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納期遅れで死んだ俺、異世界では魔力の詰まりが見えるらしい 〜最弱Eランクだけど、術式を読み替えて世界の流れを変えていく〜  作者: 好山 雪
第1章 月影の森で目覚める

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第41話 正しい手続きが敵の道になる

ヴァルド・グレイムは拘束されました。


白環東部封鎖所の暴走も止まり、死者は出ていません。


しかし、事故を止めた後には、負傷者の治療、壊れた設備の修復、責任の記録、証拠の保全が残ります。


そして白環には、黒環会の関係者と押収品を王都へ送るための正規手続きがありました。


正しい印。


正しい命令書。


正しい行き先。


そのすべてが、黒環会の望む流れと重なっていた時、シュウたちは何を信じるのでしょうか。



 ヴァルド・グレイムを拘束した後の方が、封鎖所は忙しくなった。


 負傷者の治療。


 八つの手動環の監視。


 壊れた指揮環と固定具の交換。


 押収術式具の再確認。


 副所長マティアス・ロウの聴取。


 黒い変換環の分解。


 そして、誰がいつ何を判断したのかを残す記録。


 事件は止まった。


 仕事は止まらない。


(現場っていうのは、トラブルを解決した瞬間に終わりじゃないんだよな)


 前の世界でも同じだった。


 不良品の流出を止め、客先へ連絡し、代替品を作る。


 一番派手なのは最初の一時間。


 本当に人が疲れるのは、その後の何日間かだった。


「シュウさん、目を開けてください」


 ノア・ルミナスの声で、意識を戻す。


 俺は封鎖所の食堂を借りた臨時治療室に座っていた。


 夜明け後、アルメリアから駆けつけたノアが、俺の瞳へ小さな灯りを当てている。


「吐き気は?」


「少し」


「頭痛は?」


「まだあります」


「脱力は?」


「歩けます」


「あるかないかを聞いています」


「……少しあります」


 ノアはため息をついた。


「今日は魔流視を使わないでください」


「王都の記録を調べる必要が」


「記録は目で読めます。術式はミラさんが測れます」


「でも――」


「使わないでください」


 声は穏やかだった。


 逃げ道はなかった。


「分かりました」


「本当ですか」


「最近、皆さん同じ確認をしますね」


「必要だからです」


 セリアとまったく同じ答えだった。


 ノアは診療紙へ、魔流視は終日使用禁止と書き込んだ。


「そこまで書くんですか」


「言った、言わないにならないようにです」


 リリア・フォルンの影響が、ここにも広がっている。


「それから、二刻は横になってください」


「聴取が始まります」


「横になって聞いてください」


「ヴァルドの前で?」


「嫌なら別室で休んでください」


 どちらも休むことになっていた。


     ◇


 ヴァルドの聴取は、封鎖所の小会議室で行われた。


 俺は隣の休憩室に置かれた長椅子から、開いた扉越しに聞いている。


 会議室の中央には、白環の拘束具をつけたヴァルド。


 向かいにはリリア。


 その隣にカレン・ベルシアとミラ。


 壁際にはユリウスとエルネスト・ヴァイス。


 セリアは二つの部屋の間に立ち、ヴァルドと俺を交互に見ていた。


「私を見張る必要はありませんよ」


「両方見張ってるの」


「同じ扱いですか」


「勝手に無理するところは似てる」


「さすがに不本意です」


「じゃあ、似てないところを増やして」


 反論できない。


 会議室では、リリアが押収記録板を机へ置いた。


「オルバス・ノクトについて、役職を答えてください」


「黒環会の循環設計総括」


「現在地を」


「知りません」


「最後に会った場所を」


「王都北側の会員施設」


「施設名を」


「ありません」


 短い質問。


 短い答え。


 リリアは感情を挟まず、答えを一つずつ紙へ固定していく。


「実証区四番の目的を」


「王都西環物流区における輸送効率の測定」


「測定対象を」


「荷量、移動時間、滞留時間、人員配置、魔力消費」


「対象者の同意は?」


「通常の物流業務に、個別の同意は不要です」


 カレンの目が冷たくなる。


「測定されることを伏せていても?」


「商会は日々、運び手の件数と時間を記録します。違いがありますか」


「あります」


 カレンは即答した。


「評価の記録と、本人の魔力を術式へ接続する行為は別です」


「結果が同じなら、工程を分ける意味はない」


「結果が同じかどうかを、誰が確認しました?」


「実証で確認します」


 確認するために人を使う。


 ヴァルドの考えは、灯り小路から変わっていない。


「実証区四番の本稼働時刻を」


「知りません」


「起動条件を」


「知りません」


「あなたは現場幹部で、次の実証について何も知らされていない?」


「必要な範囲しか知らされません」


「では、なぜ王都西環だと分かるのですか」


 ヴァルドの指が、わずかに止まった。


「記録板に書かれています」


「この記録板は、あなたを拘束した後に回収しました」


 リリアのペン先が、証言欄の一行を指す。


「また、あなたの荷物から王都西環の倉庫鍵が出ています」


