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11、春の宴

はるのうたげ、ではなく、はるのえん、と読みます。まあ、どっちでも一緒ですが。












 目を見開いた珀悠を座らせ、瑛は代わりに立ち上がる。するりと上着を脱ぎ、重い髪飾りをいくつか取った。上着を脱いでも長い裳裾を引きずり、瑛は階段をゆっくりと降りる。


「剣を」


 手を差し出すと、ためらいがちに剣を差し出された。その剣を見て、「真剣を出せ」と瑛は命じる。その従僕は明らかに動揺した。


「皇后様……しかし」

「あちらも真剣なのだ。何の問題がある」


 そう言い、真剣を出させた。ちょっとは悪いと思っている。これでも。


 鞘から引き抜いた真剣を持ち、瑛は舞台上に上がった。仮面をつけた魔物の王と向かい合う。仮面には目の部分だけ穴が開いており、その目がまっすぐに自分を見つめているのがわかった。瑛はふっと微笑む。


「では、参る」


 瑛は強く床を蹴る。両手で持った剣を左下から振り上げる。魔物の王はその剣を受け止め、鍔迫り合いになる。力で押される。

 瑛は身をひねり、魔王の右隣に並び立つように体を移動させる。必然、鍔迫り合いになっていた瑛の剣が力を失い、行き場をなくした力に引きずられ、魔王がたたらを踏む。瑛は容赦なく真横から剣を叩き込んだ。


「ちっ」


 瑛は思わず舌打ちする。入ったと思ったのだが、後ろに跳び退って避けられた。瑛は手元の剣を一度回転させ、構えを取った。

 瑛の剣術の技量はかなりのものだ。武官としてやっていけるくらいの力量はある。しかし、それだけだ。普通より、やや上。それが、瑛が自分自身に下した評価である。


 相手はどうやら手練れだ。瑛には荷が重かったか。


 しかし、これは演目であり、殺し合いではない。あちらの方が腕が上なのだから、瑛が本気で殺しにかかってもあっさりと殺されることはないはず。

 そう判断し、瑛は本気で切りかかる。衣装は動きづらく、瑛が動くたびに袖や裳裾が宙に舞う。その布が剣に捕らえられ、斬り裂かれていく。しばらくたつと、瑛の衣装はかなり悲惨なことになっていた。

 一度、大きく深呼吸する。だいぶ息が乱れてきた。相手も負ける気はないらしく、決着がつかない。

 今度は、魔王の方から攻撃を仕掛けてくる。瑛はその動きを見て、すっと体を移動させた。紙一重で剣戟が避けられる。仮面の顔が瑛の顔を見た。そのまま、剣は無理やり軌道変更。予想していた瑛は、逆手に持った剣で、魔王の剣を受け止めた。


 もちろん、力比べになれば瑛が負けるに決まっている。だから、彼女は単純な力比べをするつもりはない。再び、身をひねって魔王の隣に立とうとする。

 だが、魔王も同じ手を食らわない。それも予想済みだ。


「残念!」


 瑛は身をひねりながら手首もひねり、魔王の剣を巻き上げるように取り上げた。予想外だったのか、魔王の手から剣が吹っ飛び、舞台上に音を立てて刺さった。

 おお、という歓声が上がる。その歓声と拍手の中で、瑛はほっと息をついていた。うまくいってよかった。魔王をだますために、本気で斬り殺すふりをしていたのだから。

 挑戦者はあくまで挑戦者であり、英雄ではない。場合によっては演目を知らない人間が選ばれるために、演目はそのまま英雄役の人間が続ける。

 挑戦者である瑛はそのまま舞台を下りる。英雄役が代わりに舞台上に上がった。瑛は真剣を従僕に返す。


「ありがとう」

「い、いえ」


 ためらいがちに彼は首を左右に振った。そのまま皇后の席に戻ろうかと思った瑛であるが、自分の恰好がかなり悲惨であることに気が付いた。座所へ上がる階段の前で膝をつく。


「恐れながら陛下。わたくしは退席させていただいてもよろしゅうございましょうか。少し、調子に乗りすぎてしまったようです」


 無言で瑛を見下ろしていた珀悠であるが、不意に立ち上がった。そばに控えていた後宮の女官長・彩凜が珀悠を止めようとするが、彼はそれを振り切って階段を下りてきた。瑛は、自分が注目されていることを自覚した。

