第一巻 扉と出場記録抄
鳴ったら出る 鳴らんでも出る
出たら誰かが 待っている
── 第七支部 一階の壁書き
助けて、と言っていい。
*
> 【第七支部 出場記録抄 第一号】
> 巻 ── 第一。
> 期間 ── 四月九日から、七月まで。
> 隊員 ── 五名。
> 回線 ── 八。
> 未着 累計 ── 零。
> 以下、記録を開く。
◆ この頁について
読まなくても本編は読めます。読み終わってから戻ってきてもかまいません。
先の巻の中身は載せていません。
◆ 今、この街で起きていること
災いが、作られている。火事も、崩落も、増水も、停電も。
作った側は、殺しに来ない。壊しに来るだけでもない。
災いの周りから、声だけを消していく。
火は見えている。人は叫んでいる。
それでも、指令センターに掛かってくる電話は一本しかない。
だから、呼べた人がいるかどうかで、全部が決まる。
◆ 言葉は、六つ覚えれば読めます
・覚知
災害を知った時刻になる。各話はここから始まる。
・出場/臨場/所要
出ることと、着くことと、その間の時間になる。
・回線
鳴瀬市消防指令センターの受信回線。八本しかない。
隊員が変身すると、その本数が減る。減った分だけ、市民が繋がらなくなる。
強くなることと、街が呼べなくなることが、同じ数字で動く。
・保留
回線が塞がって、待たせてしまった通報になる。締めに秒数まで印字する。
・未着
行けなかった件になる。累計が毎回印字される。
この巻では、ずっと零のままになる。
・トリアージ
倒す前に、腕輪が敵に色を出す。黒・赤・黄・緑の四つになる。
◆ 時代と、季節
今の日本。年号は出てこない。
携帯電話があり、団地の配管はいつまでも更新が終わらない。
敵が来なくても、街の設備は古くなっていく。
物語は四月から始まる。春。
季節は一年で一巡して、三年で終わる。冬が三度来る。
◆ 鳴瀬市
人口およそ七十万。海と川と山を一つずつ持つ地方中核市になる。
・旧市街 木造が詰まっている。路地の幅は一間半。車が入らない
・湾岸 物流倉庫と工場。夜も動いている
・丘の上 新興住宅地。坂が急で、救急車が上まで行けない道がある
・川沿い 遊水地と堤防。三日降ると水が出る
・山側 集落が点在する。携帯の繋がらない場所がある
・中央駅前 地下街が三層ある。人が多い
◆ 特別災害対策機構〈サイレン〉
消防にも警察にも自衛にも属さない、国の特務機関になる。全国に十二の支部がある。
災いの原因を捜査し、現場で救助する。それが仕事の全部になる。
鳴瀬市を受け持つのが第七支部。庁舎は六層ある。
・地下三層 車両庫。五機がここに伏せている。発進はスロープを自力で昇る
・地下二層 整備工場。壊れたものは全部ここへ来る
・一階 出場口。ポールが二本。壁に名乗りの口上が貼ってある
・二階 指令室〈ハウス〉。市内の地図と、回線の表示が八本
・三階 食堂と仮眠室と寮。隊員はここに住んでいる
・屋上 訓練塔
◆ 五人の隊員
・火群 迅 二十七歳 サイレンレッド 緋
突入。前は消防の特別高度救助隊にいた。
紺の作業着の上に反射帯。前腕の内側に新しい火傷の跡がある。焼いた場所が毎回変わる。
階段は二段飛ばし。扉の前で、手の甲を一度だけ当てて熱を見る。
三年、真空引きの音が鳴りきるのを待ったことが無い。
速すぎる。先に着いて、先に受けて、その分だけ先に傷を負う。
「行くぞ。先に着く」
・逢坂 澪 三十一歳 サイレンブルー 藍
捜査と分析。前は消防の指令センターにいた。
二階の席から降りてこない。飯を運んでもらう日が三年続いている。
考えている間は左手で右耳を塞ぐ。手を下ろした時には、もう答えが出ている。
候補を最後まで聞かない。聞き終える前に答える。
付箋に日付と場所と件数しか書かない。名前は書かない。
「座標、出た」
・灰谷 蒼汰 二十四歳 サイレンイエロー 山吹
高いところと狭いところ。山岳救助から来た。
最年少。索を三巻き持って歩く。雨の日は一巻き多い。
結んだあと、必ず一度だけ引く。結び目を親指で押す。