 カレンが布の上へ真鍮の鍵を置いた。


「三か月前に王都北側へ行っただけなら、なぜ西環の現用鍵を持っているのですか」


 ヴァルドはしばらく黙った。


 やがて、小さく笑う。


「記録は、使う人間によって随分と攻撃的になる」


「記録は動きません」


 リリアが答える。


「並べた事実が、あなたの説明と合っていないだけです」


「では、推測すればよい」


「推測は別欄へ書きます。あなたの答えを」


 ヴァルドは椅子の背へ身体を預けた。


「本稼働は、明日の夕刻です」


 部屋の空気が変わった。


「起動条件を」


「西環物流区の一斉照合」


 カレンが息をのむ。


「月例の在庫照合……」


「王都では、月に一度、倉庫と荷札と運び手の登録を同時に確認します」


 ヴァルドが説明する。


「正しい荷が、正しい者の手で、正しい場所にあるかを確かめる日です」


「その照合術式へ黒い環をつなぐ?」


 ミラが聞く。


「正確には、すでにつながっている」


「何が起きるの」


「優先順位が整理されます」


「人の言葉で言って」


 ミラの声が低くなる。


「荷物も運び手も、黒環大循環に必要な順番へ並べ直される」


 今いる倉庫。


 今の届け先。


 今の雇い主。


 それらより、黒環会が決めた優先順位が上になる。


「拒否したら?」


「登録環が本人の魔力を制限します。登録された道から外れる者は、物流区の設備を使えません」


 運び手は荷車を動かせない。


 倉庫番は扉を開けられない。


 商人は出庫記録を通せない。


 従わなければ仕事を失う。


 脅しではないと言いながら、選択肢を奪う仕組みだ。


「止める方法は?」


「知りません」


「オルバスとの連絡方法を」


「ありません」


 また答えが短くなる。


 だが、明日の夕刻という時刻は取れた。


 ヴァルドの言葉だけなら、嘘かもしれない。


 だから、照合する。


「カレン様。王都の月例照合日を確認してください」


「すでに商会へ照会を出しました」


「ミラ様。記録板の時刻環を」


「解析中。あと半刻」


「エルネスト様。王都組合の西環人員記録を」


「連絡鳥を飛ばした。返事待ちだ」


 一人の供述だけで動かない。


 しかし、全部そろうまで何もしないわけでもない。


 確認と準備を同時に進める。


     ◇


 聴取が一区切りついた時、封鎖所の正門から馬の足音が聞こえた。


 白い外套の一団。


 先頭にいるのは、セルヴィス・アルカードだった。


 相変わらず整った銀髪と、冷たい印象の目。


 だが、灯り小路を即時封鎖しようとした時とは、動く順番が違っていた。


 まず負傷者の数を聞き、次に封印の状態を確認する。


 制御塔へ向かう前に、手動環の操作員へ治療班を回していた。


「死者なし。行方不明者なし」


 ユリウスが報告する。


「ただし、押収術式具二百十三点は、八区画の手動管理へ移行しています」


「中央制御の復旧は?」


「安全確認が終わるまで行いません」


「規定外だな」


「私の判断です」


 ユリウスは傷ついた指揮環を見せた。


「現状、中央へ戻す方が危険です」


 セルヴィスは数秒黙った。


「現場責任者の判断として受理する」


 以前なら、規定へ戻せと言ったかもしれない。


「それから、中央封印局より移送命令が出ている」


 白環の書記が、巻かれた命令書を差し出した。


「黒環会現場幹部ヴァルド・グレイム。副所長マティアス・ロウ。押収した黒環術式具、記録板、関係書類の原本すべてを王都へ移送する」


「行き先は?」


 俺は長椅子から身体を起こした。


 ノアの視線が刺さる。


 まだ立ってはいない。


「王都西環、中央証拠集積庫」


 セルヴィスが答えた。


 実証区四番と同じ場所だった。


「偽物ですか」


 セリアが聞く。


「いや」


 セルヴィスは白い封印印へ指を当てた。


 淡い光が三重に広がる。


「中央封印局の正式命令だ。印も、伝達経路も、書記官の魔力署名も正しい」


「発行時刻を確認させてください」


 リリアが命令書を受け取る。


 末尾に刻まれた時刻を見る。


「昨日の深夜。封鎖所で変換環が起動する前です」


「拘束前に、ヴァルドの移送命令が出ていた?」


 エルネストの声が低くなる。


「甲種の黒環関係者を拘束した場合、自動的に発行される待機命令です」


 セルヴィスが説明した。


「現場から拘束確認が入った時点で有効になる。重大証拠を地方へ残さず、専門設備のある王都へ集めるための規定だ」


「誰かが今回だけ作った命令ではない」


 俺は言った。


「白環が普段から使っている正しい手続き」


「そうだ」


「その行き先に、黒環会が実証区を作った」


 偽の印を作る必要はない。


 命令書を書き換える必要もない。


 白環が黒環会を捕まえれば、証拠も人間も王都西環へ集まる。


 正しい仕事をすればするほど、黒環会の欲しいものが届く。


「オルバスは、白環の手続きそのものを輸送路にしたのね」


 ミラがつぶやいた。


 ヴァルドの笑い声が、小さく聞こえた。


「流れを作る必要はありません」


 拘束されたまま、会議室からこちらを見ている。


「すでにある流れの行き先を変えればいい」


「黙っていろ」


 セルヴィスの声が冷える。


「命令を停止しますか」


 ユリウスが尋ねる。


