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納期遅れで死んだ俺、異世界では魔力の詰まりが見えるらしい 〜最弱Eランクだけど、術式を読み替えて世界の流れを変えていく〜  作者: 好山 雪
第1章 月影の森で目覚める

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第43話 止める荷と通す荷

灰橋で返送車両を止め、五人の乗員と登録拘束環十二基を守ったシュウたち。


しかし、王都西環の一斉照合は今日の夜第一鐘へ前倒しされました。


西環物流区には、王都の食料、薬、燃料が集まっています。


すべてを封鎖すれば黒い術式は止められるかもしれません。


同時に、今夜必要な荷物も止まります。


何を止め、何を通すのか。


その判断を一人へ集めず、現場で分けるため、蒼流の環は王都で初めての仕事を始めます。


 灰橋へ残す者を決めるのに、使えた時間は十分だった。


 負傷した御者二名と見習い封印士三名の治療。


 登録拘束環十二基の警備。


 疲弊した馬の保護。


 橋を待たせた商人たちへの説明。


 止めた車両が、坂で再び動き出さないための監視。


「白環騎士二名と、橋番四名を残す」


 セルヴィス・アルカードが告げた。


「登録拘束環は三重封印。鍵は白環、橋番、リリア殿が一つずつ持つ」


「私は王都へ行きます」


 リリア・フォルンが言う。


「では、三本目はカレン様の灰橋支店へ預けます。受領者名と保管場所を記録してください」


「承知しました」


 カレン・ベルシアは、すでに支店宛ての短い指示書を書いていた。


 年長の御者エモン・タールが、手首の治療を受けながら口を開く。


「俺も残る」


「負傷者です」


 セルヴィスが言う。


「だから馬車には乗らん。だが、封印車の扱いを知っている者は必要だろう」


「休めますか」


 俺が聞く。


「座って見張るくらいはできる」


「異常が出たら、自分で止めていいです」


 エモンは一度目を伏せた。


「今度はそうする」


 短い言葉だった。


 でも、十九年続けてきたやり方を変えるには、十分に重かった。


「行け」


 エモンは王都の外壁を顎で示す。


「こっちは、止めた後まで引き受ける」


「お願いします」


 役割を残した。


 連絡方法も決めた。


 代わりに判断する人も置いた。


 俺たちは交代馬へ乗り、灰橋を渡った。


     ◇


 王都西環物流区は、外壁の内側にもう一つの街を持っていた。


 石造りの倉庫が幾重にも並ぶ。


 大通りの幅は、荷馬車が六台並んでも余るほど広い。


 頭上には荷札を運ぶ細い魔力管。


 地面の下には、重量物を滑らせる搬送溝。


 街灯より高い照合塔が、東西南北と中央に五本。


 本来なら整然とした場所なのだろう。


 今は、すべてが動きすぎていた。


「第一鐘までに出せ!」


「照合が始まったら門が閉まるぞ!」


「北倉庫の荷を先に!」


「こっちも今夜の便だ!」


 御者の怒鳴り声。


 倉庫番の笛。


 車輪と蹄の音。


 荷馬車が大通りへ殺到し、交差点で互いの道を塞いでいる。


 一斉照合の開始が早まったことで、皆がその前に荷を出そうとしていた。


「封鎖する前から詰まってる」


 ジノ・バレットが御者台から身を乗り出す。


「あの交差点、あと二台入ったら全部動けなくなる!」


「右の薬便を先に通して!」


 カレンが叫ぶ。


「青い屋根の荷馬車です! 北治療院行き!」


「何であれが先なんだ!」


 別の御者が怒鳴り返す。


「俺の荷も期限がある!」


「荷札を見せてください!」


