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長方形に象られたグレーのデスクには未処理の書類といつから置いてあるのか分からない業務資料、そしてお馴染みのパソコンが一機。

低い駆動音を唸らせながら出力されている今日の会議資料は昨日晩に自宅で清書したものだ。

あと少し勤労意欲が湧くようなデスク回りに出来ないものかと自問自答していた時期すら思い出せない志木祐司は雑然と置かれた書類の山に、出力されたばかりの熱を持った会議資料を乗せた。

始業まであと二十分ある、もう一仕事終わらせれば今日は十時前に帰宅できるかもしれない。

連日続く十二時越えの勤務時間に志木の体は悲鳴を上げていた。

今でも鮮明に覚えている。

以前にとった休日は四か月前の土曜日、プログラムがバグという欠陥を発生させるまでの四時間だ。朝起きた志木がのんびりとトーストをかじっているとけたたましく鳴り始めた携帯電話によって、久しぶりの土曜日は、ただのどこにでもあるような、休日出勤に色を変えていた。


パソコンの右下に表示されているデジタル時計は、始業まであと十分を切った事を告げている。

物思いにふけながらも仕事を進められるようになったのは、この激務のなかで身に付けた唯一の特技だろう。

デスクに置かれたコーヒーが湯気を無くし始めた時、聞きなれた、それでいて聞きたくもない上長の声が狭くもなく、広くもない、四十人のスタッフがいつの間にか着席をしたフロアに響く。


「おはよう、今日で開発工程も一区切りつけなければいけない。来週の仮稼働判定に盈虚の出そうなバグや修正事項はリストに追加し、今日の定例会議で報告するように」


ここで上長である三木伸治は、わざとらしくネクタイを正すと志木に声をかける。


「志木君、会議資料は出来ているのか」


毒づきたくなるような三木の声に、白々しい返事をした志木は二十分前に印刷された資料を届ける。


「遅くなり申し訳ございません、こちらが今日の資料になります」


数枚のプリントを受け取った三木は目を細めてそれを眺める。そしてきっとこういうのだ。志木の思考と一致した言葉がフロアに木霊する、と思っていた。


「ここは直したほうがいい、そしてこの文面も分かりづらいな」


三木の口から発せられた言葉はおよそ、志木だけではなくフロアの人間が驚くに値するものだったようで、スタッフを見渡した志木の目には目を丸くした同僚の表情が映り込む。いつの間にか粗方の添削を終わらせた三木から渡された資料を手に、デスクに戻った志木はそこで嗅ぎなれない匂いを覚えた。

そして、その理由につい先ほどまで気が付いていなかった自分に呆れた。


「よし、それじゃあこの煩雑とした時期に開発のアシスタントとして本日付で入社してくれたスタッフを紹介しよう」


三木の巨体の陰からすっと、現れた新人のスタッフはセミロングの髪を僅かに揺らしながら、清潔感のあるワンピーススカートの裾をそっと、直すと顔を上げた。

三木のつけた香水など、どこを吹く風といった表情だ。


それが、志木と。


「皆様、本日よりお世話になりますサカイナホと申します、どうぞ宜しくお願い致します」


左海菜穂との最初の出逢いだった。



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