「私の権限では、中央命令そのものは破棄できない」


「では従うんですか」


 セリアが一歩前へ出た。


「敵が待ってる場所へ全部運ぶって分かってるのに?」


「従うとは言っていない」


 セルヴィスは命令書を見た。


「移送開始前の安全確認を、現場責任者権限で保留する」


「どれくらい?」


「六刻。それ以上は、命令違反として中央から別の部隊が来る」


 六刻。


 短い。


 だが、ゼロではない。


「王都西環を封鎖する」


 セルヴィスが続ける。


「物流区全域を切り離し、一斉照合の術式を停止する」


 カレンが首を横に振った。


「西環物流区には、王都の食料、薬、燃料の集積倉庫があります」


「黒環大循環の起動よりは被害が少ない」


「全域を封じれば、王都の治療院へ届く薬も止まります」


「事前に必要物資を出せばいい」


「何が、どこに、いくつ必要かを誰が決めるのですか」


「王都の管理記録を使う」


「その記録が、すでに黒環会に触られています」


 セルヴィスが黙る。


 黒い流れを断つ。


 考え方は一貫している。


 時間がない今、それが一番確実に見えるのも分かる。


 だが、物流区を止めた後の影響は、壁の外へ流れる。


「封鎖の準備はしてください」


 俺は言った。


「必要になった時、すぐ閉じられるように」


「封鎖しないと言い張るのではないのか」


「選択肢から外しません」


 最悪の場合、切る必要がある。


 それを嫌だからと準備しなければ、最後にもっと乱暴な切り方になる。


「ただし、先に現地を確認します」


「明日の夕刻までに?」


「はい」


「誰の権限で動く」


 質問は正しかった。


 蒼流の環は、まだ正式な組織ではない。


 俺の名前だけで動かさないと決めたばかりだ。


「蒼流の環として提案します」


「提案の責任者は」


「俺が引き受けます」


 セリアがこちらを見る。


 怒ってはいない。


 続きを待っている顔だ。


「ただし、技術判断はミラ。物流判断はカレンさん。封鎖判断はセルヴィスさんと現地責任者。どれか一つで全体を決めません」


「責任を分けるのか」


「判断を分けます。記録には、誰がどこを決めたか残します」


「失敗した場合は?」


「俺の調整不足も記録してください」


 全部自分の責任だとは言わない。


 それを言えば、ほかの人の判断まで俺の物にしてしまう。


 でも、まとめる役を引き受けた責任からは逃げない。


 セルヴィスは俺をしばらく見た。


「封鎖準備は進める。実行は、現地からの報告を待つ」


「ありがとうございます」


「礼を言う段階ではない」


「では、記録だけ」


「本当にリリア殿に似てきたな」


 今度は、少しだけ褒められた気がした。


     ◇


 王都へ向かう者を決める前に、封鎖所へ残す仕事を並べた。


 八区画の監視。


 手動環の交代要員確保。


 負傷者の治療。


 ニックを含む全入構者の再照合。


 マティアスの聴取。


 ヴァルドの警備。


 証拠の複製と分散保管。


 中央命令への保留回答。


「全員で王都へ行くのは無理ですね」


 俺が言うと、エルネストが鼻を鳴らした。


「当たり前だ。片づけを放り出して次の火事へ走れば、ここからまた火が出る」


「俺が残る」


 ユリウスが言った。


「この施設の判断をマティアス一人へ任せていた責任がある。手動管理が安定するまで離れない」


「私も残ります」


 ノアが続く。


「操作員とユリウスさん、それからシュウさんの出発前治療があります」


「俺、出発できるんですか」


「検査を通ればです」


 まだ決まっていなかった。


「アルメリア側は俺が見る」


 エルネストが言う。


「ガッシュには蒼い流れの輸送を止めずに回させる。治療用魔石も切らさん」


「ヴァルドは?」


「ここへ残す」


 セルヴィスが答えた。


「王都への正式移送は保留。ユリウス隊と私の副官で二重警備にする」


「俺は先に行くぜ」


 レイヴンが壁から背を離した。


「一緒に行かないんですか」


「白環の馬車は目立つ。俺は別の道から王都西環を見る」


「また一時的な助力ですか」


「まだ終わってない。ただし、次に会うまでが一時的だ」


「それ、ずっと続く言い方ですよ」


「便利だろ」


 レイヴンは片手を上げ、先に封鎖所を出ていった。


 王都へ向かうのは、俺、セリア、ミラ、リリア、カレン、ジノ。


 そしてセルヴィス率いる白環の小隊。


 人数は多い。


 だが、同じ役割の人間はいない。


「引き継ぎを作ります」


 リリアが大きな紙を机へ広げた。


「未完了事項、担当者、判断期限、連絡先、代行権限」


「出発まで一刻しかありませんよ」


 ジノが嫌そうな顔をする。


「だから必要です」


「急ぐ時って、書いてる暇なくない?」


「急いで戻れないから書きます」


 リリアの一言で、ジノは黙った。


 俺たちは項目を埋めていく。


 手動環に異常が出た場合、ユリウスが停止判断。


 治療の優先順位はノア。


 押収品の移動は、ユリウスとエルネストの二名確認。


 中央から別命令が来ても、原本は動かさない。


 複製は白環、組合、ベルシア商会へ一部ずつ保管。


 誰か一人が倒れても、次の人が迷わないように。


(緊急出発って、出る人間より残る人間の方が大変なんだよな)