投げたものは必ず回収する。焦げても、千切れても、端だけは持って帰る。
索の太さを毎日測っている。二ミリ伸びたら言う。誰も訊いていない。
「上、任せろ」
・寺尾 剛 四十五歳 サイレングリーン 深緑
支保と重機。元は陸上自衛隊の施設科にいた。
最年長。人数分より一つ多く湯を出す。余った一つは自分が飲む。
支えている間は動けない。だから、いつも最後に出てくる。
打ち込んだ柱を抜かない。街に柱が増えていく。
自分の分を最後に置く。三年、順番が変わらない。
「まあ待て。俺が支える」
・七尾 ひかり(ななお ひかり) 二十九歳 サイレンピンク 桃
救命と搬送。救急救命士から来た。
現場では走らない。走って入ると、押している人の手が止まるからになる。
着くまでに息が上がる。整えるのに七つ数える。長さを三年変えていない。
斬った回数と、助けた回数を数えている。数えていることは言わない。
手帳を真ん中の頁で開いて、そこに線を足していく。何本目かは本人しか知らない。
「息、返すよ」
・サイレンゴールド
─
◆ 五人を呼ぶ声
・サイレンアンサー
第七支部の応答系になる。呼ばれ方はアンサー。
消火器ほどの円筒に、受話器の形の頭が乗っている。腕は無い。
ポールを滑れない。階段を一段ずつ降りる。いつも遅れて来る。
返事の前に、必ず一度だけ上を向く。
場所の候補は三つまで出す。座標は出さない。電話も取らない。
「わかりません」と言える。便利ではない。
◆ 支部の人々
・久遠寺 修司 五十六歳 第七支部長
地図の前に立って、出場の号令を出す。言い方を三年変えていない。
壁の紙に、今月の数字を自分の字で書く。
「第七支部 ── 出場!」
・宮ヶ瀬 佳代 三十八歳 整備班長
装備と機体を直す。新しい装備は、全部この人の手から出る。降ってこない。
徹夜の日数を盛る。三日目と言った次の日も三日目と言う。
毎回、作れなかったものを一つ言う。作れたものは言わない。
・戸倉 健 五十二歳 整備班・脚と走行系
音で診ない。掌を当てて、温度と震えだけで探す。当てる場所は機体ごとに決めてある。
直さない方がいい癖を、直さないまま残す。
・梅木 あかね(うめき あかね) 二十六歳 整備班・溶接と板金
面を上げるのが速い。上げた顔に煤が付いたまま次へ行く。
・佐波 悠 十九歳 整備班・見習い
工具を落とす。三年で回数が減っていく。数えているのは本人だけになる。
・尾花 律子 四十四歳 指令室・受信担当
電話を取る。姿より先に声が出る。
時刻を分まで書いて、秒は書かない。背後の音を三語だけ書く。
現場には一度も出ない。六人は、この人に礼を言わない。
「はい、鳴瀬市消防指令センターです」
・速水 二十二歳 通信員
地図を出す。先回りして、違う区の地図を出す。
・須永 三十五歳 通信中継
中継塔と回線の保守。塔に登る。
◆ 街の人
・武藤 徳三 六十八歳 旧市街のとうふ屋
毎朝同じ時刻に店を開け、同じ時刻に支部へ届けに来る。
豆腐を丁で数えない。「三十六だ。丁は言わん」
礼を言わない人になる。
◆ 変身
左手首の蓋を、右手で跳ね上げる。
開いた蓋が、受話器の形になる。
それを耳の高さまで持ち上げて、名前を通す。
「急報 ── 出場!」
> サイレン ── 起動。〈火群 迅〉。応答、確認。
反射帯の光が足元から頭へ走る。装甲が下から順に組み上がる。
最後に送話口の格子が、顎の下で閉じる。
変身は、電話が繋がる工程になっている。
だから、繋がらないことがある。応答が返らない日がある。
装甲に艶は無い。汚れの落ちない反射帯と、擦れて色の変わった膝当て。
新品の光りかたを一つもしていない。使われている物の顔をしている。
決めの型は一つだけ。
右手を耳の高さに上げて、掌を外へ向ける。受話器を取る形になる。
三歳でも出来る。道具も広さも要らない。
◆ 名乗り
五つの送話口が、同じ高さで止まる。背丈が違うので、高さは揃わない。
> 水を持ってく、火の現場 ─── サイレンレッド!
