32、真相
「と言うことなんだけど、どうしよう?」
「う~ん。確かに重要な問題だ……」
二人とも真剣な表情であるが、体勢はふざけている。最近では見慣れたが、珀悠が瑛を後ろから抱え込んでいた。
はたから見ると甘い雰囲気だが、これは意外に都合がよい。瑛は悪阻が軽い代わりのように、唐突かつ急激に眠くなるので、突然倒れない、という意味で都合がよいのだ。
再び「う~ん」と言いながら、珀悠は瑛の腹のあたりにそっと触れた。そこにまだふくらみはない。
「まだわからないでしょ」
「そうだね……でも、ここに俺と文姫の子供がいると思うとうれしくて」
「はいはい。私もうれしいわよ」
そう言うと、珀悠は瑛の胸のあたりを後ろからぎゅっと抱きしめた。しかし、うれしいのはわかるが、今は慧峻のことだ。
「もう少し大きかったら、全部話すんだけどなぁ」
珀悠の言葉に、瑛も「そうね」とうなずいた。慧峻はまだ六歳だ。珀悠が話す真実を理解できるかわからない。天才少女だった瑛ならまだしも、普通の六歳に珀悠の重い話を理解できるか? それは否だろう。おそらく。
もう少し大きく……せめて、年齢が二けたに乗っていたらまた話は別だろうが、思ったより早く慧峻が気づいてしまった。
「と言うことは、やっぱり慧峻は結構頭がいいわよね? と言うことは、説明したら、理解……できるのかしら」
理解できたとして、判断するのは慧峻自身だ。瑛は小首をかしげたが、珀悠に苦笑された。
「俺も考えたけど、文姫じゃないんだから無理だよ」
「やっぱり? というか、私のそんな小さい時のことはあなた、知らないでしょ?」
「漣さんと晶さんから聞いた」
「……」
瑛は目を細め、珀悠に上半身を預けた。姉二人め。面白がって珀悠にいろんなことを吹き込みよったな。
まあ、それはともかく。また話がそれている。
「うーん……大きくなったら説明してあげるってのは、はぐらかしてるよね」
「そうよね……かといって全部話すのは……重い部分は話さないでおけばいいのかしら」
「……俺が兄上を討った話だね……」
珀悠が瑛の首筋に顔を押し付けた。正確には、負けを悟った先代帝が自害したのだが、珀悠が先代帝を討った、というのは事実に反しない。珀悠は、確かに先代帝を追い詰めたのだから。
そのあたりの話は重すぎでできない。だから、慧峻に話すなら、珀悠と瑛が彼の実の親ではなく、叔父夫婦にあたることを話すことになるだろう。
話さないと言う選択肢は、存在しないのだ。夫婦はため息をついた。
△
結局、珀悠と瑛は慧峻に事実を話した。ただ、珀悠が慧峻の実父を討ったという話はしなかった。まだ六歳の彼には、そんな話は重すぎる。
なので、彼の両親が亡くなったので、叔父夫婦であった珀悠・瑛夫妻が彼を引き取ったこと。そして、慧峻がもう少し大きくなったら事実を話すつもりであったことを話した。話すまでも、話した後も、彼を実の子としてかわいがるつもりであったことも。
事実と言うが、叔父夫婦が引き取った云々のあたりは若干脚色が混じっている。まず、珀悠が登極した後に慧峻を引き取り、そのあとに瑛が珀悠に嫁いだ形になるからだ。
「……じゃあ、僕は本当に父上と母上の子ではないのですね……」
「何度も言っているけど、それでもあなたは私たちのかわいい息子よ」
「母上の言うとおりだよ。慧峻は俺達の子供だ」
瑛と珀悠はしゅんとした慧峻に言うが、慧峻はしゅんとしたままだ。そんな姿もかわいいが、萌えている場合ではない。
瑛は立ち上がり、慧峻の隣に座って彼を抱き寄せて頭を撫でた。
「今はわからなくてもいいわ。でも、私たちがあなたを愛していることは忘れないで」
「母上ぇ」
慧峻が瑛にしがみつくように泣き出した。たとえ実の親ではないとわかっても、かわいがってくれた瑛と珀悠を慕ってくれるようだ。珀悠も瑛とは反対側から慧峻の背中をたたく。
「俺達が言えたことじゃないけど、あまり考えすぎちゃだめだぞ。父上と母上にも相談してくれ」
力になれるかはわからない。ただ、抱え込むよりはいいはずだ。
「僕は……僕は」
瑛に顔を押し付けたまま、慧峻はくぐもった声で言った。
「僕は、たとえ本当の父上と母上でなかったとしても、父上と母上が大好きです」
瑛と珀悠は驚きで目を見合わせた。
たとえ血がつながっていなかったとしても。
こうして、思いあい、家族になることができるのだ。
二人は慧峻をぎゅっと抱きしめた。
△
「よく考えたら、僕にとって母上は母上だけで、父上は父上だけでした」
翌日、慧峻は瑛と珀悠に向かってそう言った。
「僕は実の両親だって言う人の記憶はないですし、育ててくれた父上と母上が本当の親です」
養父母に向かって、慧峻はそう言い切った。どうしよう、この子、物わかり良すぎるんだけど。
珀悠が瑛に囁いた。
「文姫、何か変な考え方仕込まなかった?」
「いいえ。さすがに六歳の子に変なことを教えないわよ」
