師匠、頭を悩ませる
ロジーナが居間に行くと、アリアとコーネリアが仲良くおしゃべりに花を咲かせていた。
コーネリアがこの館に居候するようになってから、よく見かける光景だった。
「アリア。今何時だと思ってんの!! 早く寝なさい」
ロジーナは眦をつり上げて一喝した。
アリアは少しむくれた顔をしながらも、そそくさと居間から出て行った。
ロジーナは息を吐き、表情を緩めた。
「アリアちゃんてホントに可愛いわねぇ~」
コーネリアが、いつものおっとりした調子で言った。
ロジーナは苦笑しながらコーネリアの方をみる。
「あんな妹がほしい~」
コーネリアは、両の手を頬に当て、ニッコリと小首をかしげている。
ロジーナは口元に笑みを浮かべながら、コーネリアから視線を逸らした。
「そろそろ休むわね。お休みなさい」
ロジーナはそれだけ言うと、居間を後にした。
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ロジーナは髪を梳きながらため息をついた。
コーネリアが来てから、アリアは落ち着きがない。
ロジーナは、アリアはすぐに落ち着きを取り戻すだろうと思っていた。
しかし、一か月近く経った今でも落ち着きを取り戻す気配はない。
それどころか、ますます落ち着かなくなっている気がしてならなかった。
「コーネリアはいつまで居るつもりなのだ?」
腕を組んで窓際に立っているクレメンスが言った。
「年が明けたら落ち着き先を探すって、言っていたんだけど……」
ロジーナは鏡台の上に櫛を置いた。
もう一月も終わり近かった。
コーネリアは、この館にすっかり馴染んでいるようだった。
その後、コーネリアからは新しい住まいについての話題は一切なかった。
「そうか……」
クレメンスは窓の外を見ながらそう言うと、黙りこくってしまった。
ロジーナはなんとなく違和感をおぼえた。
「クレメンス。何か気になることでもあるの?」
クレメンスはロジーナの問いにはこたえず、窓の外を眺めたままだった。
しばらく沈黙が続いた。
「私の思い違いなら良いのだが……」
クレメンスは視線を落とした。
「ルーカスはコーネリアに好意を抱いている」
「え?」
ロジーナは驚きのあまり目を見開いた。
全くの予想外だった。
ロジーナは最近のルーカスの様子を思い出そうとした。
だが、ロジーナには訓練や勉強に打ち込むルーカスの姿しか思い浮かばなかった。
「全然気がつかなかった。私、アリアのことばかりで……」
ロジーナはうつむいた。
「だろうな」
クレメンスは「フッ」と嗤った。
「アリアも随分とコーネリアにご執心のようだからな」
クレメンスの言葉に、ロジーナはため息をついた。
「ルーカスはもういい大人だ。自分の感情を抑え込むことぐらいできるであろう。だが……」
クレメンスは視線を窓の外に移した。
ロジーナは、ふとコーネリアの顔を思い浮かべた。
コーネリアはルーカスのことが嫌いではないし、気にかけている。
だがそれは、恋愛感情とは少し違う、慈しみのようなものに思える。
第一、コーネリアはつい最近縁談を断ったばかりなのだ。
もしルーカスがコーネリアに恋をしているのならば、たぶん、現時点では完全な片思いだ。
思いを寄せる相手と同じ屋根の下で暮らす。
それがどんなに辛く、心を乱すことかは、ロジーナには痛いほどわかる。
理性では制御しきれないのが恋だ。
ルーカスにとって、今は一番大事な時期だ。
上級魔術師試験が、すぐ目の前に迫ってきている。
一番集中しなければならないこの時期に、心を乱すようなことは、極力避けてやりたい。
ロジーナがクレメンスの立場だったならば、当然そう思うはずだ。
それに、アリアの件もあった。
「そうね。コーネリアにそれとなく促してみるわ」
ロジーナは顔を上げて言った。
クレメンスはロジーナの方を見ると、「頼む」というように頷いた。
「ねぇ、クレメンス。あなたは私の気持ちに気づいていた? あの頃……。私があなたの元で修行していた頃」
ロジーナはじっとクレメンスを見つめながら尋ねた。
知りたかった。
アリアの師匠となった今だからこそ、知りたかった。
アリアを指導するようになってから、ロジーナは師匠というものがどういうものか、おぼろげながらもわかってきた気がする。
指導するということは、とても難しい。
弟子のことを冷静に観察し、弟子の状況をしっかり把握しなければならない。
師匠が見誤ってしまったら、最悪の場合、弟子の将来を潰してしまうかもしれないのだ。
常に弟子の状態に気を配っていなければならない。
技術面はもちろん、心身の状態も大切だ。
弟子自身も気がつかないような些細なことにも、気づいてやらなければならない。
「難しい質問だな」
クレメンスはロジーナの方をみてそう言うと、何かを考えるように、少しうつむいた。
「気がついていたと言えば嘘になる。気がついていなかったと言っても嘘になる」
クレメンスの言葉にロジーナは首をかしげた。
それは全然答えになってない、とロジーナは思った。
まるで謎かけのようだ。
「そうだな。お前が私に寄せている好意は、師に対する憧れ――敬愛の情だと認識していた」
クレメンスはロジーナの顔をじっと見つめながら言った。
ロジーナはふっと視線を落とした。
クレメンスの言うとおりだった。
あの頃の気持ちは憧れという表現が似つかわしい。
「やっぱり敵わないわ」
ロジーナはため息をついた。
「それはどうかな。本当にそれだけだったのか?」
クレメンスはロジーナを真っ直ぐ見つめて言った。
ロジーナはもう一度、あの頃のことを思い出してみた。
確かに、それだけだったのか、と問われれば、そうではない。
憧れや尊敬だけではない感情があった。
憧れや尊敬の中に埋もれてはいたが、仄かに淡い想いがあった。
「あの頃の私はまだまだ未熟だった。自分の感情をもてあまし、余裕を失っていた。今思えば見落としていたことも多い」
クレメンスは視線を落としてそう言った。
ロジーナは驚いて顔を上げた。
「全然そんな風には見えなかったけど……」
「当然だ。弟子に心の乱れを気取られるような私ではない」
クレメンスは冷ややかな目でロジーナを見た。
ロジーナは思わず肩をすくめた。
クレメンスは「フッ」と鼻をならした。
「私はプライドの塊のようなものだったからな。だが、師匠とは大なり小なりそういうものだ。そうは思わないか?」
「そうね……。確かに、私もアリアの前では、ちょっとカッコつけてるわ」
ロジーナは自嘲するように笑った。
「だろ?」
二人は顔を見合わせクスクスと笑った。




