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ロジーナ弟子をとる  作者: 岸野果絵
初級魔術師編
60/100

ニコラス、現る

登場人物紹介(追加)


ニコラス・・・師範魔術師。クレメンスの親友。専門は幻惑魔法。

 ロジーナが帰宅すると、アリアが今にも泣きそうな顔をして飛びついてきた。

「お師匠様ぁ。変な人が……」

「変な人?」

アリアはコクコクうなずく。

「いるの?」

「台所に……」

アリアは不安そうに台所の方を見る。

ロジーナは静かにうなずくと、アリアを背にかばいながら、足音を忍ばせて台所へ向かった。


台所のドアは半分開いていた。

ロジーナは隙間から中をのぞく。

調子っぱずれな鼻歌が聞こえてきた。


ロジーナは静かにドアを開けた。

色あせたよれよれのローブに身を包んだ中年男性が戸棚の前にいる。

どうやらなにかを探しているようだ。


「ニコラス先生……」

ロジーナは顔をしかめた。

「お師匠様の知り合いなんですか?」

アリアがロジーナの顔を覗き込むようにして言った。

「私じゃない。クレメンスの知り合いよ。クレメンスの」

ロジーナは強く訂正した。

アリアは不思議そうな顔をする。


「みぃーつけた」

ニコラスは戸棚の中から羊羹を取り出し、満面の笑みを浮かべて振り向いた。

「やあ、ロジーナ先生。今日もべっぴんさんだねぇ」

ニコラスはご機嫌な様子で、茶器がのっているお盆の上に羊羹をおく。


「ん?」

ニコラスとアリアの目があった。

「ずいぶんかわいいがいるね」

ニコラスは鼻をヒクヒクさせる。

「弟子のアリアです」

ロジーナはひきつった笑みで紹介する。

アリアはペコリとお辞儀をした。


頭を下げたアリアの頭上から「クンクン」とにおいをかぐ音がする。

アリアは身を固くする。

「やっぱり、若い娘はいい匂いがするね」

ニコラスはそう言いながら、さらにアリアのにおいをかいでいる。

アリアはそのままの態勢で、目に涙を浮かべながら、ロジーナを見上げる。

ロジーナはひきつった笑顔のまま眺めているしかなかった。


しばらくすると、ニコラスは満足したのか、アリアから鼻を離した。

「んー、この香りは、あれだ。あれだよ。火だ」

アリアは驚いて顔を上げた。

「ピンポーン。大正解。うひゃひゃひゃひゃ」

ニコラスの珍妙な笑い声が台所に響きわたった。


「クレメンスは出かけてますので……」

ロジーナはおそるおそる言った。

出来れば今すぐ帰ってほしかった。


「うん。知ってる。待たせてもらうよ」

ニコラスはそう言うと、お盆を持ちすたすたと歩き出した。

「あ、それは私が……」

ロジーナは慌ててニコラスの後を追いかける。

「大丈夫。セルフサービスには慣れてるよ」

ニコラスはそのまま応接室に入ると、ソファーにどっかと座り、羊羹を手にした。


「オイラ、朝から何も食べてないんだ」

ニコラスは羊羹にかぶりつきながら言った。

「そうですか……」

ロジーナとアリアは遠巻きにニコラスの様子を眺めていた。

「ステーキが食べたいなぁ。かどの肉屋にいい肉が入荷してたよ。特撰肉。うん。それでいいよ」

ロジーナの眉間にしわがよる。

「800グラムでいいよ」

ニコラスは腕を組み、ふんぞり返りながら言った。

「そんなに食べるんですか?」

ロジーナはいぶかしげなまなざしを送る。

「あひゃひゃ。なかなか面白いこと言うね。食べるのは半分。あとは持って帰るんだよ」

「そ、そうですか……」

ひきつるロジーナの裾をアリアが引っ張った。

振り向くと、クレメンスとルーカスが応接室に入ってくるところだった、


「クレちゃんお帰り。邪魔してるよ」

ニコラスが片手を挙げた。

「元気そうだな。ニコ」

クレメンスはそう言いながらニコラスの真正面に座った。

「また強請たかりに来たのか」

強請たかるだなんて人聞の悪い。おねだりに来たんだよ」

ニコラスは心外だという顔をする。

「どっちも変わらないだろ……。私は引退した身だ。お前に恵んでやるほどの余裕はない」

「ウソウソ。恩給もらってるくせにぃ。それに、こないだ大がかりな仕事もしたよね?」

ニコラスはクレメンスをゆびさしながらニヤニヤする。

「お前もかなりの収入を得ているはずだ」

クレメンスは腕を組みながら目をすがめる。


ニコラスはクレメンスと並び称されるほどの実力の持ち主だ。

高額な依頼は降るようにあるはずだった。


ニコラスは口をとがらせておどけた顔をしてみせる。

クレメンスはため息をついた。

「また散財したのか」

ニコラスはニヤッとした。

「そうそう。それを見せに来たんだよ」

ニコラスは「ウヒヒ」と嬉しそうに懐からこぶし大の石を出すと、クレメンスに見せた。

「ほう。珍しいな」

クレメンスの瞳がキラリと光る。

「お。分かる?」

ニコラスの顔がパッと輝く。

「やっぱクレちゃんだよなぁ。うちのカミさん、全然わかってくんなくてねぇ……」

ニコラスはポツリと言った。


「ルーカス。お前も見てみなさい」

「はい」

入口付近にいたルーカスがすぐに近くに行って覗き込む。

「すごい。僕、ホンモノ見るの初めてです」

ルーカスは瞳を輝かせながら、石を見つめている。

きみ、将来有望だね。さすがはクレちゃんの弟子だ。クレちゃんに飽きたらオイラのトコにおいで。いつでもウエルカム」

ニコラスは満面の笑みを浮かべる。

「おいおい。どさくさに紛れて私の弟子を勧誘するな」

クレメンスが苦笑する。


「お師匠様。あの石……」

アリアがロジーナに尋ねる。

「さあ、知らないわ。分かんない方が幸せよ」

ロジーナは首を左右に小刻みにふりながら言った。


「ニコ。どうやって入手したのだ?」

クレメンスが興味深げに石を眺めながら問う。

「それが、語るも涙な苦労話があるんだよ」

ニコラスは嬉しそうに身をよじった後、不意にロジーナの方を見た。

「あ、そだ。ステーキよろしく。三軒先の店に高級そうなメロンがあったから、桐の箱にいれてもらってね」

ニコラスは片手を挙げ、ニッコリする。

ロジーナはあからさまに顔をしかめた。

「……。アリア。行くわよ」

ロジーナは低い声でそう言うと足早に応接室を後にした。


************


「んじゃ。クレちゃん、また遊びに来るねぇ」

高級肉と桐の箱に入った高級メロンを持ったニコラスは、満面の笑みを浮かべながら片手を挙げる。

「来なくていいわよ……」

ロジーナは目を逸らしながら小声でぼそりと言った。

「やだなぁ、照れちゃって。オイラに惚れちゃダメだよ。クレちゃんがやきもち焼くから」

ニコラスはロジーナに顔を近づけ「ウキャキャ」と奇声をあげる。

ロジーナはあからさまに不快な表情を浮かべた。

「ニコ」

クレメンスが低い声で言った。

「怒っちゃやーよ。あひゃひゃひゃ」

ニコラスはおどけた顔で肩をすくめると、珍妙な笑い声を残して姿を消した。



 後日、ニコラスの妻から丁寧なお礼状と心づくしの贈物が届いた。

「あの先生、奥さんはまともな人なのよね……」

ロジーナは届いた品を眺めながらポツリとつぶやいた。

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