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9、後宮内















 瑛が後宮に上がり、立后してから八か月ほどが過ぎている。その間の付き合いで分かったのだが、玉蓮は物事の説明をとばし、一気に結論を言うところがある。つまり、主語がなく、述語だけを述べるのだ。つまり、『大変です!』と言うのである。


 そして、彼女がそんなことを言いだす時は、たいてい大した問題は起こっていない。

 とりあえず、玉蓮から事情を聞きだすと、何やら妃嬪たちがもめているらしい。今度は何でもめているんだ。


「なんか、夏至祭で着る衣装でもめておられて」

「あー」


 瑛は納得の声をあげる。祭祀などでほかのものと衣装がかぶらないようにするのは常識であるが、誰しも似合う色、好みの色が存在する。できれば、それに近い色を着たい。そう思うのは当然だろう。

 だが、他の物とかぶるのはいただけない。人数が多い以上、多少は仕方がないが、現在は後宮の妃嬪が十人しかいないので、全員でできるだけかぶらないようにするのは常識である。


「ちなみに、誰と誰が何色でもめてるの?」

「孫昭儀と劉昭容が、赤でもめてます」

「赤はダメよ。私が着るから」


 瑛はバッサリと切り捨てた。皇帝の公式行事での衣装はたいてい紫だ。そのため、皇后である瑛は紫が映えるような色を選ぶべきだ。かつ、自分にも似合う色と言うことで、深紅を採用したのである。

 瑛は顔立ちに癖がないので、わりと何を着ても似合うのだが、赤が一番似合う、と言われたことがある。誰に言われたのだろうか。さっぱり覚えていないが。


「……わたくしがお伝えすればいいんですか?」


 若干蒼ざめた玉蓮がかわいそうだったので、瑛はため息をついて「私が様子を見に行くわよ」と言った。職分外だと叫びながらも、結局は引き受けてしまう自分が嫌になる。

 瑛はざっと身なりを確認して皇后の居室を出た。そして、孫昭儀と劉昭容が言い争っている現場に向かう。

 そこは、渡り廊下だった。風が通り、かつ日陰なので涼しいのである。


「そんな聞き分けの言い振りをして、中身はとんだ性悪ね」

「その言葉、そのままお返しします」


 なんだか喧嘩の内容が変わっている気がしたが、とりあえず言い争っているのは事実なので、止めに入ってみる。


「何をしているのですか、あなたたちは」

「皇后様」


 孫昭儀と劉昭容は膝をついて皇后に対する礼を取った。しかし、侮られているのがわかるので、瑛は気分が悪い。


「わたくしを侮っているのに頭を下げる必要などない。気分が悪い」


 そう言い捨てると、孫昭儀が明らかにむっとした様子を見せた。劉昭容はぱっと顔を上げると言い放つ。


「皇后様は、その地位にふさわしい方です。わたくしはわかっています」

「……そう」


 以前にも、劉昭容には同じようなことを言われた。彼女の真意がわからず、瑛は混乱した。彼女は以前、瑛に「お飾りの皇后」と言い放ったことがあるのだ。


「……頭がいいだけの、年増じゃないの」


 頭を下げたまま小さく吐き捨てたのは孫昭儀である。ばっちり聞いていた瑛はかがんで扇を孫昭儀の顎に当て、くいっと持ち上げた。華のかんばせがあらわになる。


「顔がいいだけの、小娘が」

「……っ」


 本当に、孫昭儀にはこの言葉がふさわしい。彼女の父が何を思ってこの娘を手駒として後宮に入れたのかわからないが、明らかに人選を誤っている。


「まあ、冗談はさておき。二人とも、立ちなさい。何をそんなに言い争っているのです。後宮の風紀を乱さないように、と以前忠告しましたね?」


 覚えているのだろう。二人とも沈黙した。覚えているのなら話は早い。


「夏至祭の衣装でもめていると聞きました。確かに他者とかぶるのは失礼に当たりますが、そこまで目くじらを立てることではありません。他のものと競わず、最も自分に似合うものを選びなさい」


 おそらく、孫昭儀には明るい黄色などが、劉昭容には涼やかな青などが似合うだろう。


「ちなみに、赤はわたくしが着るのでダメです」

「……かしこまりました」


 劉昭容が返事をする。とりあえずだが、問題終息。瑛はため息をついた。


「あなたたちが何を命じられて後宮に入ったか聞きませんが、わたくしが高語である以上、後宮内で他のものに迷惑をかけるようなことは慎むように」

「御意に」


 今度は孫昭儀と劉昭容の声がかぶった。瑛はさらに言い聞かせるように言う。


「あなたたちは、わたくしをのぞく妃嬪の中では最高位となります。それをゆめゆめ忘れず、その位にふさわしいふるまいをするように。いいですね?」

「……御意に」

「そこ。わたくしが口うるさいと思うのなら、わたくしに注意されないようなさい。わたくしだって、好きでこんなことをしているわけではないのですから」


 誰が好き好んで後宮の維持、妃嬪の監督などするか。女同士の争いは見にくくてドロドロしている。どちらかと言うと性格がさばさばしている瑛は、そう言った争いが苦手だ。先も見たように、できないわけではないのだが。しかも、かなりたちが悪い。