「止まってる暇があるか!」


 急いでいる者を、確認のために止める。


 確認しなければ、本当に急ぐ荷が詰まる。


 前世で何度も見た光景だった。


 全件最優先。


 全部今日中。


 どれも遅らせられない。


 優先順位を決めないまま、現場へ急げとだけ伝えた結果だ。


「中央へ行く前に、この交差点を開けます」


 俺が言うと、セルヴィスが首を横に振った。


「第一鐘まで一刻もない。照合塔を止める方が先だ」


「ここが詰まったまま封鎖すれば、避難路もなくなります」


「黒い術式が起動すれば、それ以上の被害が出る」


「だから分かれます」


 俺は中央照合塔と交差点を見る。


「セルヴィスさんは白環小隊と中央塔へ。ミラも術式確認で同行してください」


「シュウは?」


 セリアが聞く。


「交差点を開けます。カレンさんとリリアさんは荷の優先確認。ジノは空く道を探す。セリアは人と荷車を分けてください」


「照合塔の判断は、誰がまとめる」


 セルヴィスの問い。


「技術判断はミラ。封鎖判断はセルヴィスさん。現地の物流責任者が見つかれば、その人も入れてください」


「君はそこにいない」


「連絡石を開いたままにします。ただし、返事がなくても二人で必要と判断したら止めてください」


 俺の許可待ちにしない。


 時間がない時ほど、判断を一か所へ戻さない。


「承知した」


 セルヴィスは白環騎士を率い、中央塔へ向かった。


 ミラも工具箱を抱えて続く。


「魔流視は使わないでよ!」


 走りながら振り返り、釘を刺す。


「分かっています!」


 目の奥には、灰橋で使った痛みがまだ残っている。


 違和感を感じても、今日はもう深く見ない。


 見る人がいなくても回る方法を作る。


     ◇


「いったん止まってください!」


 俺は交差点の中央に立った。


 御者たちから怒号が返る。


「止まってるから困ってるんだ!」


「第一鐘までに出せと言われた!」


「誰の命令だ!」


「西環物流局だよ!」


 その時、倉庫街の奥から太い鐘が鳴った。


 まだ第一鐘ではない。


 開始半刻前を知らせる予告鐘だ。


 五本の照合塔へ白い光が灯る。


 御者たちの腕についた登録環も、薄く光り始めた。


 焦りがさらに広がる。


「ジノ!」


「西側の空き地が使える!」


 屋根へ上ったジノが叫ぶ。


「昔の家畜市場! 入口は二つ! 空荷と待てる荷をそっちへ逃がせる!」


「道は?」


「この交差点を左! でも手前の材木車が邪魔!」


 セリアが材木車へ走る。


「御者さん、左へ切れる?」


「後ろが当たる!」


「私が押さえる!」


「剣士一人で無理だ!」


「一人じゃない!」


 セリアは周囲の荷運び人へ声をかけた。


「後ろの三人、材木を押さえて! 右の二人は車輪を見て!」


「俺たちの荷はどうする!」


「この車が動かなければ、みんな出られない!」


 共通の詰まりを示す。


 誰かのためではなく、自分たちの荷を通すためでもある。


 荷運び人たちが動いた。


 セリアは短く息を吸う。


 足裏で石畳を掴む。


 焦って一気に押さず、材木車の傾きに合わせて身体強化を流す。


「今、左!」


 御者が手綱を引く。


 荷運び人たちが横から支える。


 長い材木の先が倉庫壁をかすめ、空き地への道が開いた。


「待てる荷は西へ!」


 ジノが屋根から飛び降りる。


「空荷、建材、明日の市場分! 全部左!」


「誰が待てると決めるんだ!」


「荷札を見せてください」


 リリアが交差点脇へ簡易机を出した。


「納期、届け先、内容、代替可否を確認します」


「一台ずつやってたら鐘が鳴るぞ!」


