17、暗殺者
「瑛様。さすがに珀悠様に相談した方が良いのでは?」
「あー、やっぱり? 私もそう思っていたところ」
寧佳の言葉に同意を示した瑛の下あたりで、ごきっという嫌な音が聞こえた。瑛が、襲ってきた暗殺者の肩の骨を粉砕したのである。その激痛に、暗殺者は気を失った。
「瑛様、容赦なさすぎです」
「倒したのは寧佳でしょ」
瑛の護衛も兼ねた侍女である寧佳は、服の中に暗器を隠し持っている侍女である。腕前もかなりのもので、今回、瑛の寝室に忍び込んできた暗殺者を捕らえたのも彼女の手柄だ。部屋を汚すまいと、流星錘と呼ばれる紐の端に重りを付けた武器を使って足を捕らえたのはいいが、これではすぐに逃げられる。そこで、瑛自身が暗殺者の肩を粉砕したと言うわけだ。
「すでに、暗殺者も五人目ですよ」
「最近、多いね」
寧佳も瑛も首をかしげる。どうしてこの時期に突然瑛を狙う暗殺者が増えたのだろうか。納涼祭を成功させたから、と言うだけでは理由が薄い。
「……ま、とりあえず、明日珀悠に相談してみるわ」
「ぜひそうしてください」
「うん。とりあえず、こいつ、どうにかしておいて。私は寝るから」
お休み、と瑛は寝台にもぐりこむ。寧佳は我が主ながら、図太いな、と思う。暗殺者に襲われたさっきの今で眠れるとは。しばらくして聞こえてきた寝息に、寧佳はため息をつくしかなった。
△
翌日の午後。午前中は瑛も珀悠も忙しいので、どうしても二人が会うとなると午後になることが多かった。珍しく瑛が珀悠を呼んだ。いつもは珀悠がかってに来る。
「お疲れ様。珀悠」
「文姫もね。どうしたの? 文姫から呼び出しって、珍しいねぇ」
相変わらず瑛を幼名で呼ぶ珀悠だが、とりあえずそこにはつっこまないでおき、本題に入る。
「最近、私の部屋に忍び込んでくるやつが多いのよ」
この発言に、珀悠は飲んでいたお茶を噴きだした。問題発言をした瑛は「大丈夫?」と珀悠の背中をたたいた。
「忍び込んでくるって……まさか、夜這い?」
一応皇后である彼女に? そう思って尋ねると、彼女は首を左右に振った。
「そんなわけないでしょ。暗殺者よ」
「ああ……びっくりした」
「こっちの方がびっくりしたわ」
まさか、夜這いと勘違いされるとは思わなかった。そもそも後宮には瑛よりも美人な妃嬪が多くいるので、自分がそう言う対象になると思われているとは思わなかった。
ではなく。
「このひと月で、五人も来たのよ。昨日も来たわ」
「ああ……よく無事だったねって、言うだけ無駄だね」
「そうね」
珀悠のその言葉は、瑛自身の戦闘力が高いせいもあるし、彼女の侍女・寧佳が暗器の扱いに長けた武人であるせいもある。
「でも、俺が一緒のときは襲われたことないよね?」
「そうね。だから、相手もあなたを廃そうとしているわけではないんでしょう」
狙いは、皇后夏侯氏だけ。そう言うことだ。
現在の燕旺国は複雑だ。大まかに分けると劉太師派、䔥宰相派、中立派に分けられる。だが、細かく分けるともっと複雑なのだ。
まず、劉太師派の中に、珀悠を認めない一派と認めている一派がある。ちなみに、劉太師自身は認めていない方だ。そして、瑛を認めている一派と認めていない一派がある。この分け方は、䔥宰相派にも共通する。ただ、䔥宰相派には珀悠否定派はいない。つまり、瑛否定派はいるのだ。
瑛が皇后になったのは䔥宰相による要請の為なので、彼女を否定する者たちは正確には䔥宰相派ではないのかもしれない。
とにかく、珀悠を皇帝と認めつつも、瑛が彼の隣にいることを認めない者たちが、彼女に刺客を差し向けている可能性があった。
「まあ、彼らの気持ちは分からなくもないけど、殺されるのはちょっといやね」
瑛とて、人並みに死に対する恐怖心がある。珀悠の隣に自分がふさわしくないと言うのは同意できなくもないが、自分を殺そうとする相手には妥協できない。
「……俺は、文姫にそばにいてほしいけど」
「あら。ありがとう」
瑛は珀悠の台詞を軽く受け流した。甘えさせてくれる存在が欲しいのだろうと思ったのだ。
しかし、政治的な面から考えても、瑛が皇后であるのは都合が良いはずだ。瑛は軍師を務められるほどの頭脳を持ち、身をわきまえられる人物だ。これでわきまえられない人物であれば、今頃彼女は政治に口出ししているだろう。
そう言った面から考えても、瑛を狙うのは建設的とは言えない。そもそも、暗殺は失敗しているのだし。これまでも口にするものに毒が入っていたことがあったが、全て見つけて避けていた。
もしかしたら、相手は瑛ではなく慧峻を認めていない可能性がある。先の皇帝の子である慧峻は、皇太子だ。珀悠は時が来れば彼に皇帝位を譲るつもりである。だが、それを良しとしない人物がいたとしたら?
