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急報戦隊サイレンジャー ~呼ばれたら、行く。呼べないなら、見つけに行く~  作者: 智珠
第四巻

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第067話 覚えてます

> 【第七支部 覚知記録】

> 覚知 ── 七月二十七日 十七時四十分。

> 入電 ── 一般加入電話。発信地 ── 商店街 東端。

> 第一声 ──「覚えてます」

> 出場 ── 第七支部 全隊。


「覚えてます」


 尾花律子は用紙を引き寄せた。分まで書いて、秒は書かない。


 その一言だけが来て、その後が続かない。


「はい、鳴瀬市消防指令センターです」


「切らないでって、前に言われました。だから切りません」


「ありがとうございます。今おられる場所を教えてください」


「商店街の東の端です。乾物屋の二階。窓から、下が見えてます」


「お名前を教えてください」


「細田です。細田サチ。八十九になります」


 尾花は名前の欄へ書いた。書いてから、手を止めなかった。この名前を書くのは、二度目になる。


「細田さん。下で何が起きているか、教えてください」


「櫓が傾きました。祭りの櫓です。組んでる途中で、東の脚が二本、下がりました」


「下に人がいるか、教えてください」


「います。中に二人。上に一人。上の人は、今、下りてます」


「中の二人は、動いていますか」


「動いてません。声は出てます。名前を呼んだら、返してきました」


 尾花は右の欄へ、商店街東端、祭櫓 傾斜、要救助者二名、内部、と書いた。四つ並べてから、通報者 二階から視認、と足した。


「細田さん。窓は開いていますか」


「開いてます。閉めた方がいいですか」


「開けたままにしてください。そこから、下の方に声が届きます」


「届きます。さっきも届きました」


「では、下の人へ伝えてください。誰も櫓に上らないで、と」


「言います」


 尾花はそこで秒を書いた。書いてから、次を訊く順を変えた。


「細田さん。編み物は、今、膝の上にありますか」


「……ありますよ。どうして分かるんですか」


「隊が出ます。着くまで、そのまま持って待っていてください」


 尾花は枠を見た。八つのうち、光っているのは一つになる。


 二つ目が光ったのは、その十秒後だった。


*


 七月二十七日の三階は、窓を開けても風が入らなかった。夕方になっても、床が熱を持っている。


 武藤とうふ店は七時十分に置いていく。七月は五丁になる。武藤は数える時、一丁ずつ声に出す。一、二、三、と来て、四だけ「四つ」と言い、そこから五へ戻る。三年、誰も直していない。棚の上の紙は、まだ読めない。五か月目に入った。