「四列で確認します」


 カレンがベルシア商会の王都支店員を集めてきた。


「薬と治療具。食料。燃料。その他。荷札の色ではなく、中身で並んでください!」


 偽装された荷札を見てきた。


 表示だけでは決めない。


「私は何をすれば?」


 若い支店員が聞く。


「届け先へ連絡を。今夜必要な量だけを聞いてください」


「全量ではなく?」


「全量を動かすから詰まります。今夜分と、明朝でよい分を分けます」


 カレンの指示で、連絡具が次々に飛ぶ。


 北治療院。


 西救護所。


 王都守備隊の炊事場。


 共同暖房庫。


 送り手の都合ではなく、受け手が本当に必要な量を確認する。


「蒼い札を作ります」


 リリアが青い紙を四つに切った。


「今夜中に必要と確認できた荷へ、届け先、数量、確認者二名を記入します」


「白環の正式札ではない」


 近くの倉庫番が言った。


「ええ。通行許可ではありません」


 リリアは淡々と返す。


「現場で確認した順番を示す札です。最終判断は御者と門番に残します」


 命令ではなく、判断材料。


 一人の名前で全部を動かさない。


「蒼流の環、臨時仕分け所です!」


 カレンが声を張った。


 その名が王都で初めて響いた。


     ◇


『中央塔へ到着した』


 開いた連絡石から、セルヴィスの声が届く。


『物流局長が照合の停止を拒否している』


「理由は?」


『在庫記録が三日分ずれている。今日の照合を中止すれば、王都全体の配給計画が組めないと言っている』


 照合そのものが悪いわけではない。


 倉庫の在庫と帳簿が合っているか。


 運び手の登録が有効か。


 荷物が途中で消えていないか。


 それを確認しなければ、明日の物流はもっと混乱する。


「局長の名前を」


 リリアが連絡石へ聞く。


『ダルメス・カイン』


「前倒しの理由も本人から記録してください」


『聞こえている!』


 知らない男の怒鳴り声が入った。


『私は黒環会のために時刻を変えたのではない! 封鎖の噂で全倉庫が出庫を急いだ! 照合を遅らせれば、記録のない荷がさらに増える!』


 西環物流局長ダルメスの声らしい。


『現場の混乱を止めるため、三者承認を取った! 正規の手続きだ!』


「その判断自体を責めていません」


 俺は答えた。


『なら、邪魔をするな!』


「照合術式に、登録環を拘束する黒い流れが混ざっています」


『証拠は?』


「灰橋で止めた返送車両。登録拘束環十二基。到着確認板に残った西環への送信記録」


『その車両は届いていないのだろう!』


「既存設備だけで試験を始める、とそちらから通知が来ました」


 沈黙。


『私は、そんな一文を入れていない』


 声の勢いが変わった。


「命令書の原本は?」


『中央塔にある』


 ミラの声が割り込む。


『見せてもらった。三者の印は本物。でも、最後の一文だけ魔力の乾き方が違う』


「後から追加された?」


『たぶん。紙を書き換えたんじゃない。三者が署名した後、共通様式の空き欄へ自動追記されてる』


 正式な手続き。


 本物の署名。


 空いていた欄へ、既存の仕組みが文章を足す。


 全部を偽造しなくても、一行だけで人は動く。


『停止する』


 ダルメスが言った。


『照合術式を落とせ、カイン局長』


 セルヴィスの声。


『待て。完全停止はできん』


『今、止めると言っただろう』


『黒い命令を止める。だが在庫照合まで落とせば、明朝の食料配分が決められない』


 ダルメスは自分の判断が間違っていた部分を認めた。


 それでも、仕事を全部捨てたわけではない。


「照合を分けられませんか」


