、もちろん当時は皇太后ではなく皇后陛下です。生まれてくる応神よりも一つ次元が高い存在です。すでにタテの関係ができています。」

「炎のような子を産む月のような母、ですか。」

「応神のような殺気盛んなカリスマをもった神には、父と子というタテの関係を与えがちですが、八幡信仰には母子関係が重要なようです。」

「先ほどおっしゃった『月こそ神である』という意味が、理解できたような気がいたします。女性の生理現象に神性を見出していたのですな。」

「太陽に対して太陰とも呼ばれてきたお月さまは、女性の象徴です。受け身である月は、産む力があるということで神聖視されてきたはずです。」

航介は、「ツボ」に代表される受け身の共通項は、凹凸の凹部であり、陰陽の陰であり、新たな命が育まれるという点で敬わられてきたはずだと述べた。

「神功皇太后さまという陰極から産まれた、応神天皇さまという陽極ですか…。」

「その応神の父は、仲哀天皇です。彼は、『新羅を征討せよ』という神託を批判しただけではなく、さらに無視したために、下命したある神によって命を奪われたことになっています。その神の名こそ…。」

「住吉さま、ですな。」

「宗像三神と同系とふんでいる住吉神です。僕は、どちらもオリオン座にある三つ星だと考えています。ブサイクな比売神が産んだ玉のような三人娘、ひかり輝く金属成分のことです。」

航介は、自戒をこめて、

「この世に生まれてきたいとおもっている三人娘をはらませることができない無能な男は、次元の低いはずの子孫によって命を取られるのです。」

「火気を崇める神話的表現ですな。」

「まさに、逆説です。」

 航介と宮司の稀有なやりとりが天に通じたのか、あれほどまでに激しかった雷雨が止んで、ふたたび、夏至らしい強い光が差し込んできた。すぐに、セミが鳴き出す。このあたりでは、少し早めの蝉時雨だ。ふたりの間に流れる沈黙の時を、季節外れの音ばかりの時雨が見事に埋めている。

「わたくしは、あなた様にこのお宮を守っていただきたいのです。先代がよく申しておりました。『後継は、神に好かれる者に禅譲せよ』と。」

航介は大げさに首を振り、

「八幡さまへの感謝と御奉公は、別のかたちで考えさせていただきます。宮司など、僕にはムリです。」

「それでは、あなた様から、どなたかご紹介いただけないでしょうか。」

航介は「この若造に、何をおっしゃいますか」と謙遜したものの、この夏で定年を迎えるはずの、しがない男の存在が脳裏をかすめていた。

「実は、つい最近に白澤寺の和尚からも同じようなことを言われたので、余計に驚いているんですよ。」

「左様でしたか。白澤寺の和尚さんは、もともと、国会議員の秘書だった方ですよ。」

「杢蓮さんのことですよね。」

「わたくしなどは、『三浦さん』という呼び方が馴染み深いのですがね。古いつきあいになりますので。」

 航介は、大山杢蓮が国会議員秘書だったということを初めて聞いて、彼が持つ陰のオーラの理由がわかった気がした。あの押しの強さと品の無さは、政治家の権威を利用して威張りちらしている生活習慣が、そうさせるのだろう。

「表向きだけ宗教者の、実態は政治屋か…」

いかにも卑しそうだった杢蓮の本性を鼻で嗤った航介は、自分の直感の鋭さに軽く自惚れた。

 しかし、航介はいまだ気づいていなかった。杢蓮こと三浦守を、航介こそが必要としていることを。


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