その5
翌日、私は今回の功績で蒸気鎧11機を撃墜した事で、勲章を授与された。
ついでに階級も少尉から中尉に上がり、出だしとしてはいい調子だと私は思う。
「流石は英雄の娘、父に名前負けしないほどの実力だ!」そう司令は自慢げな顔で言う、そう言うなら部隊を増やしてほしいわ……
「ええ、ですがこれは私の力だけでなく、キャリバーだから出来た事です」
私は正直にそう思っていた、キャリバーの操縦システムでなく、通常の蒸機鎧であれば私でもオートマチック砲で照準を合わせるのも一苦労だった上に、その隙に回避動作もしきれず撃墜されるのが普通、そのぐらいの機動力を彼らは持っていた。
「そうではあるがキャリバーを使えるのは君だけだ。初陣であれだけの戦果を上げ、首都にまで現れた彼らを撃退したのは君のお蔭だと胸を張っていい」
司令は胸を張って褒める。
「それもそうですね……ではこの勲章、受けとっておきます」
私は笑顔を作り、勲章を受け取り退出し、そうして勲章の授与式は終わる。
そうするとすぐにマスコミやら何やらが私を囲んだ。
「NYタイムズですが、貴方が軍の新兵器とのうわさがありますが……」
「貴方は実は死亡したジョン・ホリディ本人との噂がありますがコメントを!」
「えーと、えーと、とりあえず何かコメントを!」
様々な記者が私を囲んで……何を言えばいいのか訳がわからない、いや本当に何を言えばいいのか解らなかった。
「すみません、私の権限では細かい事は言えません。インタビューはバーナード司令にお願いします」
わからないなら答えなければいい、私は愛想笑いを浮かべ、ボディガードに守られながら記者の山を抜けた。
車に乗ると、部隊員のみんなは既に待機していた。
「NYを守った英雄の娘か、君はメディアの恰好の注目の的だな」
マッドナー博士が楽しげに私に言った。
「そうね……それで、飛空艇の追撃の結果は?」
「逃げられちゃったみたいですね、空戦能力はジパングやイングランドの飛空艇の方が優秀ですし」運転手の来夏が言う。
「はぁ……墜落した機体による被害は僅かで済んだ事だけが良かった、って事ね」
「そうじゃの、全く、あそこまでやられたというのに敵の懐もつかめんとは」
「それよりもこの活躍で、功績が認められて増員になればいいけど……」
私はつくづくそう思う、キャリバーでさえ、ビルの援護が無ければ危ない場面はあった。
陳情書は既に書いた、これで上手く行けば、何名かの増員はされる筈だと希望的な観測をした。
それから私は、軍の宣伝としてラジオ番組に出たり,雑誌のインタビューに出たりした。
戦闘のときの話や、自分が軍に入ると決意した話、自分の情報を機密に触れない程度にしゃべる日々。
そうして何日か過した夕ごろ、部隊の部屋で書類整理をしていたら司令は陳情書による返答が書かれた封筒を申し訳ないような顔で渡してきた。
開かなくてもその顔で分かり切っていたが、開いても当然絶望だった。
封筒をみて、手が震える、あまりにもナメきった上層部の対応であった。
要約すると以下のとおりである。
「君一人で一個中隊規模は相手できるし十分でしょ?兵員増やさないでもやってけるじゃない」
ずさんな返答、あまりに理不尽、無茶苦茶、ひどい、あんまりよ!