『今さら何を分ける』


「在庫と、人員登録です」


 帳簿と倉庫の数を合わせる流れ。


 運び手の登録環を確認する流れ。


 黒環会が必要なのは、後者だ。


『中央では一つの術式になっている』


 ミラが答える。


『でも五本の照合塔へ出る前に分岐してる。西塔から順に、人員線だけ抜けるかもしれない』


「かもしれない、で王都の照合を触るのか!」


 ダルメスの怒声。


「だから一つずつです」


 俺は言った。


「西塔の人員線だけ止める。在庫照合が動くか、現地で確認する。問題がなければ次へ」


『失敗したら?』


「西区画だけ手作業へ切り替える」


『何人必要だと思っている!』


「今、交差点に荷運び人と倉庫番がいます」


 命令を待つだけの人員ではない。


 自分たちの仕事を守るためなら、確認にも参加できる。


「現物を知っている人に、数量確認を頼みます」


 ダルメスは黙った。


『責任は誰が取る』


「術式の切り分けはミラ。封鎖判断はセルヴィスさん。手作業への切り替えはダルメス局長。俺は区画間の順番を調整します」


『一人の名前を聞いている』


「一人の名前だけ書いたから、今回の一行を止められなかったんです」


 連絡石の向こうで、息をのむ音がした。


「誰が何を決めたか、全部書いてください。失敗した部分の責任も分けて残します」


 長い沈黙の後。


『西塔からだ』


 ダルメスが言った。


『物流量が一番少ない。そこで試す』


「了解しました」


『成功したら、残り四塔も切り分ける』


「一つずつ確認してからです」


『分かっている!』


 怒鳴り声は戻った。


 だが、今度は同じ方向を向いている。


     ◇


 夜の第一鐘まで、あと半刻。


 臨時仕分け所には、荷札を持つ御者の列ができていた。


 最初の混乱よりは整っている。


 だが、確認が追いついていない。


「北治療院、熱冷まし薬は四箱ではなく二箱で足りる!」


「残り二箱は西の待避場へ!」


「守備隊の干し肉は明朝でいいそうです!」


「共同暖房庫、燃料石三基は今夜必要!」


 受け手から返事が来るたび、荷が二つへ分かれる。


 今夜通す荷。


 照合後でもよい荷。


 量が減れば、道が開く。


「こんなに待てる荷があったのか」


 先ほど怒鳴っていた御者が、空き地へ並んだ荷車を見てつぶやく。


「皆が最優先と言われていただけです」


 カレンが答えた。


「届け先へ聞けば、順番は作れます」


「最初から聞いとけよ」


「おっしゃる通りです」


 カレンは言い訳をしなかった。


「次から、急送札には受取側の確認番号を入れます」


 御者は意外そうな顔をした後、蒼い札を受け取った。


「これ、本当に門で通じるのか」


「命令ではありません。門番が判断するための確認記録です」


「最後は俺たちで決めろってことか」


「異常があれば止まってください。そのことで処罰しない規定も添えます」


「変な札だな」


「まだ試作ですので」


 御者は苦笑し、薬便の後ろへ車両をつけた。


 その時、五本の照合塔が一斉に明滅した。


『西塔、人員線を切る!』


 ミラの声。


 西側の塔だけ、光が青から白へ変わる。


 近くにいた運び手たちの登録環が消えた。


「在庫照合は?」


『動いている!』


 ダルメスの声が返る。


『西倉庫一番、帳簿と現物が一致! 二番も確認中!』


「登録環が消えて、扉は開きますか」


 俺は西側の倉庫番へ聞く。


 男が扉の操作環を回す。


「開く! 手動確認札が必要と出てる!」


「誰が確認しますか」


「俺と、隣の倉庫番だ!」


 二人が名前を書き、扉を開ける。


