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納期遅れで死んだ俺、異世界では魔力の詰まりが見えるらしい 〜最弱Eランクだけど、術式を読み替えて世界の流れを変えていく〜  作者: 好山 雪
第1章 月影の森で目覚める

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第49話 空欄を同意にするな

北環旧転送井から十五人を救い出したシュウたち。


けれど、零号倉庫と北環で仮登録された四十六人の情報は、黒環大循環に読み取られていました。


名前を消せば、また社会の外へ戻る。


名前を残せば、今度はその記録が人を縛る。


零時の受入を前に、シュウたちは二つしかないように見える選択肢へ、三つ目の道を作ろうとします。



「私の名前が、黒くなってる」


 ミナラがそう言った直後、膝から崩れ落ちた。


 北環旧転送井の入口。


 救出されたばかりの彼女が握っていた仮登録票に、黒い輪が浮かんでいる。


 先ほどまで青かった「ミナラ」の文字を、一画ずつ塗りつぶしていた。


「ミナラ!」


 セリア・グランツが身体を支える。


 ミナラの手首には、外したはずの作業環と同じ痣が戻り始めていた。


 連絡板の向こうから、リリア・フォルンの声が飛ぶ。


『北環だけではありません!』


 紙をめくる音。


『西環地下補助倉庫の三十一名も、仮登録票が黒く変色しています!』


「全員か?」


 ロッカが自分の票を見る。


 ロッカ・ベルン。


 戻したばかりの名前の端に、細い黒線が絡みついていた。


『全員です。名前で登録した方も、作業番号を選んだ方も』


 ミラ・フォルネが、イェルの手輪から外した金属札へ測定具を当てた。


 ――入力情報、蒼い流れ仮登録者、四十六名。


 ――第一環状槽、今夜零時、受入開始。


 その下に、新しい表示が増えている。


 ――受入同意、四十六件。


「同意?」


 俺は聞き返した。


「誰も同意してない」


 ロッカが吐き捨てる。


 ミラは表示を何度も確かめた。


「違う。『同意した』とは書いてない」


「でも、四十六件って」


「同意欄が四十六人分ある、って意味」


 測定具の先が、仮登録票の黒線を追う。


「中身は全部、空欄」


「空欄なのに、受入が動くんですか」


 ミラの顔が険しくなる。


「空欄だから、管理者へ一任したと処理されてる」


 俺の腹の奥が冷えた。


 答えていない。


 説明も受けていない。


 それなのに、拒否しなかったことにされる。


(前の世界でも、あったな)