珀悠の子を、皇帝にしようとしているのかもしれない。
正直、珀悠に害が及んでいないのなら、瑛は自分が狙われてもいいと思っている。しかし、こう頻繁に刺客がやってきては、おちおちと寝ていられない。それに、ここは珀悠の後宮だ。彼には説明しておく責任があると思い、瑛は彼に話すことに決めたのだ。
「俺が一緒なら襲われないんだよね。じゃあ、これから一緒に寝るようにする?」
「や、今でも月の半分は一緒に寝てるでしょ」
と言ってもただの添い寝である。少し前までは苦しいほどに瑛を抱きしめてくれやがった彼であるが、最近は手をつないで眠るだけなので瑛も安眠できている。
だが、少し物足りないような気もする瑛である。あれだけ寝苦しいと思っていたのに、いざされなくなるとさみしいものだな、と思う。
彼女は気づいていないが、珀悠が瑛を抱き枕にしなくなった理由は、彼が彼女への恋心を自覚したためである。むやみに抱きしめると、何をしてしまうかわからなかった、と言うことだ。
それはともかく、瑛に差し向けられる刺客に関してである。
「……うん。でも、そうだねぇ……」
珀悠がうなる。瑛は身を乗り出した。長椅子に手をつき、隣に座る珀悠を下から見上げた。
「何? 何か心当たりがある?」
後宮にいる瑛は、情報を仕入れるようにしていたが、それでも限界がある。対してこの国の政治の中心にいる珀悠なら、瑛も知らないことを知っている可能性がある。戦いにおいて、情報はとても大切だ。
珀悠が瑛に視線を落としたが、さっとそらされる。瑛は疑問符を浮かべながらも彼の言葉を待った。
「えっと、ね。実は、最近、変な動きがあって」
「うん」
「北方の一族の動きがおかしいと言うことで」
「なるほど」
燕旺国にはいくつか異民族がいるが、北方にもいる。その異民族の動きがおかしいのかと思えば、違った。
「白氏の動きがおかしくてね。一見謀反をたくらんでるみたいなんだけど、京師に攻めてくるわけでもないし、ただ、武器や食料を集めているから、何か戦いを起こそうとしているのだとは思うんだけど」
「……」
瑛は沈黙した。確かに、不思議な話だ。
武器を集めているのなら、戦争を起こそうとしている可能性が高い。しかし、戦争を起こすには敵がいる。敵は様々想定できるが、謀反をたくらんでいるようなのに京師に攻めてくる様子はないと。
「どうして謀反だと思ったの?」
「それは、白氏の周辺の領主に『皇帝を討て』的な決起文が送られているからで」
「でも、白氏が動かないから、領主たちも言っているだけだと判断し、何も行動していないと」
「うん、まあ、そういうこと」
瑛は仰いでいた扇を閉じ、その先を顎に当てた。眼を閉じ、少し考える。
「……確かに、不自然ね。謀反をたくらんでいることを隠そうともしない」
はっきり言って、白氏はそれほど権力のある家ではない。彼の家には、慧峻の異母姉、つまり、先帝の娘が預けられているはずだが、この国には女性に帝位の継承権はない。
女児が預けられていることを理由に謀反の決起文を書いたのだろうが、理由が弱すぎる。何しろ、珀悠が先帝唯一の男児である慧峻を養育しているのだ。正当性はこちらにある。
だとすれば。
「……おびき出そうとしている」
声が重なり、瑛と珀悠は互いに目を見合わせた。どうやら、珀悠も瑛と同じ結論に至ったようだ。珀悠は苦笑する。
「俺のことをおびき出そうとしているのかと思ったけど、どうやら狙いは文姫みたいだね」
京師でことを起こすには、危険が大きすぎる。なら、自分の陣地にまでおびき寄せてしまえばいい。わかりやすく謀反の計画を立てたのは、そのためだろう。
通常の謀反であれば、狙いは皇帝である。しかし、今回は皇后を狙っている。彼らはおそらく、珀悠のことは認めている。認めていないのは、瑛。
普通の皇后であれば、刺客に狙われればそのまま殺されてしまうことだろう。しかし、瑛は普通ではなかった。普通の方法では、殺せない。なら。
普通でない、方法を取ればいい。
瑛は軍師としての才能を認められている。珀悠は即位したばかりの皇帝で、京師を動くのは好ましくない。だとしたら、謀反の鎮圧に向かうのはだれか? 通常であれば、信頼できる腹心。将軍。だが、珀悠にはまだ絶対の味方が少ない。
そうなったとき、珀悠は瑛を動かすだろう。自分の妻であり、皇后であり、才能を認められた軍師に託すだろう。白氏はそう考えたのだろう。
たとえ虚言であっても、本当に武器を集めているのであれば、その動向を探る必要がある。必要とあれば、討伐する。瑛は適任だ。
「まあ、刺客を差し向けられるよりはわかりやすくて、やりやすいわね」
「……文姫」
珀悠が泣きそうな顔で瑛を呼んだ。瑛は目を細めて微笑む。
「なんて顔しているのよ。この国の皇帝が。大丈夫よ。まだ、私が行くと決まったわけではないし、そもそも、軍を動かす前にあなたがなんとかすればいいんでしょ」
「うん……うん。そうだね」
珀悠がその美貌に笑みを浮かべ、瑛はほっとする。彼女は、彼の為なら戦地に赴いてもいいと思っている。でも、珀悠は、きっと嫌がる。
そう言えば、瑛が異民族の討伐に行くとき、一番嫌がったのは彼だった。
本当に、優しい子だ。彼が皇帝なら、この国は悪いようにはならないだろう。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
このあたりで半分くらいでしょうか。もう最後の方まで出来上がってるんですけどね……。
昨日の活動報告にも書きましたが、のどをやられました。粉薬がほんとにつらいです……。