 前の世界では、口頭で頼むだけのことも多かった。


 あれはやっておいて。


 何かあったら電話して。


 分からなければ前と同じで。


 引き継いだつもりで、判断だけを残った人へ押しつけていた。


「シュウ」


 セリアが紙の一番下を指した。


「自分の欄、空いてる」


「俺の?」


「体調悪化時の代行」


「そこまで必要ですか」


 全員がこちらを見た。


「必要ですね」


「誰にするの」


「全体調整はリリアさん。現場移動はセリア。術式判断はミラ」


「三人?」


「一人に俺の代わりを全部やらせない」


 セリアがうなずく。


「よし」


 リリアも記入する。


「シュウ様の魔流視使用判断は?」


「ノアさん」


「王都へ来ません」


「では、セリアとミラの二名確認で」


「本人の意思は?」


 ジノが聞く。


「二人に却下されたら使いません」


「そこまで決めるんだ」


「決めないと使うから」


 セリアが答えた。


 信用されているのか、されていないのか。


 たぶん、両方だ。


     ◇


 引き継ぎ表が完成する直前、北搬入口から白環職員が駆け込んできた。


「ユリウス隊長!」


「どうした」


「昨日の深夜に出た返送車両について、記録が合いません!」


 机の上へ二枚の荷札が置かれる。


 一枚は封鎖所の出庫控え。


 もう一枚は、北門の通過記録。


「出庫控えでは、空の押収箱十二個を王都へ返送」


 リリアが読む。


「北門記録では、封印箱十二個。重量、合計八百六十斤」


「空箱の重さじゃない」


 ミラが言った。


「中身がある」


「出発時刻は?」


「封鎖反転が始まる半刻前です」


 ヴァルドを捕まえるより前。


 俺たちが施設内の人員を避難させていた頃には、すでに出ていた。


「行き先は王都西環、中央証拠集積庫」


 正規の返送先。


 実証区四番。


「御者は?」


 カレンが聞く。


「白環契約の運送人二名。護衛は見習い封印士三名です」


「連絡は」


「二刻前から応答がありません」


「追跡印を見せて」


 ミラが荷札を受け取った。


 俺の目の奥に、かすかな違和感が走る。


 灰黒色の何かが、荷札の縁で揺れた気がした。


 息を整えかける。


「見ないで」


 セリアの声が飛んだ。


 ミラも同時に測定具を荷札へ当てる。


「私が見る」


 俺は息を吐き切る前に止めた。


 焦点もずらさない。


「お願いします」


 測定具の針が、北西を指す。


「追跡印は生きてる。王都街道を進んでる」


「止まってない?」


「一定速度。休憩も取ってない」


 ジノの顔から軽さが消えた。


「御者が交代してても、馬が保たない」


「車両の術式は?」


 白環職員が台帳を確認する。


「長距離用の荷重軽減環。速度維持の補助あり」


「自動走行は?」


「ありません」


 人が御している。


 あるいは、人の魔力を吸って進んでいる。


「積み荷の内容を調べてください」


 ユリウスが命じる。


 職員が別の台帳を開き、出庫番号をたどる。


 顔色が変わった。


「押収された登録拘束環、十二基」


「登録拘束環?」


 セリアが聞く。


 セルヴィスが答える。


「装着者の魔力と身分記録を結びつけ、指定区域から出られなくする術式具だ。犯罪者の移送用に作られ、過剰拘束を理由に使用禁止となった」


 実証区四番では、運び手の登録環を使って仕事を制限する。


 その核になる部品が、十二基。


「あの車両が到着すれば、本稼働の準備が整う」