 棚には椀が六つ並んでいる。一週間前から六つになった。誰も、そのことに触れない。


 六つ目は、割れた時の替えとして三年置いてあったものになる。割れないまま、使われている。棚には、まだもう一つ残っていた。


 寺尾剛は六つ目の椀を、端から二番目に置いた。置いてから、一度だけ位置を直す。


「まあ待て。並びは慣れる。慣れるまで、置く場所を変えん」


 二文で言って、寺尾は自分の分を一番端へ置いた。


 灰谷蒼汰は索を膝の上に広げて、端から端まで指で送っていた。三年、出る前に必ず一度やる。


「索は四本、乾いています。夏は乾くのが早いです」


 言ってから、四本目を出して、結び目を一度解いた。解いてから、また同じように結び直す。


 七尾ひかりは酸素の残りを見てから、七つ数えた。七つで戻る。数え終わってから、袋の中の副木の数を数え直した。


 逢坂澪は受信席の裏で、商店街の図を出していた。東端の七区画のところに、去年の書き込みと今年の書き込みが重なっている。


 久遠寺修司が掲示板の前に立っていた。未着累計の欄には、一と書いてある。三月の終わりから動いていない。


 火群迅は自販機の前にいた。一番下の段を押す。理由を言ったことがない。缶を取って、指の腹で口を一度拭いてから開ける。


 地下二層では、桐島奏が台の前に立っていた。


 台は腰の高さで、上に鉄の板が一枚載っている。板には何も書いていない。三年前、この場所で佐波悠が同じ台の前に立った。誰も、そのことを言わない。


 宮ヶ瀬佳代が、その横に立っている。


「回してください」


 奏は円盤に指を入れた。一を回す。指を戻す。もう一度、一を回す。


 三度目に、九へ入れた。指が、そこで止まった。


 回らないのではない。回せる。奏の指が動かなかった。


「もう一度、お願いします」


 奏はやり直した。一、一と来て、九のところで、また止まる。


 三度やって、三度とも同じ場所で止まった。


「すみません」


「謝ることではありません」


 宮ヶ瀬は円盤を覗き込んで、縁の刻みを指で数えた。数えてから、手を離す。


「直すところがありません」


 言ってから、宮ヶ瀬は台の上の鉄板を持ち上げて、下の抽斗へ戻した。戻す時に、板の裏が見える。


 板の裏には、細い傷が五本入っていた。三年前の傷になる。誰も消していない。


 傷は、蓋を跳ね上げる練習で付いたものになる。付けたのは、この台の前に立っていた別の人間だった。奏は、その傷を見ていない。宮ヶ瀬は見せなかった。


 梅木が地下三層から上がってきた。面を上げるのが速い。上げてから、奏の方を見た。


「回りませんでした」


「回りません」


 奏の返事は、敬語のまま短くなった。


 梅木は何も言わずに、面を下ろして溶接へ戻った。上げるのが速い分、下ろすのも速い。


 覚知の音が鳴った。


 澪が商店街の図を机へ広げた。広げてから、東端の七区画の線に指を置いた。


「商店街東端、七区画の広場。祭りの櫓が傾いています。要救助者二名、櫓の内側です」


「櫓は」


「高さ四メートル。丸太を組んで、番線で締めてあります。組み上がりの八分目で止まっています」


「脚は」


「四本。東の二本が沈みました。沈んだ場所が、春に埋めた点検蓋の上になります」


「埋めたのは」


「屋根の張り直しの時です。仮の埋め戻しで、本埋めは来年度でした」


 久遠寺は短い質問しかしない。三年、感想を言ったことがない。


「アンサー」


> ── はい。


「東端の点検蓋を」


> ── 三か所あります。春の張り直しで、二か所が仮の埋め戻しになりました。……本埋めの予定日は、まだ記録にありません。


「櫓の重さは」


> ── 分かりません。組み上がりの図面が、市にも商店街にも残っていません。毎年、口で伝えて組んでいます。


「毎年」


> ── 三十七年になります。図面の無い年が、三十七年続いています。


「倒れたことは」


> ── 記録にあるのは、三度です。……三度とも、怪我人が出ています。


 アンサーは、分からないことを分からないと言う。三年、そこだけは変わらない。


 尾花の席で、二本目が光ったままになっていた。取るまでに、二分十秒あった。


「はい、鳴瀬市消防指令センターです。……はい、同じ櫓ですね。隊が向かっています。近付かないでください」


 置いてから、保留の時間を用紙へ書いた。書いた数字に、線は引かない。


 澪が図の縁から指を離した。


「座標、出た」


*


 地下二層のポールを、迅が最初に下りた。二段飛ばしで踊り場を抜けて、下りきる前に走りはじめる。アンサーは一段ずつ下りる。三年、この対比が変わらない。


