アリア、驚く
一行は整備された道を外れ、笹が生い茂った中を進んでいた。
笹はアリアの腰ぐらいまであった。
その上、笹の露が冷たい。
アリアは、ロジーナが事前に防水をかけてくれていたことに感謝していた。
そうでなかったら、今頃は露でびしょびしょになっていたことだろう。
アリアは笹をかき分け、慎重に慎重に歩く。
すぐ横は急斜面になっている。
足元が見えないのは、とても不安だった。
みな、黙々と歩いていた。
シュルシュルサラサラという笹の音と熊除けの鈴の音だけが辺りに響いていた。
不意に前を歩くサムエルの身体が不自然に傾いた。
「あっ」
驚きで目を見開いたと同時に、アリアはリュックごと強く後ろに引っ張られた。
サムエルの姿が視界から消えた。
ズザザザザという大きな音が響く。
後ろによろけたアリアをクレメンスが支える。
クレメンスは軽く舌打ちをした。
アリアは何が起こったか分からずに呆然としていた。
「アリア、ここで待っていなさい。ルーカス殿、アリアを頼みます」
クレメンスは素早く術を完成させると、淡く光りながらサムエルの落ちていった方向に降りて行った。
「アリアさん、けがはありませんか?」
ルーカスがアリアの元にやってきて尋ねた。
アリアはフルフルと首を振った。
「サムエルさんは……」
アリアはやっとこの状況が呑み込めてきた。
サムエルは足を踏み外し、斜面を滑り落ちて行ったのだ。
アリアは怖くなって両手で口元を押さえた。
「今、クレメンス先生が降りて行かれましたから、大丈夫ですよ」
ルーカスはアリアの不安を和らげるように微笑んだ。
アリアは軽く頷くと、サムエルの消えて行った方向に視線を動かした。
「サムエルさん、大丈夫ですかぁ」
ルーカスが下に向かって叫ぶ。
「意識はある。命に別状はないようだ」
クレメンスの声が聞こえてきた。
アリアはホッと胸をなでおろした。
サムエルは途中の木の根元に引っかかっていた。
クレメンスはサムエルを適当な場所に移動した。
サムエルの服はビリビリに破れ、露出した肌には血がにじんでいた。
「頭は打ってませんか?」
「大丈夫です」
クレメンスはサムエルの腫れあがった脚を触診した。
「っぅ……」
サムエルは苦痛に顔を歪める。
「骨は大丈夫ですが、歩くことは無理ですね」
サムエルはうつむいたままだった。
「転移の術は使えますか?」
サムエルは首を左右に振る。
クレメンスはため息をつく。
「悪いが魔力を温存したいので、本部に移送させていただく」
そういうと術を完成させ、サムエルを魔術師協会本部へと移送した。
クレメンスがアリアたちの元への戻ってきた。
「サムエル殿は足を挫いていたので本部へ移送しました。一人欠員が出ましたが、彼の分は私がカバーしましょう」
「よろしくお願いします」
ルーカスは改めてお辞儀した。
クレメンスはうなずくとアリアの方をみた。
アリアは握った両手を口元にあて、視線をキョロキョロと動かしていた。
アリアは怖くなっていた。
足元もよく見えない、こんな状況では、いつ足を滑らせてしまうのかわからない。
サムエルのように、急斜面を転がり落ちていくかもしれない。
「大丈夫だ。お前が滑落するようなことはない」
アリアはクレメンスを怪訝そうで顔でみる。
「お前はきちんとした靴を履いている。多少足を滑らせたとしても、先ほどのように踏みとどまる事ができるはずだ。それに私もついている」
クレメンスはそう言ったが、アリアは眉間にシワを寄せうつむいた。
こわい。
運が悪ければ、死んでしまうかもしれない。
クレメンスはアリアの様子を見ながら、軽くため息をついた。
「アリア。私を誰だと思っているのだ。お前の師匠の師匠だぞ。ん?」
アリアははっとして顔をあげた。
「私がついている限り、何も案ずることはない」
クレメンスはそう言うと、アリアの頭を軽くポンポンとたたいた。