さすがにそれは言いがかりである。さしもの瑛も、六歳の子供に変なことを教え込んだりはしない。確かに、物わかりが良すぎて、どうした、と言う感じではあるんだが。確かにちょっと怖い。
瑛は自分が子供のころ、両親や姉たちもそう思っていたのだろうか、と過去を振り返った。思えば、彼女も物分かりの良い子だった。
と言うことは、やはり瑛のせいなのか? 瑛が慧峻を教育しているせいで、彼女の考え方が慧峻に染みついたのか? 子供は素直だから。
……ありうる……。
瑛が勉学を教えた珀悠も、瑛と似たような考え方をする。さすがに帝王学を学んだ珀悠は瑛とは思考が若干違うが、慧峻の教育は今、瑛が担っている。慧峻の思考回路が彼女に似ていても不思議ではない。
「……そうね。慧峻がそう思ってくれて、私もほっとしたわ」
「父上もだ。これからもよろしくな」
瑛が慧峻を抱きしめ、珀悠が頭を撫でてやる。そうすると慧峻はうれしげに眼を細めた。大人びたことを言っていても、やはり彼はまだ子供だ。
「じゃあ、僕はお兄さんになるんですね」
「そうよ」
慧峻が瑛の腹に耳を当てる。珀悠にも言ったのだが、まだわからないだろう。
「僕、自慢の兄になれるように頑張ります」
「その意気だ、慧峻」
握り拳を作って気合を入れる慧峻を、珀悠が煽る。瑛は半分呆れつつ、しかし、どこか嬉しそうにそれを見守っていた。
△
「茘枝が食べたい」
ふと、瑛はそう思った。慧峻の問題が解決し、ほっとしたからだろうか。何となくおなかがすいた気がする。珀悠と慧峻が笑った。
「食欲があるなら大丈夫だよね」
「茘枝は母上の好物ですもんね」
珀悠も慧峻もニコニコしている。瑛の体には小さな命がある。二人分の命があるのだから、二人分食べるのは当然だと、珀悠も慧峻も思っている節がある。いや、実際各方面から食え、休めと言われるのだが。
瑛的には軽く動いたりもしたいのだが、庭園を散歩しようにもまだ外は寒いし、まさか馬に乗るわけにも剣術の稽古をするわけにもいかない。結局、後宮を一周するにとどまっている。
それに、周囲の監視の目もすごすぎる。さしもの瑛もおとなしくしているしかなかった。
それに、気になることもある。瑛は現在、それについて情報を集めていた。
「弟か妹かはわからないのですか?」
慧峻は生まれてくる子を弟妹としてかわいがるつもりのようだ。瑛と珀悠にとっても、その方がうれしい。慧峻が立ち直っていることがわかるから。
「まだわからないわね。姉様に占ってもらえばわかるかもしれないけど」
「あ~。晶さんね。彼女ならわかりそう」
珀悠も同意した。これだけで、瑛の次姉・晶がどういう風に思われているのかわかると言うものだ。
「占ってもらう?」
瑛が首をかしげて慧峻に尋ねると、彼は首を左右に振った。
「弟でも妹でも、どちらでも楽しみです」
にこにことそう言う慧峻はいい子だ。いい子過ぎて、ちょっと怖いかもしれない。
瑛は手を伸ばし、よしよしと慧峻の頭を撫でる。何度も言うが、女の子であればそれほど問題にはならないのだが……。
とにかく、生まれる前にやっておきたいことがある。
△
「干した茘枝だ。納めろ」
「なんで命令口調なの、父上」
そう言いながら、瑛は父が土産に持ってきた干した茘枝を受け取る。
ちなみに、父・夏侯津とこうして会うのは一年ぶりくらいだろうか。漣や晶、紅蘭などは時々会いに来るのだが、やはり性別の違いだろうか。
瑛はどちらかと言うと母親の紅蘭に似ている。津はどちらかと言えば精悍な顔立ちで、長姉の漣は津似だ。
精悍な顔立ちであるが、彼は文官だ。礼部尚書であり、おもに教育関連に力を入れているらしい。一応外交なども担っているが、瑛にも彼が何をしているのかはよくわからない。噂では、国外の言葉を十個近く理解できるらしいのだが、真偽は定かではない。わが父ながら謎の人である。
すでに五十歳を越えている津であるが、かつては美丈夫であった面影がある。表情がないところは瑛と似ている。だから、顔立ちはそれほど似ていないのによく『父君に似ているね』と瑛は言われる。
そして、考え方も瑛と津は似ている。瑛は早速干した茘枝を食べながらうなずく。
「うん。おいしい……ところで父上、何の用?」
「いや……様子を見に来た」
瑛は「そう」とうなずく。もう一つ食べる。
「じゃあ、私の用を言ってもいい?」
今回、津は勝手にやってきたのだが、瑛の方にも津に確認したいことがあった。
「去年の白氏の謀反計画、あれ、そそのかしたの、お父様でしょう」
大したことない、とでもいうように、瑛はとんでもないことを言ったのだった。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
悟りを開いた慧峻。こいつは瑛に似る気がする。
そしてついに出てきた瑛父。瑛の性格はばっちり父親似。
何度か出てくる茘枝はライチと同意味です。楊貴妃が好んで食べていたらしいですから、これくらいの時代にもあるでしょう。たぶん。