「発進」


 合図は整備班が出す。六人ではない。


 商店街東端に着いたのは、十七時四十九分になる。所要は九分だった。


 広場に、人が三十人ほど出ていた。祭りは八月一日で、この日は組む日になる。


 組む日は、毎年決まっている。祭りの五日前の夕方から始めて、その日のうちに八分目まで上げる。残りは前の日に上げる。三十七年、その割りを変えていない。


 櫓は東へ傾いていた。四メートルの高さが、上の方で一メートル近くずれている。ずれた分だけ、番線が締まって鳴っている。


 中に二人いた。丸太と丸太の間に体が入って、身動きが取れなくなっている。


 櫓は、倒れていない。倒れていないから、余計に動かせない。倒れる途中で止まっているものは、何処を触っても続きが起きる。


 上にいた一人は、下りている。下りてから、櫓に手を掛けたまま離さない。


「手を離してもらえますか。掴んでいると、こちらが動かせません」


 ひかりがそう言った。一度返してから、頼む型で続けた。


 男は手を離した。離してから、自分の掌を見た。番線の跡が二本、赤く残っている。掴んでいたのは、上から下りたあとの十分近くになる。


 二階の窓から、細田サチが見ていた。八十九になる。膝の上に、編みかけがある。


 電話は切っていない。八十九の指で、受話器を膝の上へ置いて持っている。耳から離しても聞こえることを、この人は知っていた。


 教えたのは、三年前の同じ席にいた人になる。


 迅が櫓の下へ入った。入ってから、東の脚の沈んだ場所を見た。


 地面が二十センチ下がっていて、下がった土の下に、仮の埋め戻しの砂が見えていた。


 奏が広場の南側から来た。来てから、櫓の外側で足を止める。


「中の方のお名前を伺います」


 言ってから、櫓の隙間へ顔を寄せた。


「お名前を教えていただけますか」


「中井です。中井 諒」


「中井 諒さん。もうお一人は」


「大原さん。大原さんは、返事してくれません」


 奏は棒を出した。棒の先が細くなって、そこで止まる。


「聴」


 一語だけ言って、隙間へ差し入れた。


 入れた先で、奏は目を閉じた。閉じてから、七つ数えるだけの間、動かなかった。


「息はあります。速いです」


 澪が広場の外からソナーを構えた。撃つ前に必ず人数を言う。


「二名。櫓の内側に二。地面の下は零。撃てる」


 撃った。低い音が土の中を通っていく。通った音が、埋め戻しの形を返してきた。


「砂が抜けています。深さ一メートル二十。下は空洞です」


 空洞は、去年の図には無い。春の張り直しの時に出来ている。


 仮の埋め戻しは、砂で入れる。砂は雨で流れる。流れた分だけ、下に隙間が出来る。三か月あれば、一メートルになる。


 寺尾がハンマーを担いで、櫓の西側へ回った。回ってから、足で三か所を踏む。


「まあ待て。西は締まってる。ここから受ける」


 二文で言って、寺尾は西の脚の外側に柱を三本打ち込んだ。三本の頭を東へ倒す。


「東へ倒れる分を、西で止める」


 打ち込んだ柱は、抜かない。街に一つ増える。


 番線が、そこで一本切れた。


「トリアージ」


 迅が左手首の蓋を跳ね上げた。ブレスが色を出す。


> 判定 ── 黒。要救助者、内部に確認できません。


「急報 ── 出場!」


> サイレン ── 起動。〈火群 迅〉。応答、確認。

> サイレン ── 起動。〈逢坂 澪〉〈灰谷 蒼汰〉〈寺尾 剛〉〈七尾 ひかり〉。応答、確認。


「急報 ── 通報!」


 奏がダイヤルに指を入れた。一を回す。指が戻る。もう一度、一を回す。


 三度目に、九へ入れた。


 回った。


> サイレン ── 着信。〈桐島 奏〉。応答、確認。


 増設は言わなかった。言わない回になる。言えば増える。言わなければ、一本使う。


> ── 回線、残り 二本。


 六人になって、街の側は一本減った。誰も、そのことを口に出さない。


 迅は右手を耳の高さへ上げた。掌を外へ向ける。五人が続けた。


 広場は広い。六人の手が、横に並んだ。


>  水を持ってく、火の現場 ─── サイレンレッド!

>  声を持ってく、知の現場 ─── サイレンブルー!

>  綱を持ってく、高の現場 ─── サイレンイエロー!

>  梁を持ってく、圧の現場 ─── サイレングリーン!

>  息を持ってく、生の現場 ─── サイレンピンク!

>  名を持っていく、影の現場 ─── サイレンゴールド!

>

>  特別災害対策機構、第七支部 ──

>  呼ばれたら、鳴らして、行く!

>  急報戦隊、サイレンジャー!


