サーナ、アリアの朝練に参加する
朝、ルーカスが集合場所に向かうと、既にクレメンスが到着していた。
「師匠、おはようございます」
ルーカスは小走りでクレメンスの傍に行き、その背中に向かって挨拶をした。何かを確認しているかのように山の方をみていたクレメンスは「うむ」と、振り向いた。
「ルーカス。グリンテル先生の一門は、ただの動物使いではない。我々人間がお互いに意思の疎通ができるのと同じように、動物と意思の疎通ができるという特殊能力をお持ちの方々だ」
「では、サーナさんも? 」
「おそらくな。森の中の彼らは水を得た魚のようだぞ」
クレメンスはニヤリと笑うと視線を館の方へ向けた。
「アリアちゃん。早く早くぅ」
「サーナちゃん待ってよ~」
サーナが飛び跳ねるようにこちらへとやってくる。対象的にアリアの足どりは重そうだ。
ルーカスはそんな二人の様子をみて、思わずクスリと笑った。
「念のためだ」
準備体操をおえると、クレメンスはサーナに熊よけの鈴を差し出した。サーナはコクリと肯き、鈴を受け取ると腰に下げた。
「では行くとするか。ルーカス、しんがりを頼む」
「はい」
クレメンスは満足そうに「うむ」と肯くと、山道へと入って行った。
サーナは嬉々として後に続く。
「サーナちゃん……」
アリアは仕方なさげにサーナの後をのろのろとついて行く。
ルーカスはサーナとアリアのテンションの差にクスクス笑いながら後に続いた。
四人はしばらくなだらかな道を黙々と走っていた。サーナとアリアの間がどんどん広がって行く。
クレメンスは傾斜が急になる手前で一旦止まった。すぐ後ろについて来ているサーナの息は全く上がっていない。
「サーナ殿。もう少しペースをあげるか? 」
クレメンスはサーナに尋ねた。
「いいんですか?」
サーナは少し驚いたようにクレメンス顔を見たが、クレメンスが「うむ」と頷くと、嬉しそうに瞳を輝かせた。
息をきらせたアリアが追いついた。アリアは大きく息を吸うようにして、呼吸を整えている。
「ルーカス、私たちは先に行く。アリアを頼む」
「承知いたしました」
クレメンスはルーカスの返事に「うむ」と頷くとサーナの方を向いた。
「では、サーナ殿、行こう」
そう言って、登り坂を走り出す。
「はいっ」
サーナは元気よく返事をすると、まるで飛び跳ねるかのような軽い足どりでクレメンスの後に続いた。
山道を進むと、やがて傾斜が緩やかになった。
周囲の木々の様子も変わってきた。
クレメンスは少し開けた場所で足を止め、振り向く。楽しそうなサーナと目があった。
「サーナ殿。鈴を」
クレメンスはそう言って手を差し出した。サーナは頷くと腰に下げていた熊よけの鈴をクレメンスに渡した。クレメンスは鈴を受け取ると、鈴の上部のネジを回し、音が出ないようにする。
「え、いいんですか? 」
サーナは驚いたように目を見開いた。
「音は必要ないだろ? 」
クレメンスはサーナの顔をチラリとみる。サーナは黙って肯いた。
「好きなように遊んでくるといい。ただし、何かあった時は必ず私を呼ぶこと」
クレメンスはそう言うと、音を消した熊よけの鈴をサーナに差し出した。
「はい」
サーナはニコッとしながら鈴を受け取ると、腰に下げ、森の中へと消えていった。
しばらくすると、ルーカスの姿が見えた。その後ろに、よたよたとほとんど歩いているアリアの姿が見える。
クレメンスはへろへろのアリアが登ってくる姿を「フフフ」と楽しく眺めていた。
毎朝走らされて慣れているとはいえ、今日のペースはいつもよりだいぶ早く、アリアがバテてしまうのも仕方がなかった。すぐに根をあげるアリアにしては頑張っている方だ。
「師匠。サーナさんは? 」
ルーカスはクレメンスの近くに着くと尋ねた。
クレメンスは教えるように無言で上を見上げる。
ルーカスはクレメンスの視線の先を見たが、サーナの姿は確認出来なかった。が、サーナの気配は感じていた。
やっと追いついたアリアは、よろよろしながら、無言で倒木へ腰かけた。吹き出す汗をタオルで拭い、懸命に息を整える。
「アリアちゃ~ん」
アリアの頭上からサーナの声がふってきた。アリアは反射的に空を仰ぐように上を向いた。
ズザッ
アリアの背後から音が聞こえた。
「アリアちゃんっっ」
反射的に振り向いたアリアにサーナが楽しそうに声をかける。アリアは「ひぇっ」と驚きの声をあげた。
「アリアちゃん? 」
サーナは驚きで顔を引きつらせたアリアをニコニコしながら覗きこむ。
「サーナちゃん、驚かさないでよ」
アリアの抗議に、サーナは不思議そうに首をかしげた。
「ねね、アリアちゃん。あっちに綺麗なお花が咲いてます」
サーナは目をキラキラさせながら、山の方を指さした。
「へー」
疲れ切っているせいか、アリアの反応は薄い。サーナは悲しそうにアリアの顔を覗きこんだ。
「サーナさん」
見かねたルーカスが声をかけた。
サーナは振り向く。
「これ、美味しいですよ」
ルーカスはポケットの中から、ドライフルーツの入った袋を取り出すとサーナに渡した。
「ありがとうございます」
サーナは満面の笑みを浮かべて袋を受け取ると、ひとつ取り出してアリアに差し出した。
「ありがとう」
アリアはドライフルーツを口に含むと、ニッコリと笑った。サーナは嬉しそうな顔をすると、自身も口に含んだ。
「さて、そろそろ行くか」
しばらくすると、クレメンスはそう言い、サーナに視線を移した。
「サーナ殿。もう少し遊んでくるか? 」
「いいんですか? 」
クレメンスは「うむ」と頷くと、今度はルーカスに視線を移す。
「私はもう少しサーナ殿付き合う。お前たちは先に戻って食事をするといい」
「はい」
ルーカスは返事をすると、「アリアさん、行きましょう」と、アリアを促した。よろよろと立ち上がったアリアの視界の隅に、サーナがまるでサルか何かのように木をするすると登っていく姿が映った。
アリアは無言でルーカスの後に続いた。