 なんとか孫昭儀と劉昭容のいさかいを治めた瑛は、そのまま皇后の居室に戻った。なんだか一気に疲れた。


 さて。宴に出す料理や酒の確認をしようかと思ったとき。


「瑛様。高宝林がお見えですが」

「……通しなさい」


 なんという間の悪さ。これが高宝林(本名・琅明)が高宝林たるゆえんである。間が悪いと言うより、運が悪いのかもしれない。


「失礼いたします」

「間が悪い。空気を読め」

「いきなりですか!?」


 しとやかに皇后に対して礼をした高宝林に、瑛は言い放った。女装の少年は涙目になる。なんだかかわいい少女をいじめているようで瑛は若干の良心の呵責を覚えた。


「それで。どうしたの?」

「あ、はい。こんにちは、瑛様」

「……ええ。こんにちは」


 ずれた返答があった瑛は半眼になりながらも挨拶を返す。挨拶は大事だ。時と場合にもよるけど。

 とりあえず、座れと近くの椅子を勧める。琅明は自分が高宝林であることをちゃんと自覚しているため、首を左右に振って断った。


「私はこのままで結構です」


 彼は孫昭儀や劉昭容よりもよほど妃嬪としての自覚がある。男だけど。顔だけ見れば、その辺の少女よりよほどかわいいのに、もったいない。


「それより、問題が」

「何?」

「……俺、声変わりが始まりました……」

「……」


 瑛は琅明を見上げた。先ほどから声を聞いているが、声変わりしているような印象はない。瑛は珀悠の声変わりを見ているが、彼の時は声が出にくくなり、ガサガサしていた。それに、珀悠の変声期が来たのは彼が十三歳くらいの時だ。


 一方の琅明は現在十五歳。個人差があると言うが、彼は変声期が遅い。


 とりあえず、そこはツッコまないことにして。


「あまり声質が変わってないような気がするけど」

「そうですか!? 自分では結構変わった気がするんですけど!」


 少女のような高い声を維持するのはもう難しい。と琅明は半泣きだ。瑛は顎に指を当てた。


「と言ってもねぇ。しばらく様子を見て見るしかないだろうね。珀悠にも言っておこう」

「すみません~」

「いや、たぶん、珀悠も私と同じこと言うと思うよ。変わったって言っても、私と声の高さ、そんなに変わらないでしょ」


 瑛は女性にしては声が低めだ。もちろん、好きで低いわけではない。姉たちも声が低めなので、血筋なのだろうと思う。


「瑛様、ひどいです……」

「いや、客観的に見て事実だからね」


 やはり半泣きの琅明に容赦なくそう言って、瑛はついでに尋ねた。


「それは本当に声が変わった時に考えましょう。他の妃嬪たちはどうしている?」


 瑛の質問に、琅明の顔がすっと引き締まり、まじめな表情になる。それでも可憐な顔だが。


「私が付き合いのある妃嬪たちは夏至祭を楽しみにしているみたいですね。少し上位になると、この機会に陛下の関心を買おうとしているようですが」

「あらあら。何をしでかすつもりかしらね」


 呆れて瑛は肩をすくめた。みんな、行事に浮かれているのだ。今のところ、珀悠は瑛の居室にしか通っていないため、他の妃嬪たちは少しでも珀悠の関心を買っておきたいのだろう。そう言った妃嬪たちが何をするのか、考えるのも……。


「時間の無駄ね」

「言うと思いました。私の方で対処しておいてもいいですけど」

「放っておきなさい。小娘どもが考えることなんて、大したことではないわ」

「小娘……」


 琅明が自分の胸に手を当てた。二十四歳の瑛から見れば、二十歳そこそこの妃たちなど小娘なのだ。場合によっては、瑛のように皇帝より年上の妃嬪がいないわけではないのだが、それは皇帝が即位する前から女たちを囲っている場合が多い。珀悠はそうではないため、瑛以外の妃嬪は全員二十歳以下のはずだ。


「親が出てきたときは厄介だけど、夏至祭には姉上たちも来るし、大丈夫でしょう」


 瑛の長姉は夏侯家の後継ぎと言う立場だ。宮廷に官職は持っていないが、女学院で歴史を教えているはずである。彼女も、夫共に夏至祭に呼ばれているはずだ。


「瑛様、そう言うところ、結構ざっくりしていますよね~」

「それくらいなら行き当たりばったりでも対処できるもの。それより、今は宴の準備が問題」

「それもそうですね」


 ここで手伝いましょうか、と言わない辺り、琅明はわかっている。うっかりそんなことを言えば、瑛に巻き込まれるからだ。それくらい、瑛は忙しい。


「大変ですね。夏至祭の手配をして、皇太子様に勉強を教えて、陛下の相手をして……」


 ちなみに、珀悠の相手が一番大変だ。面倒くさいともいう。甘えてくる彼を、瑛も放っておけないからだが。


「そうなの。報告は以上? ほかに私に言っておくことはない?」


 琅明は少し考えた。そして、ふと思い出す。


「そう言えば、毒を入手した妃嬪がいると噂になっていますけど」

「それ、最初に言うべきことよね」


 瑛はツッコミを入れ、確認していた資料と卓の上に置いて琅明を見た。

 後宮に毒があることなど、当たり前のことだ。誰が毒殺されてもおかしくない。ここは、そう言う場所なのだ。


「気になるけど、噂では対処できないわね。もう少し話を集めてみて、あなたでどうにかなりそうなら何とかしておいて。その場合は事後報告でいいわ。駄目そうなら、私に報告。いいわね」

「了解です、皇后様」


 とりあえず瑛は、おどけるように返事をした琅明の頭を丸めた書類でたたいた。














ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


この話では何となくのイメージカラーを設定しています。瑛は唐紅。ちなみに、珀悠は紫です。

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