 六行が、屋根の無い七区画の上へ抜けた。抜けた先に、屋根が無い。声はそのまま空へ行った。行った先で返ってこない。返らない声を、三十人が下から聞いていた。


 禍体は、櫓の内側から立った。


 人の形をしていない。丸太と番線が、締まる向きへ動き続けて、動いたまま形になっている。締まるほど、内側が狭くなる。


 音は、番線が丸太を噛む音だった。一本ずつではなく、四十二本が同じ拍で鳴る。


 迅がギアの柄を回した。噛む音が、番線の音の下から出てくる。


「鉤!」


 引く形にした。引く先は禍体ではなく、締まっている番線の一本になる。引いて、緩める。


 緩めた分だけ、内側が広がる。広がった隙間へ、ひかりが入った。


「大原さん。私の声が聞こえたら、指を一本動かしてもらえますか」


 指が動いた。動いてから、目が開く。開いた先で、ひかりの顔を見た。


 蒼汰が索を櫓の上の横木へ投げた。投げてから、二重に取る。


「上、任せろ。丸太は十四本。上の三本だけ、締めが甘いです」


 張った索が、上の三本を押さえた。押さえた分だけ、上から先に崩れなくなる。


 奏は隙間の外にいた。棒を差し入れたまま、動かない。


「盾」


 一語だけ言って、先を広げた。広げた先で、緩んだ番線が跳ねてくるのを受ける。


 受けた音が、広場の石畳に当たって返った。


 中井が先に出て、次に大原が出た。二人とも、自分の足で歩いた。


 斬った回数と、助けた回数を数える。ひかりはこの日、番線を三本斬って、二人を出した。


 澪が二度目のソナーを構えた。


「零。櫓の内側に零。地面の下に零。撃てる」


 撃った。音が土の中を通って、空洞の縁で返ってきた。


「空洞が広がっています。西の脚の下まで来ました」


 西の脚が沈んで、寺尾の柱三本が、そこで受けた。受けた三本が、上から二十センチのところで曲がる。


 迅が櫓の芯へ入った。四本目の丸太が締まってくるところへ、体を入れた。


「サイレンアックス ── 急救斬ッ!」


 刃が、締まる向きを横から断った。断たれた先で、番線が丸太を噛めなくなる。


 丸太は、ただの丸太になって広場へ倒れた。倒れた先に、人はいない。


 蒼汰が索を解いて、手繰った。一本を巻き取りへ収める。収めてから、端を指で一度送る。


*


 中井諒と大原は、広場の北の縁に座らされていた。中井は二十四で、大原は四十八になる。


 二人とも、番線の跡が腕に残っている。ひかりが数えて、中井が四本、大原が七本だった。


 商店街の人が、丸太を一本ずつ広場の端へ運んでいる。三十七年、毎年組んできた人たちになる。図面は無い。


 運ぶ順番は決まっていた。太いものから先に、細いものを後にする。誰が決めたかは分からない。分からないまま、全員が同じ順で運んでいる。


 二階の窓から、細田サチが見ていた。電話は、まだ切っていない。


 奏が二階を見上げた。見上げてから、広場を横切って、乾物屋の階段の下まで来る。


「細田 サチさん」


 窓から、返事があった。


「はい」


「切っていただいて大丈夫です。ありがとうございました」


「切りますよ」


 言ってから、細田は切らなかった。持ったまま、膝の編みかけを見ている。


 三年前、同じことをした。その時も、切らなかった。切らなかった理由を、この人は今も同じように言う。切らないでと言われたから、になる。


 言った側は、この現場に出ていない。三年、一度も出ていない。


 商店街の北の角に、人が立っていた。


 七月の夕方で、日は落ちかけている。その人の手元に、紙を挟んだ板があった。


 立っているのは〈統計〉になる。板の紙を一枚めくった。


「祭りの準備で起きる事故は、市内で年に三件です」


 声はそう言った。めくった紙の下を、指で押さえる。


「三十七年で、百十件になります。うち、櫓が倒れた件は九件です」


 誰も言い返さなかった。


「九件のうち、図面のあった年は零件になります」


 言ってから、〈統計〉は板を閉じた。閉じてから、丸太を運んでいる人たちの列を見た。


 列は、二十人近くになっている。誰も図面を持っていない。


 持っていないまま、来年もまた組む。八月一日の祭りは、この日から数えて五日後になる。櫓が間に合うかどうかは、まだ誰も言っていない。


 〈統計〉は、そのうちの一人が落とした軍手を拾った。拾って、丸太の上へ置く。


 置いてから、北の角を曲がっていった。


 軍手を落とした人は、そのことに気付かない。気付かないまま、次の丸太を運びに戻った。


