その7
次の日私は司令に、軍に入るときちんと自分の意思を伝えた。
嫌なら何時でもやめていいと母と同じく言った、でも、私は大丈夫だと笑顔で返す。
そうして私の、訓練の日々が始まった。
朝は早く夜は遅く、朝に銃の訓練を行い昼から夜にかけ、戦術論を叩き込まれ続ける日々だった。
土日休暇なんて学校の日々が懐かしくなるぐらいのハイスケジュール、教官は厳しいし学校よりもきつい課題を吹っかけられることもしばしば。
当たり前って言えば当たり前、3ヶ月でお飾りだろうけど人の命を預けられるのだから。
一日の殆どを訓練と勉強で使いつくし、自由時間は合計1時間、睡眠時間は6時間。
唯一ある娯楽と言ったら食事中に聞くつまらない国営ニュースしか放映されないラジオ。
ラジオの音声では、連日連夜、南軍の残党による襲撃や、逆卍党によるテロのニュースが流れる。それが私の日々の訓練への義務感を強めるいいカンフル剤となった。
普通に陸軍に入隊した男性達は英雄の娘だと言う事で私に近づくが、私の体が人のものとは違うと見るや否や、気味悪がって近づこうとしなかった……最初のうちは。
段々と私の体を面白がってきて、ちょっとうっとおしいと思ったら今度は変なアイドル扱い。
私は勉強で忙しく、頭の痛くなる日々というのに彼らは鬼のような肉体特訓なのに合宿気分だ。
邪険にしても変に溝を深めるだけだと開き直った私は、たまに食堂でさまざまな話を聞く事にした。
彼らはいろんなところから来た、ジパングからの移民も、アフリカから来た黒人も居た。
ジパングから来た人は逆卍党についていろいろと話してくれた。
彼らはどうにも、ジパングの中でも際過激派であり、現状中国に牙を向けつつ膠着してる状況を欧米との癒着とし、彼らをすべて根絶やしにすべきと考える存在らしい。
ジパング国内でも手を焼いているが、軍事企業がバックについてるらしく尻尾が掴めない……尤も、その彼はジパングの対欧米思想に嫌気が差したみたいだったけど。
昼の休憩で陸軍の人間と様々な話をし、夜寝る前にラジオのニュースを聞いて寝る日常はあっという間に過ぎた。
正規の特殊部隊……コードネームは三角軍の隊長となった私は、司令に任命され、自分の部署……マッドナー博士の隣のラボに、こつこつと軍靴の足音を鳴らしながら向かっていく。
「ここが君の部署だ、キャロル少尉」
部署の前で司令が私に言い、そしてその直後に私はドアを開けた。
開けた先に居たのは、マッドナー博士と年老いた、白いひげのよぼよぼのおじいちゃん、そして私と同じぐらいの女の子だった。
「……えーと、司令」
私は司令に白い目を向ける、確かに最初聞いたとき、まだ人員集め中だと言っていた、でも博士と私以外なんかよくわからない寄せ集めなんて……あんまりすぎた。
「……これでも成績優秀な兵達を集めたつもりなのだが……」
「えーと、小隊ってもっと規模がでっかい予定だったわよね……歩兵は?」
「すまん、予算が降りなかった、君がボディアーマーでも着込んで機関銃を撃てば大抵の敵なら死ぬだろう?」
司令は申し訳なさそうな顔で言う。
まさか軍縮の影響がここまで来るなんてと私はつくづく思いながら、部屋に足を踏み入れ、彼らの前に立つ。
「あー、今のゴタゴタはまぁ、流しておいて……私の名前はキャロル・ホリディ少尉、本日よりこのアメリカ陸軍第333独立特殊蒸機鎧部隊、コードネームはデルタフォースの隊長となるわ、各自自己の名前と役職の紹介をお願い、まずはそうね……そこのおじいちゃんから」
とりあえず何とか、リーダーらしくかっこよく決まったのか不安な中、私は立ち上がった隊員達からおじいちゃんを指差し指名する。
「はっ、自分の名はジェームズ・ビル・ヒコック!階級は曹長!役職は小隊副官兼、隊長と同じ蒸機鎧乗りであります!」
おじいちゃん……もといビルさんは敬礼する。
蒸機鎧乗りって事は私と同じ役割よね……でも変な話よね、私も蒸機鎧乗りだというのに、訓練期間中は全く蒸機鎧に乗せてくれなかったというのも……
「彼はワイルド・ビルの異名で名を馳せた蒸機鎧乗りだ、老けはしたが優秀な男で、腕は確かだ」
そう司令は言う、ワイルド・ビル……開拓者時代の英雄的ガンマンとは聞いたけど、今でも強さが色褪せないというのなら、頼りになるにも程がある人ね。
事実上の指揮官は彼にある、ということなのかしら?