 中央の登録がなくても、現場の二名確認で仕事を続けられる。


『成功だ』


 セルヴィスの声。


「次は北塔」


『待て』


 俺は止めた。


「西塔の三番倉庫まで確認してからです」


『時間がない』


「だから、失敗を後ろへ増やさない」


 第一鐘まで、あとわずか。


 焦りはある。


 それでも、一つ目の結果を見ずに二つ目へ進めば、全部同じ原因で止まる。


『西三番、在庫照合一致! 人員登録なしで運用可能!』


 ダルメスの報告。


「北塔へ」


『人員線を切る!』


 二本目。


 続いて南塔。


 東塔。


 それぞれで、在庫照合と手動扉の動作を確認する。


 作業はぎりぎりだった。


 最後に残った中央塔の光が、急に灰黒色へ染まった。


「何が起きた!」


『中央の人員線が、ほか四塔の分まで吸い始めた!』


 ミラが叫ぶ。


 物流区全体の登録環が、再び光る。


 今度は弱い光ではない。


 御者たちが手首を押さえた。


 倉庫番が膝をつく。


 第一鐘が、鳴り始めた。


     ◇


 一度目の鐘。


 登録環から灰黒色の線が伸び、中央塔へ集まる。


 目の奥に、強い違和感が刺さった。


 息を細く吐けば、見えるかもしれない。


 入口と出口を探せるかもしれない。


 だが、俺の腕にはノアが結んだ青い紐がある。


 約束した。


 今日はもう使わない。


「ミラ、入口と出口は分かりますか!」


『入口は中央の在庫集計盤! 出口が多すぎる!』


「登録環から集めた魔力を、何に使っていますか!」


『調べてる!』


 二度目の鐘。


 交差点の荷車が、御者の意思に反して動き始めた。


 蒼い札をつけた薬便まで、中央塔の方向へ車輪を向ける。


「手綱を離して!」


 セリアが御者台へ飛びつく。


「馬を塔へ向けないで! 車輪止めを!」


 ジノと荷運び人たちが、待避場から木材を運んでくる。


 登録環に力を取られながらも、一台ずつ車輪へ差し込む。


「完全封鎖を実行する!」


 セルヴィスの声が連絡石から響いた。


「待ってください!」


『すでに人が倒れている!』


「中央塔を閉じたら、今動いている荷は?」


『すべて止まる』


「薬便も?」


『例外は作れない!』


 作れないなら、作るしかない。


「リリアさん! 一斉照合で、数が合わない荷はどう扱いますか!」


「照合保留です!」


 リリアは西環の共通規定集をめくる。


「破損、荷札不明、所有者不明の荷は、確定在庫から外し、保留棚へ移します!」


「保留中に自動搬送は?」


「禁止です。現物確認が終わるまで、人が動かします」


「人員登録にも、保留はありますか」


「失効確認中、所属変更中、負傷休止――あります!」


 三度目の鐘。


 中央塔の灰黒色が濃くなる。


 運び手たちの顔から血の気が引いていた。


「ダルメス局長、聞こえますか!」


『聞こえている!』


「西環の全運び手を、一時的に照合保留へ移せますか!」


『四千人を超えるぞ! 所属記録が消える!』


「消しません。確定前の保留へ移します」


『翌朝の勤務割り当てが組めなくなる!』


「今夜、倒れたら明朝も働けません!」


 連絡石の向こうで、ダルメスが何かを叩く音がした。


『保留登録には、理由と解除責任者が必要だ』


「理由は術式汚染の疑い。解除責任者は?」


「私です」


 カレンが即答した。


「ベルシア商会と王都商会連盟から、照合要員を出します」


『商会だけでは決められん!』


「組合記録は私が担当します」


 リリアが続く。


「白環の汚染解除確認は、私が引き受ける」


 セルヴィスの声。


「物流局、商会、組合、白環」