 期限までに返事がなければ承認。


 異議がある者だけ申し出ろ。


 忙しくて読めなかった人も、仕組みを知らなかった人も、同じように同意へ数えられる。


「登録票を破る」


 ロッカが両手をかけた。


「待ってください!」


 俺が止める。


「待てるか! これがあるから、また連れていかれるんだろ!」


「破れば、名前も仕事も治療の記録も消えます」


「生きてりゃ、後で戻せる!」


 正しい。


 今は命を守る方が先だ。


 でも、黒環会はそれも計算している。


 危険だから、自分で名前を捨てる。


 追跡されたくないから、社会の外へ戻る。


 そうなれば、もう一度安い仕事と危険な寝床へ押し込める。


「名前は消しません」


 俺は言った。


「じゃあ、どうする!」


「空欄を、本人の答えで埋めます」


『シュウ様』


 連絡板の向こうで、リリアが息をのむ。


「一括で拒否を入れられますか」


『記録上は可能です』


「なら、四十六人全員を拒否に――」


「勝手に決めないで!」


 叫んだのは、ミナラだった。


 セリアに支えられながら、顔を上げている。


「私を守るためなら、私の答えを聞かなくていいの?」


 言葉が止まった。


「黒環会へ戻りたいんですか」


 俺が尋ねると、ミナラはすぐにうなずかなかった。


「分からない」


「分からない?」


「嫌な仕事をさせられた。荷物みたいに扱われた。でも、冬に食べ物をくれたのも黒環会だった」


 痣の浮いた手首を押さえる。


「地上の役所は、私は死んだことになってるって追い返した。黒環会は名前を聞かなかった。だから入れた」


 助けられた恩。


 利用された怒り。


 どちらか一つではない。


「それに、第一環状槽には会いたい人がいる」


 ミナラは続けた。


「だから、今ここで『拒否』とも言えない」


 リリアの声が小さくなる。


『申し訳ありません』


「何であんたが謝るの」


『私は、四十六名を守るためなら、一括拒否が正しいと思いました』


「守ろうとしたんでしょ」


『はい。ですが、また答えを先に決めるところでした』


 リリアは言い訳をしなかった。


『一人ずつ確認します』


 零時まで、時間はない。


 それでも、四十六人を一つの数字として処理しないと決めた。


 リリアらしい順番だった。


「リリアさん。答えは『承諾』と『拒否』の二つだけですか」


『現在の票には、その二つしかありません』


「なら、三つ目を作ります」


「保留?」


 セリアが聞く。


「はい。分からない人へ、今すぐ決めさせないための出口です」


 ミラが金属札を見る。


「第一環状槽の受入盤へ行く必要がある。こっちの票だけ変えても、向こうが二択なら弾かれる」


「場所は?」


 セルヴィス・アルカードが北環の古い配置図を開いた。


「旧王都中央配分所の地下です。ここから保守路を使えば、零時前に着ける」


「保守路の封印は?」


「白環の旧式です。私が開けます」


 セルヴィスの返答が、いつもより苦かった。


「ただし、見ていただきたいものがあります」


 彼は配置図の隅を指した。


 受入判定。


 空欄時、管理責任者一任。


 その規則の横には、黒環ではなく白い印が押されていた。


「これを作ったのは、白環ですか」


「大規模災害時、意識のない避難者を待たずに移送するための規則です」


「人命救助のためだった?」


「はい」


「黒環会は、それを労働者の転送へ使っている」


 セルヴィスは図面から目をそらさなかった。


「善意で作った近道が、本人の声を省く道になりました」


 黒環会だけが作った詰まりではない。


 白環が、急いで救うために省いた確認。


 その穴へ、黒い流れが入った。


「穴を塞ぎます」


 俺は言った。


「規則ごと壊すのですか」


「いいえ。意識のない人を救う道は残す。でも、話せる人の空欄を同意にはしない」


 セルヴィスが、わずかにうなずいた。


「私も行きます」


「当然です」


「少しは遠慮してください」


「作った側なので」


「……おっしゃる通りです」


     ◇


 王都地下第一環状槽へ続く保守路は、人二人が並べないほど狭かった。


 先頭はジノ・バレット。


 その後ろにミラ、セルヴィス、俺、セリアが続く。


 俺の足には、まだ魔流視の反動が残っている。


 歩けないほどではない。


 でも、少し急ぐだけで頭の奥が重くなった。


「肩、使う?」


 後ろからセリアが聞く。


「まだ大丈夫です」


「まだ、ってことは後で使う?」


「必要になったら」


「じゃあ今から使って」


 返事を待たず、俺の腕を自分の肩へ回す。


「歩ける時に頼る練習」


「そんな練習がありますか」


「今作った」


 前話で口にした言葉を思い出す。


 生きていてほしい。


 言った後の方が、近くにいることを意識してしまう。


 肩を離す時期が分からない。


 セリアも何も言わないので、そのまま歩いた。


