九
長期間無断で休載してしまい、申し訳ありませんでした。
活動報告の方で載せました通り、詳しい事情を語ることはいたしませんが、完結まであと少し、お付き合いいただければ幸いです。
なおこの先しばらくは不定期更新となります。すみませんがよろしくお願いします。
「燥耶。私、燥耶のことが大好き。これまでも、これからも。ずっといつまでも」
言葉が燥耶の中に染み込むまでに、しばらくの時間を要したようだった。少し口を開き、呆気にとられた表情を浮かべる。といっても、それは沙枝でないと分からない程度の小さな違いだったが。沙枝と燥耶の間では時が止まっていたが、この場にいるもう一人、夜継にとっては違うようだった。
「ははははは!!」
高らかに笑う声が広いその場所にこだまする。
「下らない。どこまでも下らないな! お前たちの中では感動的なのかもしれんが、俺からすれば滑稽としか思えんぞ」
夜継はそう言うと、おもむろに自らの帯を解き、それを用いて沙枝の腕と足を縛る。座らされた状態で身動きが取れなくなってしまった。
一つ息を吐くと、夜継は燥耶の元へ歩み寄る。なんとか立っているといった状態の燥耶が力を振り絞って《炎花》を構えるも、それを全く意に介していない。
「燥耶。お前はすぐにあの世へ送ってやる。大丈夫だ。一瞬で済ませるから、なっ!」
言い放ちざまに夜継は剣をふりおろす。燥耶の手から《炎花》が一瞬にして弾かれ、燥耶にも沙枝にもすぐには手の届かない所へ行ってしまった。
「さて」
丸腰となった燥耶を、夜継は蹴り倒した。首根っこを足で押さえつける。
「ぐっ……」
「燥耶っ‼」
沙枝が思わずあげてしまった声も空しく響く。夜継は懐から短刀を取り出した。
沙枝は目を瞑ってしまいそうになるのを必死にこらえていた。最後まで目を離すつもりも、諦めるつもりもない。怖くとも、一生後悔しようとも、その全てを目に焼き付けるつもりだった。その必死に開く瞳は、耳にその声が届くよりも早く、燥耶の口が動いたことを見逃さなかった。
「さ、沙枝……」
夜継に足で踏まれ、苦しむ燥耶。その瞳にうかぶ感情は、沙枝には焦りのように感じられた。
「燥耶っ‼燥耶ぁっ‼」
名前を呼ぶのを止められない。まるで名前を呼んでいれば、燥耶をつなぎとめていられるかのように。
「ありがとう、沙枝」
呼吸が止まったような気がした。見間違えではない。こんな状況なのに、燥耶は確かに笑みを浮かべている。あの、沙枝の目の前からいなくなった時と同じ、燥耶の笑顔。急に喉が詰まり、声が出せなくなった。
「別れの挨拶は済んだか! じゃあ……」
「沙枝、俺もだ」
夜継の声を遮るように燥耶が発した言葉。まるでばらばらの文字のように聞こえて、意味が理解できない。
「えっ……?」
「俺もだよ。俺も、
沙枝のことが大好きだ」
あの日と同じ笑顔から、紡がれたその言葉。
沙枝の時は、また止まった。
今この瞬間、沙枝、燥耶、夜継のいるこの空間を目にした者がいたなら、さぞ驚いたことだろう。二人の若者から少し離れた場所にいる縛られた少女の身体から、蒼くゆらめく、陽炎のような何かが、徐々に大きく発せられていく様を目の当たりにしたであろうからだ。
《炎花の遣い手》、《流水の守り手》、並び立ちし時。
真の力、今、ここに。