> 声を持ってく、知の現場 ─── サイレンブルー!
> 綱を持ってく、高の現場 ─── サイレンイエロー!
> 梁を持ってく、圧の現場 ─── サイレングリーン!
> 息を持ってく、生の現場 ─── サイレンピンク!
>
> 特別災害対策機構、第七支部 ──
> 呼ばれたら、鳴らして、行く!
> 急報戦隊、サイレンジャー!
五人とも、持っていく物を名乗る。強さは名乗らない。
締めに所属を言う。これが誇りになる。
一階の壁に貼ってある紙には、七行ある。
字が入っているのは、五行だけになる。
◆ 手に持つ道具
・サイレンブレス
左手首の腕輪。蓋を跳ね上げると受話器になる。
盤面にトリアージの灯と、回線の残り本数が出る。
三年、五人とも同じ物を使い続けている。
・サイレンギア
五人が同じ物を持つ共通武器になる。柄を半回転させると形が変わる。
筒先 流す
斧 割る
噛む音が毎回違う。乾いた日は短く、湿った日は長い。
・五人の武器
サイレンアックス(迅) 二丁の斧。普段は片手で一丁だけ振る
サイレンソナー(澪) 音波銃。壁越しに探す。撃つ前に必ず人数を言う
サイレンワイヤー(蒼汰) 射出索。射程が一番長い。投げたら必ず回収する
サイレンハンマー(寺尾) 支柱鎚。打ち込んだ場所が、そのまま柱として残る
サイレンナイフ(ひかり) 二刀。止血と切断が同じ動きになる
・サイレンライダー
個人のバイク。一号から五号まで番号が振ってある。
個人の必殺は、武器の名に「急救斬」を付ける。
「サイレンアックス ── 急救斬ッ!」
◆ 五つの機体
五つとも、戦うために作った機械ではない。
消防車と、救急車と、重機と、ヘリになる。合体する前に、まず消防車として働く。
・サイレンファイヤー 一号 緋 大型水槽付ポンプ車 胴と頭
・サイレンレスキュー 二号 黄 救助工作車 右腕
・サイレンクレーン 三号 深緑 クレーン付重機 左腕
・サイレンメディック 四号 桃 高規格救急車 右脚
・サイレンウイング 五号 藍 消防防災ヘリ 背と左脚
発進の合図は、隊員ではなく整備班が出す。
「三層、開放!」「一号から五号、出場!」
傷は持ち越す。回線は毎話ゼロに戻るが、機体の傷は戻らない。
◆ 合体と、必殺
連結は三号のクレーンから始まる。
アウトリガーを張って、四本目だけが半拍遅れる。三年、直していない癖になる。
その半拍の間に、残りの四機が入る。
「五機、連結!」
「特災合体 ── サイレンオー!」
全高四十メートル。装甲は被せていない。消防車がそのまま立っている。
胸に放水口がある。背にはローターが畳まれずに立ったままになる。
左の掌は開かない。三号が畳んだアウトリガーが、そのまま拳になっている。
誰も直さない。誰も、そのことに触れない。
必殺は「サイレンオー ── 全消斬」。
胸の放水口が全開になり、水が刃の形で出る。
斬るのではない。押し切って、災いそのものを消す。
ただし、トリアージが赤を出した回は撃てない。
中に人がいるからになる。その回は、開ける動作だけをする。
◆ 向こう側
・災厄機関〈サイレンス〉
災いを作る。そして、そこから出る声だけを消す。
殺しには来ない。声を消すだけになる。
・ダンマリ
黒い全身の戦闘員になる。顔に送話口が無い。
消える時も、何も言わない。
・禍体
その回の災いが形を取ったものになる。火、水、崩落、停電、煙。
人の形は取らない。倒しても、何も残らない。
・自力
幹部。素手で戦う。自分の怪我を、自分で手当てする。
・遠慮
幹部。傘を差している。顔は見えない。
「ご迷惑ですから」
・首魁
─
◆ この巻で起きること
春から夏へ、三か月分の当直になる。
初めて五機が噛み合い、四十メートルのものが立ち上がる。
街が八回続けて助かる。八回目だけ、返事が返ってこない。
未着 累計は、この巻の間、零のままになる。
> 以上、記録抄。
> 本編は、次の頁から始まる。
>
> なお、この頁は読み飛ばして差し支えありません。
> 必要なことは、その都度、こちらから申し上げます。




