第二章 デスゲーム・オブ・ザ・デッド・2
前回より二ヶ月以上間隔が開いてしまったことをお詫びします。
今後は最低月一の更新は守っていきたいと思います…が、
公約を守れそうにない時はなるべく早めに報告したいと思います。
今回出来たてホヤホヤをそのままアップしているので誤字脱字多いかもしれません。
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その日の早朝に第一さくら寮を出発したまどかたちは、一時間ほどで寮から二キロほど離れた場所にある地区図書館に辿り着いていた。
ここは以前ドラッグストアで初めて高レベルのゾンビたちと遭遇して立て篭もった場所だ。その時から入り口のガラスドアは割られていたので、今も館内には霧が流入していて外と変わらないほどに視界が悪くなっていたが、館内をくまなく偵察してみても生存者やゾンビの気配は一切感じられず、まどかたちは入り口にバリケードを設置してしばしの休憩タイムを取ることにした。
しかし休憩タイムと言っても別に身体が疲れているからではない。サバーバンワールドまでの道程で予定している幾つかの休憩ポイントはすべて不動あざみが一度は訪れたことがある場所を設定してある。
つまりは彼女が――正確には彼女の精神体がテレポートできる場所である。そのうちの一つがこの地区図書館だったというだけだ。
まどかたちは各々が背負っているリュックサックから水筒を取り出して適当にお茶を飲みつつ、不動あざみの出現を待っていたが一向に彼女の姿が現れることはなかった。
「いまが朝の八時を少しまわったところ。ここに到着してからかれこれ三十分が過ぎようとしている。彼女には私たちの行動予定は伝えてあるから、もしかして向こうで何かあったのかも……?」
と、思いのほか思いつめた顔でまどかが呟くと、その横で姫がどんな球でもアクロバティックに華麗に受け止めてみせるベテランレシーバーのように反応してみせた。
「――何かあったのかもしれないし、でも単なる寝坊かもしれない!」
と、姫は腰に手を当ててもう片方の手は蝶々と戯れるようにすっと差し出して自身ありげに呟いてみせる。その言葉はまどかへの返答という訳でもなければ、誰かに話しかけたわけでもなく、言うなれば単なる反射のようであった。
しかしさすが外国の血が流れていて生まれつきのブロンドヘアを持ち、読者モデルとしてスカウトされたこともあるだけあって、彼女のそうしたオーバーアクションと無駄に自身に溢れた様は絵になる。いや、絵になりすぎていてもはや滑稽の域に突入している。
皆もそう思ったのか、一同は一瞬の沈黙のあとでぷっと吹き出すと大っぴらに笑い始めた。
「え!? いま私なにか変なこと言った!?」
「ううん。ありがと。姫ちゃんの言うとおりだね。私の悪い癖は放っておくとすぐネガティヴ思考になっちゃうところ。そう! 単なる寝坊かもしれないじゃない。いまここで深く考えたっていいことなんてなにもないって、たった一言で気付かせてくれた。ありがとう姫ちゃん!」
と、まどか。
「さすが姫先輩ですぅ。そこに痺れますぅ憧れますぅ!」
と、両手を合わせて感嘆する乙葉。
「ん? 乙葉ちゃん軽くバカにしてないそれ?」
「ああっ、私の純粋な心を軽く踏みにじる姫先輩眩しすぎですぅ!」
「うーん……」
と、姫が一人合点がいかない顔を浮かべていると、ふと椿と目が合った。椿はただ黙ったまま薄笑いを浮かべていて親指をぐいっと突き出して見せたので、姫は潰れたヒキガエルのような悲鳴を上げて顔を真っ赤にして髪を掻き毟った。
「ぎゃああああああ、私やっぱりなにかしたんだ!? 恥ずかしいよう、椿に薄笑いで褒められるほど死にたくて恥ずかしいことはないよう!」
と、姫が悶絶しているのを横目にまどかと椿と乙葉は何事もなかったように今後の予定を話し合うことにした。
「――とりあえず次の休憩ポイントは蛇乃目中学だったよね?」
と、まどか。サバーバンワールドまでの道程はすべて椿が計画してくれている。