 俺が言う。


「明日の夕刻より早く着きますか」


 カレンが街道図へ距離を当てる。


「この速度なら、今日の日没前です」


 明日の夕刻までではない。


 今日の日没までに、最初の荷を止めなければならない。


「出発を早めます」


 俺は長椅子から立った。


 一瞬だけ足元が揺れる。


 セリアが腕を掴んだ。


「検査が先」


「でも」


「走れる人が途中で倒れたら、その分もっと遅れる」


 正しい。


 急ぐ時ほど、自分だけを例外にしてはいけない。


「ノアさん」


「もう一度診ます」


「何分ですか」


「十分」


「五分で」


「八分」


「分かりました」


「交渉するところではありません」


「すみません」


 カレンは馬と交代車両の手配を始めている。


 リリアは引き継ぎ表へ、返送車両の追跡を追加した。


 ミラは荷札の追跡印から、車両の位置を割り出す。


 ジノは街道図を広げ、追いつける分岐を探している。


 セルヴィスは王都西環へ、封鎖準備と一斉照合の保留を伝える白い連絡鳥を飛ばした。


 一人が急ぐのではない。


 それぞれが、自分の持ち場で出発を早める。


「追いつける場所、あった!」


 ジノが街道図を叩く。


「王都街道の灰橋。大型荷馬車は橋の手前で必ず減速する!」


「迂回されたら?」


「南の旧道は崩れてる。北は馬車じゃ通れない」


「灰橋まで、こちらは?」


「馬を替えながら走って、ぎりぎり日没前」


 止められる場所は一つ。


 機会も一度。


 会議室の奥から、ヴァルドの声が届いた。


「急いだ方がいい」


 格子窓から差す朝日を見ながら、穏やかに続ける。


「実証区四番で測るのは、物がどれほど速く動くかだけではありません」


「何を測るんですか」


「正しい命令を受けた人間が、違和感を覚えながら、どこまで止まらずに運べるか」


 返送車両の御者も、見習い封印士も、正式な荷札を受け取った。


 正しい印を確認した。


 正しい行き先へ向かっている。


 途中でおかしいと感じても、自分の判断で止める権限があるかは分からない。


 灰橋へ向かう街道の先に、五人を乗せた荷馬車が走り続けている。


 その車輪を動かしているのは、黒い脅しだけではない。


 命令を守ろうとする、真面目な人間の責任感だった。

第41話を読んでいただきありがとうございます。


今回は、ヴァルド拘束後の聴取と、王都へ向かうための引き継ぎを描きました。


実証区四番は、王都西環物流区で行われる月例の一斉照合を利用し、荷物と運び手を黒環会の決めた優先順位へ並べ直す計画です。


従わない運び手は登録環によって物流設備を使えなくなり、仕事を続けられなくなります。


また、白環には重大な黒環関係者と証拠を王都西環の中央証拠集積庫へ送る正式な規定がありました。


命令書は偽物ではありません。


オルバスは、白環が正しく手続きを進めるほど、必要な人と物が実証区四番へ集まる流れを作っています。


セルヴィスは移送命令を六刻だけ保留し、西環全域を封鎖する準備を進めますが、実行前にシュウたちの現地確認を待つことを決めました。


シュウたちは急いで王都へ向かう一方、封鎖所の監視、治療、証拠保全、代行権限を引き継ぎ表へ残しています。


しかし、登録拘束環十二基を積んだ返送車両が、すでに王都西環へ向けて出発していました。


次回は、休憩も取らず走り続ける返送車両を、日没前に灰橋で止める追跡戦へ進みます。


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