 珀悠は瑛が置いていった上衣を彼女の肩にかけた。耳元に囁かれる。


「怪我はない?」

「大丈夫よ」


 少し頬をゆるませ、瑛はうなずいた。珀悠は微笑むと、立ち上がった。


「退席を許す。さすがの演武を見せてもらった」

「ありがたき幸せ」


 もう一度頭を下げ、瑛は会場から離脱する。一度振り返って見ると、珀悠は再び壇上に戻り、演目が再開されたようだった。いや、中断してしまって申し訳ない。

 瑛の付添は侍女の寧佳。そして、別の影が近づいてくる。


「瑛様」

「琅明か。お前、どう見る?」


 近づいてきたのは、やはり瑛と同じように退席してきたのだろう、高宝林、本名・琅明だ。どう見ても美少女にしか見えない少年は瑛の斜め後ろを歩きながら言った。


「後宮の妃嬪の仕業ではないと思います。おそらく、官吏の中の誰かだと……」

「もしかして、劉太師ですか?」


 小さな声で寧佳が言った。瑛は彼女の額を指ではじく。


「まだ会場が近い。不用意なことは言うな」

「申し訳ありません」


 寧佳は身をすくめて謝った。瑛はちらりと宴会会場の方を見る。盛り上がっているようだ。


「おそらく、珀悠の力を試したかったんだろうな。彼は経過はどうあれ、帝位を力で奪ったことになるのだから」


 珀悠の蜂起は突発的だった。そのため、当時京師にいなかった者は、珀悠がどのように異母兄に反旗を翻したのか知らない。いや、瑛も当時京師にいなかったが。


「瑛様。瑛様も大概ですよ」

「これは失敬」


 琅明に指摘され、瑛はおどけるように言った。

 後宮の入り口には警備の武官がいる。瑛が足を止めると、後をついてきていた二人も足を止めた。


「今、朝廷は真っ二つに割れている。劉太師派と、䔥宰相派。どちらも勢力が強いからね。どちらに付くか決めあぐねている者も多かろう」


 腕を組み、瑛は少し考えながら言葉をつむぐ。


「……おそらく、今回のことはどちらに付くかを決めるために、誰かが仕組んだんだ」


 珀悠が皇帝にふさわしいかどうか。それを見極めようと、演目の名を借りて誰かが珀悠に剣の試合を挑んだ。通常なら認められないが、演目なら、認められるかもしれない。おあつらえ向きに、役者は仮面をかぶっていて、素顔をさらさない。

 だが、瑛がしゃしゃり出たことで、彼らの計画に狂いが生じたことだろう。

 この計画を実行したものは知らないのだろうか。今、皇后と呼ばれている女性が、軍師と呼ばれるほどの才能を持つ女性であることを。

 彼らは気づかなかったのだろうか。剣の試合くらいで、珀悠の力量を計ることはできないと。


「……この件については、私が調査する。何か頼むかもしれないけど、その時はよろしくね」

「御意に」


 寧佳と琅明が声をそろえた。瑛はそのまま自分の居室に戻ろうとしたが、「待ってくださーい」と琅明に呼び止められる。


「何」


 間延びした声に眉をひそめつつ尋ねると、彼は「一応報告です」と語りだした。


「何人かの妃嬪が、瑛様の食事に毒を混ぜていたの、気が付きました?」

「ああ……そう言うのは慣れてるから、食べてないわ」

「さすがは瑛様。それと、才人さいじんが瑛様に恥をかかせようと似たような衣装を着ようと画策していましたが、阻止しておきました」

「呂才人、馬鹿ですね」


 寧佳が容赦なく言った。瑛もそう思ったので否定はできない。

 おそらく、珀悠の後宮に置いて最も容色に劣るのは瑛だ。それは彼女自身も自覚している。それでも、彼女は皇后だ。しかも、皇帝に信頼されている。

 十人しか妃嬪のいない後宮において、衣装がかぶると言うのは致命的だ。そして、もちろん、周囲がどう思っていようと最高位の女性である瑛の衣装が最優先だ。

 今日の彼女の衣装は深紅。模様や装飾品はお任せだが、それなりには似合っていると自負している。衣装の色でいさかいを起こしていた孫昭儀と劉昭容もさすがにわきまえているらしく、孫昭儀は橙の衣装を、劉昭容は鮮やかな青の衣装を着ていた。

 もしも、皇后夏侯氏と似たような衣装を着ていれば、通常、非難は下級の妃嬪に向かう。最高位の女性である皇后の意向が最優先なので、他の妃嬪が皇后と衣装がかぶらないようにするべきであるからだ。

 つまり、呂才人が取ろうとした策は自滅に近い。


「放っておけばよかったのに」


 と、瑛も大概容赦がない。そう言われて、波風が立たないように苦心して呂才人を説得した琅明は苦笑いを浮かべた。


「私で、対処可能でしたので。ま、呂才人が赤の衣装を着ていても、瑛様には迫力負けしてましたけどね、きっと」

「才人と皇后では天地の差だからね」


 さすがにそこまでの差はないが、皇后と才人ではかなりの身分差である。才人は二十七世婦であり、皇后は唯一絶対なのだ。才人は、階級としては宝林である琅明の一つ上になるか。


「そう言う意味じゃないですけどねー」


 琅明は笑って瑛を見ていた。琅明とさほど変わらない年の呂才人と瑛では、貫録の違いはあるだろうが、やはり外見では呂才人の方が美人であろう。


「外見の話になると、瑛様は卑屈ですから」

「本当ですよねー」


 寧佳と琅明があきらめたような口調でそんなことを言っている。瑛はピクリと眉を持ち上げたが、何も言わなかった。

 瑛は確かに絶世の美女ではない。しかし、顔立ちは整っているし、あまり癖のない正統派の顔立ちだ。そんな彼女がちゃんとした化粧をして、ちゃんと似合う衣装を着ればどうなるか。もちろん、迫力のある皇后に仕上がるに決まっている。

 自分の容姿にやや劣等感を抱いているらしい瑛は、そのことに気付かなかったのだ。


「とりあえず、乗り切れてよかったわ」


 瑛は珍しく重たいため息をついた。話が終わったので、また後宮の方へ歩を進める。それに続いて、寧佳と琅明も足を踏み出した。

 まだ、夏至祭は終わっていない。しかし、後のことは珀悠に任せてしまおう。彼も優秀だ。大丈夫だろう。そう思い、瑛は着替えて化粧を落とし、とっととねることにした。












ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


瑛は剣をつかえますが、そこまで強くはない設定。技術は高そうですが。

珀悠はヘタレ気味ですが、おそらく燕旺国で一番の剣の腕を持つのでしょう。たぶん。

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