 俺は言った。


「四者で解除してください。一人では戻せないようにする」


『戻すだけで何日かかると思っている』


「だから、明日の仕事を優先順に戻します」


 全員を一斉に確定状態へ戻さない。


 薬。


 食料。


 燃料。


 止められない仕事から、現物と本人を確認して戻す。


 そのための蒼い札と記録が、すでにここにある。


「ダルメス局長!」


 四度目の鐘が鳴る。


『……照合保留への一括移行を承認する!』


 ダルメスの声が、西環全体の拡声環へ広がった。


『理由、中央照合術式の汚染疑い! 解除は物流局、商会連盟、冒険者組合、白環の四者確認! 現場は手動運用へ切り替えろ!』


「ミラ!」


『保留先の線をつなぐ!』


「セルヴィスさん、あと何秒保てますか!」


『数える暇があるなら急げ!』


 白い封鎖光が、中央塔だけを包む。


 全面封鎖ではない。


 灰黒色の命令が塔の外へ出る速度だけを遅らせる。


 ミラが集計盤の中で工具を打つ音。


 リリアが保留登録の様式を読み上げる。


 ダルメスが一項目ずつ承認する。


 カレンは交差点の御者たちへ叫んだ。


「登録環の光が消えても、荷を勝手に動かさないでください! 蒼い札と届け先確認のある便から出します!」


「登録が消えたら、俺たちは誰の荷を運ぶんだ!」


 誰かが叫ぶ。


「今夜だけは、目の前の荷と届け先を確認して、自分で決めてください!」


「失敗したら?」


「判断の記録を残します! 一人の責任にはしません!」


 五度目の鐘。


 中央塔から伸びていた灰黒色の線が、一度大きく膨らんだ。


『つながった!』


 ミラの声。


 運び手たちの登録環が、次々に青白く変わる。


 所属も、資格も、消えてはいない。


 ただ、確定前の保留状態を示す色。


 灰黒色の線が中央塔へ戻り、行き先を失って絡まる。


 荷車の車輪が止まった。


 倉庫番たちが立ち上がる。


「中央人員線、出力低下!」


 セルヴィスの報告。


「在庫照合は?」


『継続している! 中央倉庫一番、現物と帳簿一致!』


 ダルメスの声が返る。


 人を縛る照合だけが、流れから外れた。


 六度目の鐘が鳴り終わる。


 実証区四番の一斉照合は、人を黒い優先順位へ組み込めないまま止まった。


     ◇


「薬便、出します!」


 静寂を破ったのは、カレンの声だった。


 蒼い札をつけた二台が、開いた交差点を進む。


 門番は荷札だけでなく、届け先の確認番号と御者の体調を見た。


「異常があれば止まっていい」


「分かってる」


 御者が答える。


「北治療院へ、今夜分二箱だけ届ける」


 自分が何を、どこへ、なぜ運ぶのか。


 理解した人間が手綱を握る。


 食料便が続く。


 燃料便が続く。


 待てる荷は家畜市場跡へ残す。


 全部は動かない。


 だが、必要な物は流れ始めた。


「これが蒼流の環か」


 近くの倉庫番がつぶやく。


「まだ名前をつけたばかりです」


 俺が答える。


「ずいぶん面倒なやり方だな」


「はい」


「でも、俺の名前で扉を開けたのは久しぶりだ」


 中央の命令ではなく、隣の倉庫番と確認して開けた扉を見る。


 その顔には、不安と、わずかな誇りがあった。


 目の奥の痛みは残っている。


 それでも今回は、魔流視を使わなかった。


 リリアが規定から逃げ道を見つけた。


 ミラが術式をつなぎ替えた。


 カレンが荷の順番を作った。


 ジノが空く道を見つけた。


 セリアが人と車両の流れを支えた。


 セルヴィスとダルメスが、それぞれの権限で時間を作った。


(見えることと、解決できることは同じじゃない)