「前、段差!」


 ジノの声がする。


 二人そろって足を取られかけた。


「近すぎると歩きにくいですね」


「今それ言う?」


「すみません」


「離さないけど」


 暗くてよかったと思った。


 顔を見られずに済む。


 保守路の先で、白い扉が道を塞いでいた。


 中央に三つの窪みがある。


 一つは青。


 一つは赤。


 残る一つは、白い金属板で覆われていた。


「承諾、拒否、保留」


 ミラが窪みを順に指す。


「最初から三つあったんじゃない」


 セルヴィスが白い板へ手を置く。


「保留路は、四十年前の改修で閉じられています」


「どうして」


「避難先が決まらない者が保留へ溜まり、救助全体が遅れたからです」


「現場が詰まった」


「はい。そこで保留をなくし、管理者が行き先を決める形へ変えた」


 早くするための改善。


 数字だけを見れば、成功したのだろう。


 運ばれる人数は増えた。


 決定までの時間も短くなった。


 その代わり、自分で答えられる人まで、答えを待ってもらえなくなった。


「開けられますか」


 俺が聞く。


「白環の封印は私が外します」


 セルヴィスが答える。


「ただ、四十年動いていない流路です。出口が生きている保証はありません」


「ミラ」


「今調べてる」


 ミラは工具と測定具を白い板の下へ当てた。


 魔石の入口。


 判断を分ける変換部。


 保留記録を返す出口。


 一つずつ確認する。


「入口は来てる。変換部も残ってる。でも、出口の先が二つに割れてる」


「二つ?」


「一つは登録票へ戻る線。もう一つは、第一環状槽の中」


「どちらを開けばいい?」


「両方」


 ミラが顔をしかめる。


「登録票へ返すだけだと、黒環側が『未回答』としてもう一度吸う。槽の中にも『保留中』だって残さないと駄目」


 つまり、こちらと向こうを同時に変える必要がある。


「中へ入る道は?」


 ジノが扉の周囲を探す。


「この扉しかない。横穴は途中で潰れてる」


「扉を壊せば?」


「三つの流路が一緒に切れる」


 ミラが即答する。


「四十六人の名前が、戻る先を失う」


 視界の端で、灰黒色の線がちらついた。


 扉の向こうに強い異常がある。


 魔流視を使えば、二つの出口が見えるかもしれない。


 息を吐きそうになる。


「見ないで」


 セリアがすぐに言った。


「まだ何もしてません」


「顔がした」


「どんな顔ですか」


「自分が見れば早い、って顔」


 否定できない。


「でも、零時まで」


「ミラは見えてる。セルヴィスは封印を知ってる。ジノは別の出口を探せる」


 セリアは指を折る。


「シュウは、何を決めるの」


 見ることではない。


 誰に何を頼むかでもない。


 最後に、どの流れを残すか。


「三つ目を開けます」


 俺は言った。


「承諾と拒否は壊さない。保留を同じ太さへ戻す」


「出口が割れてる」


 ミラが言う。


「片方を先に開ければ、もう片方へ詰まります」


「同時に開ける」


「手が足りない」


「中側は、向こうにいる人へ頼めませんか」


 全員が扉を見る。


「向こうに誰かいる保証は?」


「四十六人を受け入れる設備です。誰もいないのに、零時だけ正確に動くとは思えない」


 前の世界でも同じだ。


 完全自動と呼ばれる工程ほど、止まった時に呼ばれる人がいる。


 記録に名前が出ないだけで、誰かが保守している。


「声を通せますか」


 ミラは少し考え、青と赤の窪みへ細い導線をつないだ。


「二つの流路を一瞬だけ重ねる。長くは無理」


 工具を回す。


 扉の向こうから、低い回転音が聞こえた。


「第一環状槽の保守担当へ!」


 俺は扉へ向かって叫ぶ。


「聞こえたら返事をしてください!」


 返事はない。


 金属札の表示が変わる。


 ――受入開始まで、砂三分の一。


「もう一度!」


 セリアが扉を叩く。


「中にいるんでしょ! 四十六人を勝手に受け入れさせないで!」


 回転音の中に、何かが混じった。


 声だ。


『……外側に、誰がいる』


 若い女の声だった。


「蒼い流れのシュウ・サエキです!」


『その名前、今日だけで何度も見た』


「保留路を戻したい。内側の出口を開けられますか!」


 短い沈黙。


『開ければ、受入数が確定しなくなる』


「確定させるのは、本人です!」


『ここでは管理者が決める』


「その管理者は、四十六人へ説明しましたか!」


 返事が止まる。


 連絡板から、リリアの声が届いた。


『一人目の確認が取れました。ロッカ・ベルン様、拒否』


 扉の青い窪みが、黒く光る。


 空欄を承諾へ流そうとしている。


『二人目、バルト・ハルン様。保留』


 白い板の下で、光が行き場を失って弾けた。


「中の人!」


 セリアが叫ぶ。


「今開けなかったら、保留を選んだ人の答えが潰れる!」


『……保留を、選んだ?』


