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エピローグ

 於 神奈川県横浜市 本牧埠頭


「コラァ!ヘルメット被らんか!」

「やかましいわ!オッサン、邪魔やからそこどけや!」

 今日も、ドライヤーと整髪料を使って、念入りに髪をたたせてきた航介にとって、窮屈な作業用ヘルメットを被ることは、苦痛このうえなかった。

「コンテナに潰されて死にたいんかァ!」

「アホか!コンテナがひっくり返ったら、もう死んどるやないか!メットごときで助かるかいな!」

 この波止場は、横づけされた外国船と倉庫の間を、フォークリフトが忙しなく走り回る男の仕事場だ。殺気立つ厳めしい人相の作業員たちは、お互いに声を張り上げ、その意思を確認しあっている。傍から見ると罵り合っているように見えてしまう、がさつな男たちの本心は、湿りっ気のない爽やかな愛に満ちている。

 日中は美容師の専門学校へ通いながら、夜には、横浜港で肉体労働をしている現在の航介は、その社会的な評価に比べて、はるかに充実していた。

「オレは、必ず天下を獲ってやる。額に汗している人、頭を下げて歩き回る人、そして心を込めてものづくりをする人たちに光が当たる世の中にしたい。そのためには、オレ自身が現場に出る必要がある。ダンボールケース一個、まともに持つことができない貧相な小役人が偉そうにしている世の中は、もう変えなければならない。この国や里への強い場所愛がないヤツや、外国人なんかが偉そうに政治へ干渉してくるのはおかしい。強い自尊心をもって、祖国愛や郷土愛を口にする人物を否定したり嘲笑する今の雰囲気はまちがっている。いずれ、神在月に出雲に集う神々から要請されることだろう。その合図は、あの霊峰が大噴火を起こす時だ。気まぐれで穏やかな白雲ではなく、重々しい噴煙が黒雲となってこの日本を蔽い、お天道様の光を遮るとき、このオレ様が台風の目となって救世主になるんだ!」

 『市野沢晃祐』と刺繍されている汚れた作業着の胸ポケットには、あと数本になったショート・ホープがブラックコーヒーの伴として用意されていた。

 明日は、ようやく給料日である。


 手元に、一本のビデオテープがある。その映像は、私が小学六年生のころに評価された、夏休みの自由研究のレポートだ。七五〇人の児童代表だった私は健康的に日焼けて、自信満々に故郷の神社・仏閣を紹介している。

 大学生の時、当時付き合っていたガールフレンドがそのテープを見つけ出し、あの時以来そのレポートを目にすることになった。彼女は茶化しながら、その姿に満足しているようだった。しかし、私は恥ずかしくてしょうがなかった。

 デタラメなのである。

 「誉田別命」を「ヨダベツノミコト」と言っている。「市杵島姫命」を「イチキネシマヒメノミコト」と言っている。偉そうに。その恥ずかしい映像を見た瞬間、あの自由研究をやり直さなければならないと反省したのは、まだ二十世紀のころだった。それ以来、祭神への弁明のために取材を続け、暇をみつけながら少しずつ書き足していった成果がこの作品である。

 この作品は、私のオリジナルである。フィクションである。小説であり物語でもある。しかし、ある場面においては、確信している部分もある。それがどこかは、言わない。なにかも書かない。それは、世間の評価というものの恐ろしさが想像できるからである。私は、あえて逃げ道を作っておいた。自分のために。

 私は、小学六年生まで故郷が嫌いだった。南部弁もできるだけ使わなかった。ところが、あるラジオ番組のヘビー・リスナーとなってから、郷土愛を自覚するようになった。残念ながら、旧津軽藩領の文化をことごとく否定するという子供っぽいモチベーションだったものの、あのとき、私はひとつ大人になっていたのだ。伊奈かっぺいディレクターに感謝したい。

 実は、この文章を書きあげてからすでに十数年経っているのだが、この世から消えてしまった数々のモノゴトたちをあえて修正していない。しかし、本文に描かれている旧南部藩領の風景だけは、今でも糠部平原に存在している。これら拙く退屈な文章を目にしてきたあなたは、すでになにかに惹きつけられているのだ。都心から三時間の旅で、あなたこそが、この豊かな髪を梳くための黄金色の櫛を、凍った土の中から手にするのかもしれない。エリートであるマルスがこれから見つけるもの、私がいまだに気づいていないもの、それを発見するのがあなたかもしれない。是非、神の気がある月の里を訪れてみてほしい。

 その里にとって、遠い街からやってくるあなたがたは、福徳をもたらす「ゑびす様」なのだから。


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