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ロジーナ弟子をとる  作者: 岸野果絵
初級魔術師編
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師匠、頭を悩ませる

 ロジーナが居間に行くと、アリアとコーネリアが仲良くおしゃべりに花を咲かせていた。

コーネリアがこの館に居候するようになってから、よく見かける光景だった。


「アリア。今何時だと思ってんの!! 早く寝なさい」

ロジーナはまなじりをつり上げて一喝した。

アリアは少しむくれた顔をしながらも、そそくさと居間から出て行った。

ロジーナは息を吐き、表情を緩めた。


「アリアちゃんてホントに可愛いわねぇ~」

コーネリアが、いつものおっとりした調子で言った。

ロジーナは苦笑しながらコーネリアの方をみる。

「あんな妹がほしい~」

コーネリアは、両の手を頬に当て、ニッコリと小首をかしげている。

ロジーナは口元に笑みを浮かべながら、コーネリアから視線をらした。

「そろそろ休むわね。お休みなさい」

ロジーナはそれだけ言うと、居間を後にした。


**********


 ロジーナは髪を梳きながらため息をついた。

コーネリアが来てから、アリアは落ち着きがない。

ロジーナは、アリアはすぐに落ち着きを取り戻すだろうと思っていた。

しかし、一か月近く経った今でも落ち着きを取り戻す気配はない。

それどころか、ますます落ち着かなくなっている気がしてならなかった。


「コーネリアはいつまで居るつもりなのだ?」

腕を組んで窓際に立っているクレメンスが言った。

「年が明けたら落ち着き先を探すって、言っていたんだけど……」

ロジーナは鏡台の上に櫛を置いた。


もう一月も終わり近かった。

コーネリアは、この館にすっかり馴染んでいるようだった。

その後、コーネリアからは新しい住まいについての話題は一切なかった。


「そうか……」

クレメンスは窓の外を見ながらそう言うと、黙りこくってしまった。


ロジーナはなんとなく違和感をおぼえた。

「クレメンス。何か気になることでもあるの?」

クレメンスはロジーナの問いにはこたえず、窓の外を眺めたままだった。


しばらく沈黙が続いた。


「私の思い違いなら良いのだが……」

クレメンスは視線を落とした。

「ルーカスはコーネリアに好意を抱いている」

「え?」

ロジーナは驚きのあまり目を見開いた。


全くの予想外だった。

ロジーナは最近のルーカスの様子を思い出そうとした。

だが、ロジーナには訓練や勉強に打ち込むルーカスの姿しか思い浮かばなかった。


「全然気がつかなかった。私、アリアのことばかりで……」

ロジーナはうつむいた。

「だろうな」

クレメンスは「フッ」と嗤った。

「アリアも随分とコーネリアにご執心のようだからな」

クレメンスの言葉に、ロジーナはため息をついた。

「ルーカスはもういい大人だ。自分の感情を抑え込むことぐらいできるであろう。だが……」

クレメンスは視線を窓の外に移した。


ロジーナは、ふとコーネリアの顔を思い浮かべた。

コーネリアはルーカスのことが嫌いではないし、気にかけている。

だがそれは、恋愛感情とは少し違う、慈しみのようなものに思える。

第一、コーネリアはつい最近縁談を断ったばかりなのだ。

もしルーカスがコーネリアに恋をしているのならば、たぶん、現時点では完全な片思いだ。


思いを寄せる相手と同じ屋根の下で暮らす。

それがどんなに辛く、心を乱すことかは、ロジーナには痛いほどわかる。

理性では制御しきれないのが恋だ。


ルーカスにとって、今は一番大事な時期だ。

上級魔術師試験が、すぐ目の前に迫ってきている。

一番集中しなければならないこの時期に、心を乱すようなことは、極力避けてやりたい。

ロジーナがクレメンスの立場だったならば、当然そう思うはずだ。

それに、アリアの件もあった。


「そうね。コーネリアにそれとなく促してみるわ」

ロジーナは顔を上げて言った。

クレメンスはロジーナの方を見ると、「頼む」というように頷いた。



「ねぇ、クレメンス。あなたは私の気持ちに気づいていた? あの頃……。私があなたの元で修行していた頃」

ロジーナはじっとクレメンスを見つめながら尋ねた。


知りたかった。

アリアの師匠となった今だからこそ、知りたかった。

アリアを指導するようになってから、ロジーナは師匠というものがどういうものか、おぼろげながらもわかってきた気がする。


指導するということは、とても難しい。

弟子のことを冷静に観察し、弟子の状況をしっかり把握しなければならない。

師匠が見誤ってしまったら、最悪の場合、弟子の将来を潰してしまうかもしれないのだ。

常に弟子の状態に気を配っていなければならない。

技術面はもちろん、心身の状態も大切だ。

弟子自身も気がつかないような些細なことにも、気づいてやらなければならない。


「難しい質問だな」

クレメンスはロジーナの方をみてそう言うと、何かを考えるように、少しうつむいた。


「気がついていたと言えば嘘になる。気がついていなかったと言っても嘘になる」

クレメンスの言葉にロジーナは首をかしげた。


それは全然答えになってない、とロジーナは思った。

まるで謎かけのようだ。


「そうだな。お前が私に寄せている好意は、師に対する憧れ――敬愛の情だと認識していた」

クレメンスはロジーナの顔をじっと見つめながら言った。

ロジーナはふっと視線を落とした。


クレメンスの言うとおりだった。

あの頃の気持ちは憧れという表現が似つかわしい。


「やっぱりかなわないわ」

ロジーナはため息をついた。

「それはどうかな。本当にそれだけだったのか?」

クレメンスはロジーナを真っ直ぐ見つめて言った。


ロジーナはもう一度、あの頃のことを思い出してみた。

確かに、それだけだったのか、と問われれば、そうではない。

憧れや尊敬だけではない感情があった。

憧れや尊敬の中に埋もれてはいたが、仄かに淡い想いがあった。


「あの頃の私はまだまだ未熟だった。自分の感情をもてあまし、余裕を失っていた。今思えば見落としていたことも多い」

クレメンスは視線を落としてそう言った。

ロジーナは驚いて顔を上げた。


「全然そんな風には見えなかったけど……」

「当然だ。弟子に心の乱れを気取られるような私ではない」

クレメンスは冷ややかな目でロジーナを見た。

ロジーナは思わず肩をすくめた。


クレメンスは「フッ」と鼻をならした。

「私はプライドの塊のようなものだったからな。だが、師匠とは大なり小なりそういうものだ。そうは思わないか?」

「そうね……。確かに、私もアリアの前では、ちょっとカッコつけてるわ」

ロジーナは自嘲するように笑った。

「だろ?」

二人は顔を見合わせクスクスと笑った。

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