 俺の目がなくても、流れはほどける。


 その事実が、少しうれしかった。


     ◇


 第一鐘から半刻後。


 中央照合塔の人員線は停止し、五つの区画は手動運用へ移っていた。


 倒れた運び手は二十三名。


 全員、意識はある。


 登録環の締めつけによる腕の傷と、魔力消耗が確認された。


 死者はいない。


 ダルメスは臨時仕分け所へ来るなり、俺を睨んだ。


 六十歳前後。


 白髪を短く刈り、厚い帳簿を脇へ抱えている。


「四千八百十二名」


 挨拶より先に数字が出た。


「照合保留へ移した運び手と倉庫職員の数だ」


「明日から順に戻します」


「簡単に言うな。一人ずつ所属と資格と術式汚染を確認するんだぞ」


「分かっています」


「分かっていない。王都の物流は、明朝から半分以下になる」


「だから今夜中に、優先順位を作ります」


「誰が作る」


「ここにいる人たちです」


 臨時仕分け所を指す。


 物流局職員。


 商会員。


 組合職員。


 白環騎士。


 倉庫番。


 御者。


「本人たちを会議へ入れるのか」


「自分の仕事で、何が止められて何が止められないかを一番知っています」


「話がまとまらん」


「まとめる項目を先に決めます」


 必要な届け先。


 最低人数。


 代行できる資格。


 異常時に止める条件。


「完璧な勤務表は作れません」


「それで局長の私に承認しろと?」


「今夜と明朝を回す暫定表です。承認期限も明朝までにしてください」


 永久の規則にしない。


 使って、問題を記録し、直す。


 ダルメスは俺を睨み続けた。


「嫌いなやり方だ」


「どの部分が?」


「現場の意見を聞けば、断った時に説明が必要になる」


「はい」


「管理側の仕事が増える」


「増えます」


「そこは否定しろ」


「減るとは言えません」


 ダルメスは深く息を吐いた。


「だが、また知らないところで一行足されるよりはましか」


 厚い帳簿を机へ置く。


「一刻だけだ。暫定表を作る」


「お願いします」


「礼は、明朝に荷が動いてから言え」


 セルヴィスと同じことを言う。


 管理者は、案外似た言葉を使うものらしい。


     ◇


 リリアが照合保留者の一覧を開いた。


 四千八百十二名。


 所属別に並べようとして、ペンが止まる。


「数が合いません」


「またですか」


 ジノが嫌そうに言う。


「中央塔の保留総数は四千八百十二名。しかし、各区画から上がった氏名記録は四千八百十一名です」


「一人多い?」


 セリアが聞く。


「はい」


 名簿にいない一人。


 白環封鎖所でも、同じことがあった。


「重複では?」


 ダルメスが帳簿を確認する。


「照合番号はすべて固有です」


「名前のない登録が一つある」


 リリアが最下段を示した。


 氏名欄は空白。


 所属欄も空白。


 資格欄には、ただ一つ。


 ――全区画優先権限。


 解除責任者の欄には、黒い文字が浮かび上がっていた。


 ――オルバス・ノクト。


「人の登録なの?」


 セリアが剣の柄へ手を置く。


 ミラが測定具を当てる。


「違う。人の形をした命令枠」


「どういう意味ですか」


「誰か一人分の登録へ見せかけて、全区画の保留記録に入り込んでる」


 俺たちは人員登録を照合保留へ逃がした。


 その保留先へ、オルバスの命令も一緒に移してしまった。


「この登録の現在地は?」


 リリアが追跡欄を開く。


 王都西環の地図に、黒い点が浮かぶ。


 中央証拠集積庫ではない。


 どの倉庫番号にも属さない、地下の空白。


 表示された名称は一つ。


 ――零号倉庫。


 ダルメスの顔色が変わった。


「そんな倉庫はない」


「地図にはありません」


 リリアが答える。


「ですが、西環の全区画から搬送経路がつながっています」


 止める荷と、通す荷を分けた。


 人を黒い照合から外した。


 それでも、行き先のない流れが一つ、地下へ残っている。


 オルバス・ノクトは、名前のない一人として俺たちの保留記録へ入り込んでいた。

第43話を読んでいただきありがとうございます。


今回は、照合開始直前の王都西環物流区へ入り、全面封鎖を避けながら人員登録だけを照合術式から外す回でした。


一斉照合の前倒しによって、すべての荷が先に出ようとし、物流区は開始前から詰まっていました。


シュウたちは届け先へ今夜必要な数量を確認し、薬、食料、燃料、その他の四列へ分ける臨時仕分け所を設置します。


王都で初めて「蒼流の環」の名を掲げ、命令書ではなく、届け先と数量と確認者を記した蒼い札を使用しました。


中央照合塔では、在庫照合と人員登録照合を区画ごとに分離しています。


最後に残った中央塔が四区画分の魔力を吸い始めたため、西環の運び手と倉庫職員四千八百十二名を一時的な「照合保留」へ移しました。


解除には物流局、商会連盟、冒険者組合、白環の四者確認が必要です。


シュウは前話の反動が残っているため、今回は魔流視を発動していません。


実証区四番による死者はなく、命に必要な荷物は手動確認で再び動き始めました。


しかし保留総数と氏名記録には一名分の差があり、名前も所属もない「全区画優先権限」が紛れ込んでいます。


その解除責任者はオルバス・ノクト、現在地は地図に存在しない「零号倉庫」でした。


次回は、明朝の物流を戻す仕事を続けながら、王都西環の地下に隠された零号倉庫への入口を探します。


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