Chapter 66-1.Rochina‘sDarkness
タイトル【専務ロッチナの暗躍】
————虎ノ門オフィス街 某ビル
「む。分かった。直接私が赴こう。」
異次元を駆ける国際軍事組織Soyuz。此処はその本殿、虎ノ門の一角にある専務室に一本の電話がかかる。
誰が何の目的でかけてきたのか。それは、到底口にすることはできない。
この部屋はそんな機密でいっぱいだ。
何も世界の命運を分けるような極秘作戦を行っているのは映画のスターだけではないという事である。逆説的に言えば膨大な数の世界中の弱みを握っていることになるため、自分の立ち位置を守ることに繋がっている。
異次元へ通じるポータルの発見、またそこでの契約内容や作戦内容も漏洩する訳にはいかない情報の一つでしかない。
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なんにせよ、どちらにしても守らねばいけない情報は山のようにあるという事だ。
コンプライアンスに差し障りがない範囲ながら、隠蔽するのを惜しまない。
そんな機密情報の塊は深海のようなセキュリティで保存されている。
「Soyuz archives」として。
今回のような異次元へつながる針孔の件もそうだ。横浜市瀬谷区にあるSoyuz拠点で発見されたことを発端とする現在進行中の案件だが、情報統制になかなか苦労している。
膨大な兵器や設備の搬入を誤魔化すのにはいい加減慣れているが、最近では鉄道用資材も運び込んでいることから税関に目を着けられてもおかしくはないだろう。
そこのところは不景気の中、大盤振る舞いするお得意様という立場をいいように使って黙らせているが。
問題は足の着く兵器がなかなか購入できない事だろうか。
Soyuzが過去の兵器の忠実なコピーを作る分には問題がないが、アメリカやイスラエルの立派な兵器を大量に買い込めば国際世論的に怪しまれてしまう。
膨大な数で殴ると言っても、それを支える事務も苦労しているという事が分かってくれればそれだけで及第点と言える。
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———朝鮮民主主義人民共和国 某所
今後必要となる強力な自走砲などを買い付けるためロッチナ率いるSoyuz一行は北朝鮮に向かった。
日本と国交がないため、中国を経由して北朝の地を踏む。
やろうと思えばプライベートジェットで横浜本部基地からひとっとび、という芸当も不可能ではないがSoyuz北朝鮮提携支部の視察と偽装してある。
Soyuzと北朝鮮の親交は深い。
インフラの整備や食糧支援を取り付ける見返りとして、兵器の買い付けやレシプロ機などのノウハウの提供。また一部人民の雇用を行っている。
共和国から見れば現実に世界中を敵に回している環境で貴重な外貨獲得手段。組織から見れば古今東西の闇鍋状態を支える板前といった関係を築いていた。
もしもSoyuzという存在が居ないパラレルワールドがあったのなら、平壌の外を出れば道路はガタガタで満足に下水道は整備されておらず、飢えにあえぎバタバタと人民たちは倒れていく。
目を覆いたくなるような悲惨な状況になっているだろう。
ロッチナが降り立ったのは首都平壌ではなく、何の変哲もない地方都市だった。当然の事ながら名前をいう事は許されない。
そこにぽつんと建っているホテルで会談は行われることになった。盗聴の恐れがないか徹底的に調査された「ロッチナ専用のVIP」ルームだ。
豪華絢爛とは言えない一室に待っていたのは立派なカーキ色の軍服を着た、如何にも北朝鮮の高官といった出で立ちの男だった。
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「ようこそ、カーテンの下へ。——また我々の力が必要なのでしょう。どうぞ座ってください」
プロパガンダ色もなく接してくるあたり、Soyuzがいかに北朝鮮に貢献したのかが伺えるだろうか。
「いえ。こちらも急に呼びつけてしまい申し訳ない。金哲成氏」
目の前の男はキム・チョルソンというらしい。現地では普遍的な名前で、日本でいう高橋太郎に近いだろう。もちろん偽名だ。
「我々と貴方との間柄じゃないですか。水臭い。」
ある程度の前座を終えると、発注書を取り出した。
「では早速本題に入ろう。主体砲を45門と、先軍号を10両寄越して頂きたい。」
主体砲とは170mm砲を搭載した自走砲で、先軍号はT-62をベースに北朝鮮が新規開発した新時代の主力戦車だ。
先進国の物に匹敵しながら、独自の強みを持った如何にも共和国らしい仕上がりとなっている。
「そうですね…依頼金が納金され次第、製造を始めるのはいつものこととして…先軍号に関してですが、ここ最近電子化が進んだ先軍915が生産されていまして。そちらの方で構いませんか」
チョルソンは先に戦車について口にするも、数の多い主体砲に関して言及しない。
そのことに気がついたロッチナは軽く追及した。
「えぇ。翌日に入金を予定しています——主体砲の方は何か問題でも?」
「いえ。工場の方も元帥様の現地指導が入り生産効率が上がっておりまして、製造自体には問題ないのですが。」
すると彼は作ること自体は言うべきことはないという。
「これだけ発注をかけるのか少々疑問に思いましてね。何か大規模な作戦などがあるのかと少しばかり気がかりで。」
確かに突然来ておいて大量発注をするのはやや不自然だろう。お互い需要なのは信頼関係。いくらSoyuzにガードを緩めているとはいっても、繰り広げられているのは立派な外交会談。
きちんと理由を説明しなければ相手も発注を受けてはくれない。
「あまり私の口から大それたことは言えませんが…ただ言える事は厄介ごとを抱えている、とだけ。ですかね。これ以上は機密情報に抵触しますので」
上層部の手足であるロッチナが口にできるのはこれだけだ。
あの案件について口にできるはずがない。この地球にあの異次元の事を知られてはならない、そうすれば待ち受けているのは惨たらしい破滅だ。
友好的とはいえどこの国も経済発展という野心を持っている以上、利用させてはならないのである。
彼が口を濁す程度しか話せないことを察したキムは何も言わず発注書を受け取った。
「——承知いたしました。久々の依頼です、元帥様もお喜びになるでしょう」
元帥様というのは金正恩の北朝鮮側の呼称である。喉から手が出る程欲しい外貨がこれほど獲得できるのだから、現実主義な彼も決して嫌な顔をしないだろう。
「…それはどうも。いずれこの補填はまた精神的に…。冷麺などいかがです?」
「意表をついてきますね…。——貴方の事です、高級フレンチと言いだすかと思いましたが…たまには質素で美味なものも悪くない。」
二人は静かに笑う。
その裏に潜む大きな秘密を抱えて。
先軍915
北朝鮮がT-62と呼ばれる戦車をベースに徹底的に見直して再設計。
謎が多い。
対戦車ミサイルに空の敵を撃ち落とす地対空ミサイル。主砲はもちろんの事、機銃や「連装グレネードマシンガン」なる不可解な武装を搭載している。
これがどう活躍するかは…未来の話。




