10、夏至祭
直前に席数が足りないと言う事態が発生したものの、無事に夏至祭を迎えた。夏至祭は、日没から深夜にかけて行われる。大量のたいまつを用意し、会場となっている野外宴会場を煌々と照らしていた。
「瑛の言うとおり、よく晴れてるね」
夏至祭を行うにあたって、珀悠は瑛に、当日は晴れるか尋ねていた。もしも雨天なら、計画を変更しなければならない。室内でやるか、延期のどちらかになるが。
瑛は隣に座る珀悠を見て、扇で口元を隠しながら答えた。
「当然だわ。姉様にも『視て』もらったのだし、間違うはずがないわよ」
「前から思ってたけど、夏侯家の姉妹ってすごいよねぇ」
「あら。ありがとう」
瑛は扇を閉じて正面を向く。珀悠と瑛は、他より一段高くなった上座に座っていた。珀悠は威厳のある紫の衣装を、瑛は宣言通り深紅の衣装をまとっている。互いに互いを引き立てるような意匠が施してあった。
二人の左右には一段低いところに後宮の妃嬪たちが並ぶ。総勢九名。通常なら出席者を厳選するのだが、現在は後宮に人が少ないので、全員出席となっている。
そして、皇帝の座所の目の前に舞台があり、今、宮廷楽師たちが音楽を奏でているところだ。それに合わせて踊る舞姫たちの、なんと美しいことか。
そして、その舞台を囲むように官吏や招待された名家の当主などが座っている。みな、飲み食い騒げと言った感じだが、今は舞台上に集中しているようだ。
着飾った妃嬪も、舞姫たちもとてもきれいだ。瑛は、その中でも一番平凡であろう自分が皇帝のとなりにいることが不思議でならない。
思えば、不思議でないはずがないのだ。燕旺国では、確かに女性の官吏や武官がいないが、女性がその家の当主になることは珍しくはない。まあ、その場合は中継ぎの場合が多いが。それに、職を求める名家の女性も少ない。
話を戻して。瑛が皇太子の教育係になるには、ただ単純に彼女を女官にすればよかったのだ。珀悠と䔥宰相なら、教育専門の女官を置くことだってできただろう。だが、そうしなかった。
確かに、母親は必要だ。しかし、何も瑛である必要はない。母親と教育係が同じである必要はないのだから。
だが……たぶん、珀悠にとっても䔥宰相にとっても、瑛が皇后になることは都合がよかったのだ。
珀悠は彼女に思い切り甘えられる。そして、瑛の父親は権力に興味がない。彼はれっきとした礼部尚書で、今回、夏至祭を開くにあたっても世話になっているのだが、当日はすっぽかしたいとか言いだした男である。長女に引きずられて出席したみたいだけど。さっき、目撃した。
「そう言えば、文姫」
「何?」
詮無いことを考えていた瑛は、珀悠の呼びかけに現実に引き戻された。気が付けば、楽曲が別の物に代わり、舞姫たちの舞も違うものになっている。
「その格好。とてもよく似合ってるよ。きれいだ」
瑛は驚いて珀悠を見上げた。その端正な顔を見て……驚愕が薄れた。代わりに自嘲が浮かべられる。
「お世辞は結構よ。珀悠はよく似合ってるわね。いつもより頼りになる感じ」
「本当? でもやっぱり、文姫の方がきれいだよ」
「はいはい。ありがとう」
褒められて嬉しそうな珀悠に、瑛は苦笑して適当に返事をする。彼のように、ほめ言葉を素直に受け入れられたらいいのに。
取り合わない瑛に、珀悠は「本当にきれいなのに……」と残念そうにつぶやく。瑛は酒器を手に取り、珀悠の杯に注いだ。
「……まあ、ほめられて悪い気はしないわ」
弁解のようにそう言ったのだが、珀悠は満足しなかったようだ。一息に杯を空けて、瑛に言った。
「文姫はさ。どうしてそんなに卑屈なの」
瑛はキョトンとして珀悠を見上げた。眼をしばたたかせ、首をかしげる。
「私、卑屈?」
「そうだよ。それに、本当にきれいなのに認めないのは、謙遜じゃなくて嫌味だよ」
「や、他の妃嬪たちの方が美人でしょう。あの子たちが、私を恨むのもわかるもの。パッとしない私が皇后でしょう? 自分の方がって思うのは、当然の心理だわ」
「皇后っていうのは、外見の美しさだけで選ぶものじゃないよ」
「……そうね」
その時の政情とか、そう言ったことを考慮して、皇后を選ぶものだ。瑛もそうなのだ。
思いがけず珀悠からまじめな返答があったので、戸惑う瑛。ふと妃嬪たちの方を見ると、何人かの妃嬪は射殺しそうな目で瑛を見ていた。しかし、瑛の視線に気づくと視線をそらす。最後に琅明を見ると、焦った表情をしていた。瑛を目が合うと、手の動きで『まずいですって』と訴えてくる。何がまずいのだろうか。
その時、咳ばらいが聞こえた。官吏の中でも上座にいる劉太師だ。その向かいには䔥宰相が座っている。劉太師は珀悠と瑛を見上げて言った。
「もうすぐ、天華が始まりますぞ」
これがお前たちの未来だ。しっかり見届けろ、と言わんばかりに彼は言った。
