表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
神楽坂探偵事務所はお嬢様の溜まり場です  作者: 牛一・冬星明


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
8/8

エピローグ

 十二月。神楽坂の翁庵は、相変わらず温かい蕎麦の匂いがしていた。


 店を覗くと、カウンターの隅で、駒は、天ぷらや卵焼き、かまぼこまで山盛りに乗った「特選かつそば」を、誰にも邪魔されずに食べていた。それも、一人で、心の底から満足そうな顔をしている。


 加藤清司の事件は、結局「迷宮入り」のまま、世間からは忘れられてゆくのだろう。横浜の人身売買組織の一斉摘発というニュースの方が大きく扱われ、軽井沢の事件への関心は、いつの間にか薄れていった。


 起訴されなかった以上、私は法律的には「無実」だ。けれど、一度「あの子」として顔と名前が広まってしまった以上、お嬢様としての私の人生は、もう、元には戻らない。学校に戻っても、ところどころで、ひそひそ話は続いている。


 別に、いい。


 むしろ、清々している。


「たのもう!」


 翁庵の引き戸を、思いきり開けて入ったら、駒が思いきりそばを吹きそうになっていた。


「お前、なんでここに……」


「求人広告、見たので」


「は? 出してねえよ、そんなもん」


「出ていました。年齢不詳、やる気のある人」


「だから、アルバイトは募集してないって」


「アルバイトじゃなくて、就職です」


「学校はどうするんだ」


「もう、辞めてきました」


 あの事件で、私は、自分が今までどれだけ狭い世界で生きていたかを知った。お嬢様学校の中だけが世界の全部だと思っていたけど、その外側には、もっとずっと広くて、ずっと複雑で、ずっと理不尽な世界がある。


 江梨子さんと弥生さんのこと。福富町で「商品」として見られたこと。駒の、めちゃくちゃで、でもどこか芯のある「ルール」のこと。


 その全部を、もっと知りたい。知った上で、自分にできることをやりたい。


「だから、雇って」


「年齢、未成年だろ」


 私は、鞄から一枚の書類を取り出して、駒の前にすっと置いた。母のサインが入った、承諾書と同意書だった。


「お母さんが、書いてくれた。『もう菜乃葉のことは諦めました。探偵さんのところなら』、だって」


 駒は、書類に目を通すと、深いため息をついた。


「俺、人手は欲しいんだけどな……」


「でしょ?」


「お前、めちゃくちゃ面倒くさそうなんだよな……」


「雇うって言うまで、ここ帰らないから」


 駒は、しばらく天井を見上げていた。それから、残っていたかつそばを、一気に飲み込む。


「……テスト期間、三ヶ月。それで使えなかったら、即クビ」


「やった!」


 私は、思わず立ち上がって、両手を上げた。店の他のお客さんが、ちらっとこちらを見る。


 神楽坂探偵事務所の新しい助手は、こうして、ひとりの「元お嬢様」に決まった。


 まだ、私の前途は、まったく見えていない。


 お嬢様という肩書きが約束していたはずの未来を、私は全部、失った。


 でも、駒──探偵さんの目には、私の知らない世界が映っている。


 私も、見たい。


 まだ知らない世界を。そして、そこから、新しい道を見つけるんだ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