「そうです!」


『今さら、その言葉を使う人がいるのね』


 声が遠ざかる。


 代わりに、扉の内側で金属を引く音がした。


「内側の出口、動いてる!」


 ミラが叫ぶ。


「セルヴィス、外の封印を!」


 セルヴィスが白い板へ両手を当てる。


 呼吸を整える。


 白い光を、板の縁だけへ流す。


「白環旧規定、待機流路を再開します」


 板を固定していた四つの白い環が、一つずつ外れる。


 最後の環が軋んだ。


 長く閉ざされていたせいで、動かない。


「ガッシュがいれば」


 俺が言うと、セリアが剣を抜いた。


「いない人を数えない」


 剣の腹を環へ差し込む。


 足場を確かめ、呼吸を吸う。


 踏み込みは浅く。


 力を一点に流す。


「せえ、の!」


 セルヴィスの白い光と、セリアの身体強化が重なる。


 白い環が外れた。


 同時に、扉の中央へ三つ目の窪みが現れる。


 白い光が、内側と外側へ分かれて走った。


「保留路、開通!」


 ミラが測定具を確認する。


「両方とも生きてる!」


 連絡板の向こうで、リリアが一人ずつ答えを読み上げる。


『三人目、拒否』


『四人目、保留』


『五人目、拒否』


 声だけではない。


 本人が票へ触れ、自分の口で答える。


 リリアは急かさない。


 迷った人には保留があると伝える。


 文字を書けない人には、証人の前で声を残す。


 黒くなっていた名前が、一つずつ青へ戻っていく。


 受入開始まで、砂五分の一。


 まだ二十三人。


「間に合わない」


 ミラがつぶやく。


「一括で入れれば――」


「しません」


 俺は言った。


「最後まで聞く」


「でも、零時を越えたら空欄が承諾へ流れる!」


 ミラの焦りは正しい。


 正しさだけでは時間が増えない。


「空欄の入口だけ、一時停止できますか」


「止めたら、意識のない避難者も止まる」


 セルヴィスが答える。


「今、避難者は流れていますか」


 ミラが測定具を青い窪みへ当てる。


「二人いる。王都南の治療所から」


 空欄を全部止めれば、その二人の救命移送まで止まる。


 黒環会の流れと、必要な流れが同じ入口を使っている。


「四十六人の票に、本人確認済みの印はありますか」


『あります』


 リリアが即答する。


「なら、その印がある空欄だけ保留へ流す」


「答えてないのに、保留を入れるの?」


 セリアが聞く。


「決めるまで待つ、という扱いです。答えを代わりに決めるんじゃない」


 ミラが導線を組み替える。


「できる。本人確認印を入口の条件にする」


「治療所の二人は?」


「そっちは従来どおり、救命移送へ流れる」


 必要な例外は残す。


 危険な近道だけを塞ぐ。


「やってください」


「最終判断ね?」


「はい。責任は俺も持ちます」


「俺も、では足りません」


 セルヴィスが言った。


「白環の規則変更です。私が責任者として署名します」


「では、私が術式変更」


 ミラが工具を構える。


『私は、本人確認と記録を担当します』


 リリアの声。


「俺は?」


 ジノが聞く。


「逃げ道を開けたままにしてください」


「地味だな」


「一番大事です」


「じゃあ任せろ」


 零時の鐘が鳴った。


 第一環状槽の扉が、黒く光る。


 四十六本の細い線が、一斉に青い窪みへ向かった。


「今!」


 ミラが本人確認印の導線を白い窪みへつなぐ。


 セルヴィスが封印を固定する。


 扉の向こうで、若い女が内側の手輪を回す音がする。


 黒い線が大きく揺れた。


 一本。


 二本。


 行き先が決まっていない線だけが、白い窪みへ曲がる。


 承諾へ流れた線はない。


 治療所から来た二本の救命移送だけが、青い窪みを抜けていく。


「受入数!」


 俺が叫ぶ。


 ミラが金属札を見る。


「強制受入、ゼロ!」


「保留は!」


「十二!」


『拒否、三十四名!』


 リリアの声が重なる。


 三十四の拒否。


 十二の保留。


 合計、四十六人。


 空欄は一つもない。


 ミナラの手首から、黒い痣が薄れていく。


 ロッカの名を覆っていた黒線も消えた。


 誰の名前も、奪われなかった。


     ◇


 第一環状槽の外側で、俺たちはしばらく座り込んでいた。


 魔流視は使っていない。


 それでも、身体の芯が重い。


 緊張が切れたせいかもしれない。


 セリアが水筒を差し出す。


「今日は、約束を守ったね」


「皆が止めてくれたので」


「自分で止まった」


「少しは」


「そこは認めていいよ」


 水を飲む。


 ぬるい。


 でも、妙においしかった。


「肩、ありがとうございました」


「どういたしまして」


「もう離して大丈夫です」


「もう離してるけど」


 見ると、確かに肩は離れている。


 代わりに、手が触れたままだった。


 どちらからともなく、離す時期を逃している。


