第1話 可愛い年下騎士と甘い同棲生活
読者様からいただいたご意見を参考に、第四話から第七話までを加筆し、その他にも一部修正を行いました。
皆様のおかげで、作品をより良いものにすることができました。いつもありがとうございます!
王都の大通りから一本入った石畳の路地に、ミレーユとレオンが暮らす一軒家があった。レオンの実家であるリンドン伯爵家が所有する王都の小邸で、朝日が窓から差し込み、木製のテーブルに置かれた花瓶の白い小花を柔らかく照らしている。
「ミレーユ〜、お願いだからあと五分……。ううん、あと三分だけ抱きしめさせて……」
ベッドの中から伸びてきたしなやかな筋肉質の腕が、起きてこないレオンを起こそうとベッドの縁に腰掛けたミレーユの腰に巻きついた。
そして、その腕にぐっと強く引き寄せられると、ミレーユの小さな身体はベッドに倒されてしまう。騎士の鍛錬で鍛えられた逞しい胸元に背後から抱き込まれると、青年の高い体温と、大好きなシトラスの爽やかな香りがミレーユを包み込んだ。
レオンは柔らかな金髪をミレーユの首筋にすりすりと擦り寄せ、くすぐったさに、ミレーユの胸は甘くキュッと締め付けられる。
「ほら、起きなきゃダメよ、レオン。朝の訓練に遅刻しちゃうでしょ? 今日は第二騎士団との合同遠征前の、最後の大事な訓練だって言ってたじゃない」
「だって、ミレーユの匂いがないと動けないんだもん。……ん、朝のちゅーは?」
上目遣いでこちらを見上げてくるレオンの顔は、誰もが振り返るほどの美形だ。大型犬がしっぽを振って甘えてくるような愛くるしい瞳、少し垂れた眉、そして薄桃色の唇。王都の女性たちが見惚れてため息をつくのも無理はない。
二十歳のレオンは、リンドン伯爵家の三男という家柄に加え、卓越した剣の才能にも恵まれ、若くして王立第一騎士団の小隊長を務めている。
けれど、こうして二人で家にいるときの彼は、ミレーユだけにしか見せない無邪気で甘えん坊な年下の恋人そのものだった。
ミレーユは溜息を吐きつつもレオンに向き合うように体勢を変えると、愛おしさに負けて彼の額にそっと唇を落とした。
「はい、おしまい。ほら、起きて! 朝ご飯冷めちゃったら、せっかく焼いたパンが台無しだよ」
「うん! 起きる! わーい! ミレーユの焼き立てパン!」
パッと顔を輝かせたレオンは、さっきまでのグズグズが嘘のように素早くベッドから起き上がった。
ミレーユは二十二歳。平民の生まれで、自分の足で自立して生きるため、王都の大きな診療所で医師の助手として働き始めて四年になる。
身分差のある関係でもあるにも関わらず、自分たちのために、レオンの実家がこの小邸を提供してくれていることにも、ミレーユは感謝していた。リンドン伯爵家の皆は、身分の違う自分にも驚くほど自然に接してくれていた。
三男であるレオンが騎士団で活躍して自らの力で騎士爵を得て独立し、自分と正式に添い遂げてくれる——そんな未来を真っ直ぐに語ってくれる彼の言葉が、何より嬉しかった。
毎日、怪我人や病人の手当ての補佐や手伝いに追われ、慌ただしい日々を送っているが、一年前にレオンと暮らし始めてからは、帰る場所がある温かさを噛み締めていた。
テーブルにつき、ミレーユが作ったスープとパンを美味しそうに頬張るレオンを、ミレーユは温かい眼差しで見つめる。
「今日の診療所は混みそう?」
口元にスープの泡をつけたまま、レオンが尋ねてくる。
「ええ、最近は季節の変わり目だから熱を出す人が多くて。それに、騎士団の訓練中に怪我をした見習いさんたちも何人か来る予定よ」
「ふーん……ミレーユ、あんまり他の男の人に優しくしちゃダメだからね。僕、嫉妬しちゃうんだから」
むっと頬を膨らませるレオン。その仕草があまりにも可愛らしくて、ミレーユは思わずクスリと笑ってしまった。
「仕事だもの、みんなに平等に接するのは当たり前でしょう? そんなこと言ったら、レオンこそ騎士団で女性ファンがたくさんいるんじゃないの?」
その言葉を口にした瞬間、ミレーユの胸の奥がチクリと痛んだ。
レオンの顔が一瞬、ほんのわずかに強張ったのを、ミレーユは見逃さなかった。その一瞬の表情が、ここ最近胸につかえている違和感を思い出させた。
「僕? 僕にはミレーユしかいないよ! 街で声かけられても、みーんな適当に受け流してるもん」
レオンはすぐにいつもの愛くるしい笑みを浮かべ、ミレーユの手を両手で包み込むように握りしめた。その手は温かく、指先には剣ダコがあり、力強い。
(……本当に、適当に受け流しているのかしら)
先日、診療所の買い出しの帰りに大通りで見かけたレオンの姿が脳裏をよぎる。
豪奢な馬車から降り立つ貴族令嬢の手を取り、絵本の騎士様のような所作と、凛々しく眩しい微笑みでエスコートしていた彼の姿。
家で見せる甘えた顔とはまるで違う、高貴で遠い世界に生きる『伯爵家の三男坊レオン・リンドン』の麗しい姿だった。
あの時、令嬢を見る彼の瞳に甘さはなく、けれど周囲を魅了してしまっていた。
(私に見せる顔と、外で見せる顔……どちらも本当のレオンだけど)
身分の釣り合う可憐な令嬢の隣に立つ彼は、あまりにもお似合いで、絵になりすぎていたのだ。それが私の胸をざわつかせていた。
「ミレーユ、愛してるよ。世界で一番大好き!」
「……うん、私も愛してるわ」
ミレーユは微笑みを返したものの、胸のつかえは取れなかった。
(……気のせい、よね)
レオンは自分を愛してくれている。それは嘘ではないと感じる。毎日こうして『愛している』と言ってくれるし、休みの日はミレーユの買い物にどこまでも付き合って荷物を持ってくれる。熱を出した時は、不器用ながらにお粥を作って一晩中看病してくれた。
それなのに、ミレーユの心には、拭いきれない密かな悩みが影を落としていた。
どんなに『愛している』と囁かれても、自分は平民の医師の助手でしかない。
彼の『聖域』になれている喜びの反面、彼が貴族社会で見せる完璧な姿を知るたびに、『私が彼の足を引っ張っているのではないか』『いつか彼にふさわしい光の中へ帰っていくのではないか』という静かな恐怖が、胸の奥で波紋を広げていた。
日勤の朝は、一緒に家を出て、王都の大通りを歩く。第一騎士団へと向かうレオンとは途中の交差点で別れ、ミレーユは勤務先の診療所へと向かった。
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