「はい。到着は正午の予定です。本当ならば街の中心部でもある駅周辺を突き抜けていくほうが時間も距離も節約できますが、それはリスク回避のために諦めて駅から南へズレて蛇乃目中学を迂回していくことにしました。不動さんもこの中学には部活の試合で訪れたことがあるそうですから」
と言う椿の説明を聞いて、乙葉が素直な疑問を口にした。
「そこで不動さんと会えるといいですねえ。でももし会えなかったらどうするんですかぁ?」
「ゲームは昼からと夕方からの二時間ずつというのが彼女の説明。だから蛇乃目中学とその次の二つの休憩ポイントでは彼女がゲームに巻き込まれている時間帯の可能性があるので、最初から接触は期待していない」
と、椿が補足説明をする。そして更にまどかがこう付け加える。
「そう。休憩ポイントに彼女がテレポートできる場所を選んでいるのはあくまで緊急の連絡用のためなの。だからこそゲームが始まっていない筈のこの時間帯の休憩で彼女の無事を確認したかったけれど、そこはほら、もう寝坊していると思うことにするわ。彼女だって過酷な状況で疲れているだろうし、どちらにせよ今夜の宿泊ポイントへ辿り着けば彼女が無事かどうかはいやでもハッキリするんだから」
「そうですねぇ。私、不動さんが無事にみんなと一緒にさくら寮へ来ることが出来たらいっぱい料理を作ってあげたいですぅ!」
「そうだね。彼女もきっと喜ぶと思うよ。じゃあそろそろ出発しよう」
と、健気な最年少の健気で純粋な優しさにまどかと椿がほっこりとした満足げな顔で図書館を後にしようとするので、乙葉は山火事に遭遇した山リスのようにパニくった顔で、隅っこで頭を抱えて落ち込んだままでいた姫を呼びに戻った。
早朝に突発的に行われたデスゲームが終了して一時間が過ぎようとしていた。
あざみは従業員専用通路と売り場を繋ぐ重たい鉄の扉を少しだけ開けて、息を殺して売り場の様子を伺っていた。その姿はどことなく巣穴から身を乗り出して忙しく周囲を伺うミーアキャットのようでもあった。それも手負いで血まみれのミーアキャットだ。
そう、あざみの額にはOLに殴られたせいで長さ三センチほどの裂傷が出来ていて、更にその傷を中心に赤黒く腫れ上がっていた。しかも傷からの出血のせいで顔の半分と制服のブラウスの一部が赤く染まっているので余計に痛々しく見える。
出血自体はもう止まっていたし、痛みも当初と比べるとだいぶ治まっていた。いや、慣れたと言うべきか。
とにかくあざみは間一髪のところで少年たちの魔の手から従業員専用通路へ逃れることが出来て、そこでゲーム終了を告げるエルダーの行進曲「威風堂々」の館内放送がいつの間にか停止していたことに気付いて安堵のため息をついた。
そして静寂の中、階段の踊り場に横たわったまま、興奮で火照った肉体と火鉢を突き付けられているような額の痛みをリノリウムの冷たい床で鎮めていた。
その間も遠くから少年たちの声が微かに聞こえていた。
恐らく館内に現れた少女ゾンビたちを「処理」しているのだろう。
早く薬売り場へ行って傷の手当をしたかったが、その少年たちの声がしている間は売り場の方には行きたくなかった。
勿論彼らがこのデスゲームのルールとやらに愚直に従って、ゲーム以外の時間帯に手を出さないことは十分にわかっている。
それでもとにかく今は誰にも、少年たちにも、ほかの少女たちにも会いたくなくて、あざみは一人きりで泣いた。悔しさと怖さが胸の底からこみ上げてきて孤独に震えて泣いていた。
「みーちゃん、痛いよ、怖いよ、たすけて……」
自然と口に出ていたのは、今は行方が知れない親友の名前だった。
――鵜久森美奈。中等部からの親友であり、この霧の災害がこれほど深刻な状況になるとは思っていなかった二人は帰省をせずに、SNSで回ってきた期間限定の高収入アルバイトのメールを見て一緒にすることにした。
アルバイトの内容は、郊外のサバーバンワールドでの在庫整理だった。世界規模の霧により数日ほど営業を停止するのでその間だけモール内で在庫をチェックするだけで良いという。しかも面倒くさい面接は一切なしで、霧がこの街に到来する日に現地までやってきた者を先着順に採用するとのことだった。
さらに実働四時間程度で日給一万二千円の保障という条件に二人は飛び付いた。
しかし結果はご覧の有様だ。