「では次、マッドナー博士自己紹介を」
「……譲二・マッドナー。階級は准尉、蒸機鎧の整備班長及び、各種装備の開発を担当する、以後よろしく」
そう博士は言うとすぐに座る……すごいマイペースだけど、多分一番頼りになる人のはず。
「じゃあ最後、私と同い年ぐらいの貴方、お願い」
そう言って私は最後に残った女の子を指差す。
女の子は黒いおかっぱ髪が可愛らしく、可憐な感じに見える。
「えーと……聖堂来夏と言います。階級は軍曹、蒸機鎧搬送用の輸送飛空艇の運転及び、各種情報収集担当です」
そう来夏はぺこりとお辞儀する、気が弱そうだけど諜報なんて大丈夫なのかしら……
「彼女は中央情報局(CIA)のエージェントとして働いていたのを引き抜いた。飛空艇以外にも各種車両や、歩兵の代わりも一応出来るだろう……君が全身鎧を着て暴れた方が強いだろうが」
中央情報局の人間と聞いて、胡散臭く感じる……本当にエージェントなの?
でも来夏さんは名前からして大独逸帝国、それもジパング移民の直径がアメリカに移民した形みたいだけど、ジパングや独逸系の人間って私達より若く見えるわね……実際には20以上いってるのかしら?
「さてと、それでは君達小隊のメンバーは全員揃った、と言う事だ……指示が来るまで各自基地に待機し、最低一日6時間の訓練を行う事、以上だ」
そう司令は言って去る。
後に残ったのは老人と身内と女の子2名という、何か特殊小隊というには頼りの無いビジュアルの面子だった。
とりあえず私は空いていた椅子に座る、皆も座る。
「うーむ来夏さん、独逸茶はないかの?」
そうポットからティーカップにお茶を入れようとしたけど、全く出てこない様子でビルは来夏に催促する。
「あ、ちょっと待ってくださいね」
そう来夏はビルから奥ポットを渡され水道台で洗い、緑色の茶葉をポットに入れ、奥のコンロに置いてあったヤカンからポットにお湯を入れ、何分か経過したらお湯をティーカップに入れた。
「うむ……やっぱり独逸茶じゃな、ジパング茶よりもこっちがいい」
そうビルは言う。私は何と言うか、この様子に脱力していた。
必死に訓練して決意してそして得た部隊がこんなのなのだ。
少しやる気を失う。
「あ、隊長もどうぞ」
そう言って来夏は私にもティーカップを置く。
緑色の液体がそこにはあった、独逸茶だ、紅茶ではなかった、何か藻を思わせるけど、ジェームズのおじいちゃんは普通においしそうに飲んでたから大丈夫だろう。
そう考え、私はお茶を飲む。
独特の苦さが、舌に伝わり──
「……ごほっ!ごほっ!」
むせる、緊張してていっきにお茶を飲んだからむせたのだ。
「ぶ、部隊長!?」
来夏が心配して私に近寄ってきて背中をさすると、少し楽になる。
「だ、大丈夫」
私は笑顔で返す。
「すみません、そういえば隊長は体が機械でしたよね」
申し訳なさそうな顔を来夏は浮かべる、でもストレートに機械だと言われるとやっぱり複雑な気分になるわ……
「……多分それとは関係ないと思うわ」
「そうなんですか?」
来夏はきょとんと、苦い顔になった私をじろじろと見ながら言う。
一応体にはいざというときパーツ交換が可能なため、手首や肩、肘や膝等の機械むき出しになった部分には分割線がありそこから体のパーツをはずせるようにはしている。
けど目だって人間と違うのなんてそのぐらいで、後は胸と背部の骨のあった部分に沿ってむき出しになっている金属パーツ、あと首の部分にコネクタがあるぐらいだけど……自分を再認識して、体は確かに凄いメカメカしいと、やっぱり感じてしまう。
「彼女の代謝は人間に近づけて作ってある、緊張して茶でも飲めばむせもする」
そう、博士がフォローを入れてくれる。
「凄いのですね……中央情報局時代からマッドナー博士の技術には注目していましたが、まさかこれほどなんて」
「だが義手にする場合蒸気動力をどこにつけるかという問題になる、そしてパンチカードで上手く精製されたアカシャ粒子に干渉して、利用者の拒絶反応を抑えるには問題が山積みだ」
「ふむむ……」
来夏は何か、ちょっとわからないのか唸る……私にも何がなんだかわからない情報だけど……
「隊長のように全身を機械化するのなら今度は移植の際脳の保持の問題がある訳であるし、大量生産品ならそこに更に義体の識別化と生産性を重視しなければいけない」
「……何ていうか、本格的な量産実用化に向け遠いのですね」
「そういう事だ」
「……ふぅむ、隊長殿、一体何言ってるのかわかるかの?」
ビルがお茶をすすりながら、来夏と博士のやり取りに私に聞いてくる。
「要するに義手の技術の向上はまだ時間がかかると言う事でしょ?」
大体わかる部分だけを要約する。
「なるほどのぅ……まぁ、それならワシが生きておるうちには向上はせんかもな」
そう言ったビルの目は、どこか遠くを見ているように感じた。
「さてと……全員集まった所で機体の格納庫に向かってほしいが、隊長、構わないかね?」
博士だ、そう言えば私もビルさんも蒸機鎧のパイロットだけど、隊の搬入機材の所のは聞いたこともない機体だった事を思い出す。
「そうね……資材は直接確認したいわ、そうしましょう」
私はすぐに決定する、このままグダグダしていても何もならない。現状の把握の後、然るべき今後の展望を話さなければならない。
私が立ち上がると、隊員達も立ち上がる、こうして私達は格納庫に向かった。
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