 扉の向こうで、金属音がした。


 すぐに手を離した。


 少し残念だと思ったことは、口にしない。


『外側の人』


 先ほどの若い女の声だった。


「内側の出口を開けてくれた方ですか」


『そう』


「名前を聞いても?」


 長い沈黙。


『エマ・ロイス』


 連絡板の向こうで、何かが落ちる音がした。


『リリアさん?』


「違う」


 震えた女の声が入る。


 ミナラだった。


「エマ」


 扉の向こうが静かになる。


『……母さん?』


 ミナラが息を詰まらせる。


「生きてた」


『どうして、そこに』


「運ばれた。助けてもらった」


『名前は』


「まだ、ミナラだけ」


 ミナラは連絡板へ手を置いた。


「でも、今から戻す」


 リリアが静かに尋ねる。


『お名前を、改めてお願いします』


「ミナラ・ロイス」


 姓まで、はっきりと言った。


『仮登録を更新します』


 扉の白い窪みが、淡く光る。


 母と娘の名前が、同じ流れの両側へ並んだ。


「エマ。帰ってきて」


 ミナラが言う。


 返事はすぐには来なかった。


『帰らない』


 拒絶ではない。


 泣くのをこらえている声だった。


『私を作業員として登録してくれたのは黒環会だった。薬も、読み書きも、ここの仕事もくれた』


「でも、あいつらは人を荷物にした」


『知ってる。止めたかった。だから保留路を開けた』


「なら」


『それでも、ここを捨てたら止める人がいなくなる』


 黒環会にいる者すべてが、同じ考えではない。


 利用されていると知りながら、そこでしか守れないものがある者もいる。


『母さん。私は自分で残った』


 ミナラは、帰れともう一度言おうとした。


 口を開き、閉じる。


 自分の答えを勝手に決めるなと、さっき俺たちへ言ったばかりだ。


「……分かった」


 絞り出すような声だった。


「でも、一度会って話す」


『第一環状槽へ、外から入る道は閉じてる』


「開ける」


『無理よ』


「今日、四十年閉じてた道を一つ開けた」


 ミナラの声が、少しだけ強くなる。


「もう一つくらい、皆に頼む」


 俺は思わず笑った。


 頼むことを覚えたのは、俺だけではないらしい。


『時間がない』


 エマが急に声を低くした。


『今の変更は、中央管理者へ届いた。オルバスが第一環状槽を切り離す』


「切り離されたら?」


『内側の記録も、人も、黒環会から存在しないことにされる』


 白環が黒い地区を切り離してきたように。


 今度は黒環会が、命令に従わない自分たちの環を切る。


『ここには私を含めて、十三人いる』


「全員、黒環会の人?」


『そう。でも、全員がオルバスのものじゃない』


 扉の黒い縁が、外側から閉じ始めた。


 通信へ雑音が入る。


「エマ!」


 ミナラが連絡板を抱きしめる。


『母さん。連れ戻すって決めないで』


「決めない」


『私が残るって言っても、怒らないで』


「怒る」


 ミナラは泣きながら答えた。


「怒るけど、聞く。だから、生きて待ってて」


 通信が切れた。


 第一環状槽の扉から、三つの窪みが消えていく。


 承諾。


 拒否。


 そして、せっかく戻した保留。


 セルヴィスが封印へ手を当てる。


「外から閉じているのではありません。さらに内側、中央環からです」


「開けられますか」


「今のままでは」


 ミナラが俺を見る。


「娘を連れ戻して、とは言わない」


 涙を拭かないまま言う。


「あの子が自分で選べる場所まで、道をつないで」


 助けるとは、こちらの正解へ連れ戻すことではない。


 残るのか。


 帰るのか。


 別の場所へ行くのか。


 選べるところまで、詰まった道を開く。


「分かりました」


 俺は閉じた扉を見る。


「十三人全員に、もう一度選べる出口を作ります」


 扉の奥で、黒い環が一つずつ消えていく音がした。


 第一環状槽が、黒環会の流れから切り捨てられようとしていた。



第49話を読んでいただきありがとうございます。


今回は、仮登録者四十六名の空欄の同意欄が、管理者への一任として扱われる危機を描きました。


シュウたちは登録を消さず、一人ずつ本人の答えを確認します。三十四名が拒否、十二名が保留を選び、強制受入はゼロになりました。


また、白環が災害救助を速めるために閉じた「保留路」を再開しています。善意で省かれた確認が黒環会に利用されていたため、救命移送は残し、話せる人の空欄だけを保留へ流す形へ変えました。


ミナラは姓を戻し、第一環状槽で働く娘エマと再び言葉を交わします。しかし、エマは黒環会に救われた恩と、内部で止めたい仕事があるため、自分の意思で残ると答えました。


次回は、オルバスに切り捨てられようとしている第一環状槽へ入り、エマを含む十三人が自分で行き先を選べる出口を作ります。

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