 広場の東で、地面が下がった。


 下がったのは、仮の埋め戻しの分になる。一メートル二十の空洞に、上の土が全部落ちている。


 落ちた土が、そこで立ち上がった。立ち上がった高さが、櫓より上へ行く。


*


 地下三層で宮ヶ瀬が盤を叩いた。


「広場には立てません。下が空洞です。北の空き地しか使えません」


「発進」


 合図は整備班が出す。


 サイレンファイヤーが北の空き地で立った。レスキューが右へ、クレーンが左へ、メディックが右の脚へ、ウイングが背へ回る。


 立つ時、四本の脚が同じ深さで沈んだ。沈んだ場所は、去年から空き地のままになっている。


> ── 回線、残り 一本。


 広場から、三十人が見上げていた。丸太を持ったままの人が半分いる。


 見上げているのは、広場の石畳と、乾物屋の二階の窓からになる。


 サイレンオーの左手は、握ったままだった。開かない。その握った左腕を、迅は七区画の骨組へ寝かせた。


 寝かせた腕が、屋根の無い七区画の上へ、一本渡った。


 春に張り直したのは、東の三区画だけになる。残りの四区画は、まだ骨組のままだった。


 土の柱は、寝かせた腕の外側から回り込もうとした。回り込む先には、乾物屋がある。


 右腕が動いた。開く方の掌が、柱の腹を横から押した。押した場所で、土が薄くなる。


 薄くなった中から、点検蓋が二枚出てきた。埋めたままの蓋になる。仮の砂が全部抜けて、蓋だけが浮いている。


「サイレンオー ── 全消斬ッ!」


 押し出した掌が、蓋を二枚とも横から抜いた。抜けた先で、柱が形を保てなくなる。


 土は、広場の東へ落ちた。落ちた土は、そこで動かなくなる。


 落ちる音のあと、丸太を持っていた人たちが、それを一斉に下ろした。下ろす音が、十五本分だけ続けて鳴る。


*


 地下三層で、梅木がメディックの右の脚の受けを見ていた。広場の石畳の縁で、外側が擦れている。


「擦っただけです。今日中に落とせます」


「落とせます。石畳の縁で擦らない脚は、まだ作れていません」


 宮ヶ瀬は工具を置いて、それ以上は足さなかった。


 須永が中継の表を畳んでいた。畳んでから、梅木に言った。


「あの人、現場では回りました」


「本人に言え」


「言いません」


 それで終わった。須永は表を棚の二段目へ入れた。


 三階の食堂で、寺尾が湯を沸かした。七月の椀は、五丁分になる。


 椀は六つ並んでいる。六つ目に汁を注ぐ時、寺尾は量を少しだけ多くした。多くした理由は言わない。


 新しく入った者の椀を多くするのは、三年前にもやっている。その時に多く注いだ相手が、今は自分の椀を一番端に置いている。


 地下二層では、奏が台の前に立っていた。


 台の上に鉄板は載っていない。宮ヶ瀬が抽斗へ戻したままになる。


 地下二層は油の匂いがする。三年前と同じ匂いで、この階だけ、季節が入ってこない。


 奏は円盤に指を入れた。一を回して、指を戻す。もう一度、一を回す。


 三度目に、九へ入れた。


 止まった。


 誰も見ていない。奏は、それを三度やってから、地下二層を出た。


 出る前に、台の高さを一度、掌で確かめた。腰の高さになる。三年前も、同じ高さだった。


 尾花律子は受信席に残った。用紙を綴じて、次の一枚を出す。この日の保留は、二分十秒になる。件数は二件だった。


 第一声の欄には、覚えてます、と書いてある。漢字のままにした。この人は、何を覚えているかを名指し出来ている。


 名前の欄には、細田サチ、と書いてある。二度目になる。一度目は、火の日だった。あの時も、切らなかった。


 六人は、この人に礼を言わない。


> 【第七支部 出場記録】

> 臨場 ── 十七時四十九分。所要 ── 九分。

> 保留 ── 二件。最長 ── 二分十秒。

> 未着 累計 ── 一。

> 損壊 ── 商店街東端 広場 舗装 一部 陥没。点検蓋 二枚 脱落。

>     祭櫓 丸太 十四本 解体。番線 四十二本 切断。七区画 骨組 一部 変形。

> 救助 ── 二名。搬送 ── 二名。避難 ── なし。

> 仮設 ── 支柱 三本 設置。撤去 ── 未定。

> 市内 仮の埋め戻しのまま本埋めの予定日が無い箇所 二十八か所 ── 記録なし。

> 本件、処理 ── 完了。

> ── 入電。

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