最初は店内に大人の姿が一切見えないことに疑問を感じたりもしたが、少年たちは紳士的に対応してくれて、彼らの言う「霧の被害が想像以上に深刻なのでアルバイトは中止となり、このモールは自治体が指定する避難シェルターとして機能することになった」という説明を真に受けていた。
いや、今にして思えば、少年たちがしきりに薦めてくれた「モール内の全ての商品は好き勝手にしていいですよ」という甘い誘惑にまんまと唆されて、冷静な判断力を失ってしまっていたのだ。
そして少年たちはモールに集まってきた避難者たちの中から「救援活動」と称して若い女性だけを店内へと招き入れ、その他の人間たちにはボウガンを撃ったり、または火炎瓶やコンクリートブロックを投げつけて追い払っていた。
そんな外道な彼らの行動を見てもあざみの胸に去来した思いは疑問や憤りではなく、モール内に山のように積み上げられたキラキラ光るお宝に囲まれた、この豪華で甘美な夢のような暮らしが一体いつまで続くのだろうかという焦燥感だけだった。
新しく女の子が増える度に自分と親友の楽園が汚されて、領土が縮小していくような気分になってしまう。
これでもし女の子だけでなく外の避難者を全員招きいれたらどうなるのだろうか。
その先を考えると憂鬱になった。
だからあざみは少年たちの非人道的な行動を心の端っこで批難しながらも、もう一方では差し迫った状況のなかでは止むを得ない勇気ある選択と認めていた。
自分たちは選ばれた人間なんだと思っていた。
そしてそれから二週間後には自分の愚かさを噛み締めることになる。
そう、デスゲームの開始である。
しかもゲーム開始三日目の朝には、親友の美奈は「外に助けを求めに行きます」と書置きを残して姿を消してしまった。
以来、あざみはたった一人でゲームを生き抜いてきた。
ほかの少女たちと協力することは選択肢になかった。
自分の独占欲から彼女らに対して勝手に妙な敵対心を抱いたりもしていたので、今さら手を取り合おうなどと言うのは余りにも虫が良すぎる。
そんな風にあざみはひんやりと冷たいリノリウムの床に身体を預けて、このモールへ来てからのことを思い出していた。
そして散々泣いて泣き疲れた頃には少年たちの声は消えており、ようやくあざみは重たい体を引きずる様にして薬売り場を目指した。
「みーちゃん、早く帰ってきて。第一さくら寮の子たちも助けに来てくれるんだよ……」
今あざみの居るイースト館の壱階フロアの端っこに薬売り場はあった。
館内にある監視カメラをなるべく避けてそこを目指していると、通路が交差している地点でふと目の前に一人の少女が現れた。
少女は食品売り場の方から走ってきてそのまま東側へ抜けようとして、南へ伸びる通路を歩いてきたあざみの姿に気付いて驚いたように立ち止まる。
少女は胸に大きくスポーツブランドのブランド名がプリントされたスウェットパーカーに、黒いスキニーデニムというカジュアルな出で立ちをしていて、両手にはたくさんのペットボトル飲料や食品が詰め込まれた買い物カゴをぶら下げていた。
その少女の顔はフードに覆われていてよく見えない上に、あざみに気付いて顔を背けるようにして走り去っていこうとしたが、あざみには少しだけ見えた口元とその背格好だけで十分だった。
「み、みーちゃん……!? みーちゃんでしょ!? どうして? 戻って来てるなら早く顔を見せてくれればいいのに……!」
あざみは感極まった顔つきでパーカーの少女に駆け寄ると、背を向けたまま化石のように立ち尽くしているいる少女の前へと回り込んで顔を見上げた。目の前の少女は正真正銘の四年来の親友である鵜久森美奈その人だった。
「ひどいよぉ、みーちゃん突然黙っていなくなるんだもん。私どれだけ心配したことか……。でもみーちゃんの事だから絶対ここから無事に脱出できると信じてた。だってみーちゃん運動神経いいから。バトミントン部でも万年補欠の私なんかと違ってずっとレギュラーだったもんね。あんな奴らに捕まるはずないってわかってた。ねえ、みーちゃんにいち早く伝えたいことがあるの! 私ね、凄いんだよ。みーちゃんのことを探して街をいろいろと冒険してたの。そして第一さくら寮にもついに行けたんだ。それでね、もっと凄いのが、なんと第一寮には四人の寮生が生き残ってたんだよ。しかも女の子たちだけで、大人の力も借りずに生き延びていたの! それでね、本当に凄いのがここからで、その第一寮の子たちが私たちを助けるために今ここへ向かってくれているんだよ、どう!? すごいでしょみーちゃん!?」