天華は太古の中央平原を統一した青年の話だ。中央平原にはかつて、多くの魔物がのさばっており、人々を襲っていた。その魔物たちを倒し、中央平原に人間の国を気づいた英雄の話なのである。
主に戦争を意味すると認識されているこの演目であるが、解釈の方法によっては、愚王を廃し、王にふさわしいものが王位を継ぐ、とも捕らえることができる。なぜなら、天華の英雄は、最後に魔物の王に戦いを挑むからだ。ちなみに、その戦いがこの演目最大の見せ場である。
先ほどに引き続き、舞姫たちが舞台上を軽やかに舞う。ちなみに、一応名家のお姫様と言う立場の瑛も、舞や楽器を習ったことがあるが、楽器はともかく舞はあまりうまくはない。どうも、先に剣を習ってしまったのが良くなかったらしい。と言うか、夏侯家の姉妹の中で舞をまともに踊れるのは次女だけだ。
ちなみに、その次女であるが、先ほどこの会場で目撃した。どうやら、招待客の一人らしい。妃嬪や名家の当主、もしくは出演者側の舞姫や楽師でない限り、女性は呼ばれないものだが、瑛の次姉に関しては少々事情が違う。
まず、彼女はおそらく、燕王国一の美女だ。そのため、先代皇帝の後宮に入れられそうになったことがあるが、早々に結婚したために難を逃れている。
そして、彼女の占はよく当たる。かつて中央平原には魔物が存在したと言うが、それと同じく占術のような力も存在したのだと言う。占は、その名残を今に残すものである。
占と言えば、予言や失せもの探し、恋占いなどが思い浮かぶだろう。瑛の次姉は、そのどれもできる。
おそらく、巫女に近い存在なのだと思う。なので、結婚したら力が薄れるかと思ったのだが、そうでもない。むしろ、以前よりよく当たるから不思議だ。おそらく、その占を夏至祭の余興とするために、彼女は呼ばれたのだろう。
瑛は、夏至祭を行うにあたって天候を予測するように頼まれた。瑛の予測は、予知などとは違う。彼女には、姉のような不思議な力はない。
彼女は様々な現象の統計を取り、そこから答えを導き出す。その結果、今日は晴れると予測した。そして、よく当たると評判の占い師である姉にも相談し、確実に晴れると確信したわけだ。
思わず意識の飛んでしまった瑛だが、視線を舞台に戻す。そろそろ、英雄が魔王に挑むころだ。
英雄役の青年が切っ先を仮面をつけた魔王役の男に向けた。瑛は何気なく魔王役を見て、「ん?」と声をあげた。
「珀悠」
「うん。あの剣、真剣だ」
珀悠も気づいたらしい。通常、部隊で使用する剣や槍は刃をつぶした模造剣である。英雄役が持っている剣は、刃がつぶしてある。しかし、魔王役の剣は真剣だった。英雄役も気が付いたのだろう。若干の動揺が垣間見れる。
だが、周囲にそれを悟られないように青年は台本通りに動いた。魔王役と踊るように剣を打ち合わせる。
「……あの魔王役、俺が演目の最終確認をしたときと、別人だな」
どうやら、珀悠は自ら演目の流れの最終確認をしたらしい。仕事熱心だと好意的に受け止めるべきか、暇人であると否定的に受け止めるべきか。
賢明にも瑛はどちらの言葉も発せず、ただ尋ねた。
「じゃあ、代役と言うこと?」
「それか、正式な魔王役を殺して、誰かが成り変わったか」
珀悠の言葉に、瑛は肩をすくめた。瑛も考えたが、言わなかったのに。
ふと、瑛は魔王役がこちらを見た気がした。瞬きしたその瞬間、何と英雄が魔王に倒された。会場がどよめく。
魔王の剣が、珀悠に向けられた。通常では不敬罪であるが、この場は無礼講。しかし、失礼であることに変わりはない。
だが、この国の演目の中には変わったものがある。一つの物語に筋書きが二つあるものだ。一方は、英雄が勝つ。一方は、魔王が勝つ。それぞれの役が真剣勝負をして、本当に勝った方の筋書きを進めるのだ。
そして、魔王がかった場合のみ、もう一人の挑戦者を魔王が選ぶことができる。観客の中から無作為に選ばれ、挑戦者が勝てば英雄の筋書きに切り替わる。
その演目は『春の宴』と呼ばれている。正式名称は別にあり、俗称だ。
それになぞらえて、魔王はあろうことか皇帝を挑戦者に選んだのだ。
皇帝がどうするのか。誰もがかたずをのんで見守った。
いつになく真剣な表情の珀悠は少し目を細めた。そして、立ち上がろうとする。挑戦を受ける気なのだ。
瑛はとっさの判断で珀悠の腕をつかんだ。
「どうした、皇后」
『文姫』ではなく、『皇后』と呼んだのは、周囲の目を気にしたからだろう。瑛は強い口調で言った。
「何も陛下が行かれることはありません。わたくしが受けて立ちましょう」
珀悠は皇帝だ。使える駒は、何でも使うべきなのである。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
次回、瑛がやらかす予定。