興奮した私はついテーブルに手紙を叩きつける。
「し、司令!いくらなんでも理不尽よこれ!」
目から涙が出る、涙が出るという機能があったことにいちいち驚いてはいられなかった。
「仕方が無いだろう?上はどうにも君を権力を得た事で暴走したジャンヌ・ダルクのようにしたくないのだから」
「ジャンヌはフランス人!私はイングランド系のアメリカ人よ!」
「どちらにしても戦績を上げすぎて、君に力を与えすぎるのを危惧しているのだよ」司令はため息をつく、私だってため息とやるせなさを感じるものよ……
書類を叩き付けた机から手を離すと、机はぽっきりと2つに割れた。
「……」
感情のあまり体のリミッターを解除してしまったと、割れた机を見てそう私は悟る……どうしよう、これ。
ついつい忘れがちだけど、機械の体って本気で動かすとこういうことが軽くできちゃうのが不便よね……
「……経費は私が払う、すぐに替えのテーブルを持ってくるとしよう」
そう私の内心を察すると司令は頭を下げ、部屋から出て行った。
一応テーブルに関しては問題はないみたいだけど……上の人間は私にアイドルでもやってもらいたいのかしら。
いろいろ考えてしまいたくなるけど、考えても毒にしかならないと考えた私はすぐに考えないようにした。
「……人員は来ないか、きついの」ビルは苦い顔で私に言う。
「そうね……」
「うーん……派閥争いもテロリストの台頭の原因、ですよねこれ」
来夏は特に顔色を変えずに言う。確かに、12機機体撃墜しても与えられるのは勲章だけ、という状況はそういうものを疑ってしまう。
「そうじゃの……」
「私のCIAの友達の話なんですけどね、海軍の方も特殊部隊を作るみたいで、陸軍の私たちに力をつけさせないように手を引いてるって話もあるんですよね」
「本当なの?」
「さぁ?ただ海軍は南北戦争の時陸軍ばかりが注目を浴びた鬱憤が溜まってるって話があるのと……あと次期主力蒸機鎧の件でガバメントと競い合った機体があって、そっちはつぶれたって話から相当圧力をかけてたって話ですよ」
「海軍の次期量産機ねぇ……」
「何でもコードネームはM1894、<ウェスト・オブ・ピースメーカー>の姉妹機である<レミントン・オブ・イエローボーイ>の改良型だったみたいです。だけどガバメントに比べ作りは堅実だけど、費用対効果でイエローボーイとさほど変わらない為潰れたんですよ」
「なるほど」
そんな事で私の部署まで巻き込まれるなんて……溜息を100回ついてそれでも足りない気分ね。
「M1894か、その噂なら本当だが、あれは堅実とは言うが、実際に私が見たのはかなりの新機軸を組み込んでいた機体だ」
そう博士は言う、そう言えばガバメントもキャリバーも、博士の開発チームでの製作品だったわよね。
「そうなんですか?」
来夏が少し驚く、彼女が言うCIA仲間の子も、一体どこまで信頼できるのかと疑ってしまうわ。
「ああ、例えば大口径の240mm砲を使用できるぐらいの腕部マニピュレーター強度を持つパーツに交換し、安定した砲撃を可能にした、そして装甲も120mm砲の直撃に耐えうる程に重装甲化し、半年前に鹵獲した逆卍党の機体から解析した空中浮遊機構を搭載しある程度の空中戦も可能にした代物だ」
「……それってかなり強くない?」
「いや、それが理論上は良かったが、食い合わせが相当悪かった、空中浮遊機構による加速は240mm砲を持った状態では重装甲のせいでガバメントの跳躍移動による速度よりも遅く、浮遊中の砲撃をすれば機体は転げ回る、そもそもジパング軍機が何故45mm砲しかないか解るかね?単純にそれ以上の武器を使えば機体が反動で転げるからだ。かと言って240mm砲を捨てても通常の稼働では重たい体を動かすのが精一杯、空中飛行を可能にしたと言えば聞こえはいいが、その不安定さも危惧され結果私達陸軍制作の機体が勝ったのだよ」
「なるほどね……」
一体何を考えてそんな代物を次期量産機のテストに出したのか、私は考えると頭が痛くなる……装甲を固めてアウトレンジから撃つつもり?でもそれならむしろ機動性を増した方がいいわよね……
「まぁ、今回の件でキャリバーも正式に量産が決定する流れになった訳だがな」
「……あれだけの複雑な内部機構の操作、可能になる手段はあるの?」
「ああ、非常にシンプルだが、武器名を叫ぶ事で起動する事にした」
音声起動……そう聞いて私は、大声でワイヤーダガーやスチームパイルの名前を叫ぶ軍隊を想像した……なんかうん、何か暑苦しいわこれ。
仮想敵はあのぎゃーぎゃ煩い逆卍党の人間と考える……うん、叫びあいだわこれ。
ちょっと想像したらおかしくなり、くすっと笑っちゃう。
「ふむ、隊長殿は何かおかしかったかね?」
「いえ、音声認識ってかなり戦場が騒がしくなりそうですねって思っただけです」
「ふぅむ……」
博士は良くわかってないみたいで首を傾げる、ただ、音声認識による武器の選択はかなり便利かもしれないと私は思った。
そんな時、部屋の扉がバタンと強く開かれた。
「た、大変です!」
扉を開けたのは連絡兵だった、一体何が大変だと言うの?
「ふむ、何じゃ?」
「逆卍党の大規模作戦を掴んだと言う情報です……とりあえず作戦会議室にまで来てください!」
連絡兵の声は震えていた、それはあの襲撃はまだ前座、威力偵察に過ぎなかったと言う事。
「解ったわ、急ぎましょう」
私はそう言い放つと椅子から立ち上がり、壊れた机を気にせず作戦室に向かった。