「な、なに……寝ぼけたこと言ってんのよ……!」
「え……?」
「寝ぼけたこと言ってんじゃないの! 私を探して街を冒険した? 第一寮まで行った? どうやって!? 外にはゾンビがウジャウジャ居て大人も警察も歯が立たないの! なのにあざみみたいなどん臭い子が無事でいられるわけないでしょ! 私らみたいな無力な女はこのモールの中で生き延びるのだって精一杯なんだよ。適当なことばっか言ってないでもっと現実みなよバカ!」
「で、でも本当なんだもん。理由は話すと長くなるし、なかなか信じてもらえないかもしれないけど……。それにみーちゃんだってこうやって無事に戻ってこれたでしょ……」
その言葉を聞いて美奈は心底あきれたような顔を浮かべて深い深いため息をついた。
「ああ、ほんとあんたって奴はどうして……。いい? もう全部一から話すからしっかり聞いて。一つ、私はモールの外へは行ってない。ここから脱出することなんて不可能なの。一つ、じゃあなぜあんな手紙を書いたのか。それはあんたから離れるため。一つ、何故ならあんたはどん臭いから。一緒に行動していたらいつか私もあいつらに殺されてしまうと思ったから。一つ、何故そんな回りくどいことをしたのかは、これでもあんたを傷付けたくなかったから……。でも正直に言って、あざみがここまで生き延びているとは夢にも思わなかった……。私が居なくなったらあざみはすぐにあいつらに捕まって殺されると思ってた。でも今さらまたあんたと一緒に生活なんて出来ない。これが私の本心。ごめん。でも私はもっと生きたい。生き延びてここから脱出して、もう一度パパとママに会いたいから。だからあざみの面倒までは見れないよ……」
「そ、そうなんだ。やだな私、全然みーちゃんの気持ちに気がつかなかったよ……。私、そんなに足手まといだった……?」
「だってあざみ自身自分でどん臭いってよく言ってたじゃない……」
「そ、そうだね……」
半ば放心状態で美奈の話を聞いていたあざみは両手で髪をいじりながら俯いていた。もう美奈の顔を直視することは出来なかった。彼女がいま自分をどんな顔で見ているのか確認するのが怖くて、顔を上げることが出来なかった。
「わ、私のことは気にしなくていいから。みーちゃんがそう決めたのならば、私が反対する権利なんてないから……」
あざみは喉元に張り付いた言葉を搾り出すようにそれだけ告げると、美奈の横を通り抜けて薬局へと向かおうとした。すると背後の廊下から誰かが美奈の名前を呼ぶ声が聞こえてきた。
あざみはつい反射的に振り向いてその声の主を確認して、心臓が鋭い爪で抉られたような痛みを感じた。
そこに立っていたのは、つい先ほどあざみをラクロスのスティックで殴りつけて自分の身代わりとなって死ねと吐き捨てたOLだったからだ。
「美奈、帰りが遅いからなにかあったのかと思ったよ」
と、OL。
「すみません、ちょっと世間話してたものだから」
と、愛想笑いで答える美奈。そしてあざみの方を振り返ると声を一段落として、
「あの人由宇さん。私いま由宇さんたちのグループに世話になってるから。じゃあ……」
それだけ言うと、そそくさと立ち去ろうとした美奈をあざみは思わず呼び止めていた。
「なに?」
「あの人、今朝のゲームで……」
あざみは額に負ったケガの顛末を話そうとしたが、美奈越しに見えていた由宇が薄笑いを顔に貼り付けて氷のように冷たい視線で自分を見ていることに気付いて、それ以上言葉が出てこなかった。
無言のまま立ち尽くしているだけのあざみを見て、美奈はあきれたようにため息をつくと、「そのケガ早く消毒してきたほうがいいよ」と言い残して、由宇の元へと走り去って行く。
あざみは踵を返すと薬局へ向かって走った。
せめて二人の姿が見えなくなるまで涙よ流れないでと願いながら――