Chapter 3. MAD・RECOVERY・UNIT
タイトル【狂気の回収部隊】
それから数時間が過ぎたころであろうか。遠方からエンジン音が聞こえてきた。
キャンバスのように広い草原では聞こえる音が風ぐらいなものであり、エンジンの音は悪目立ちするのである。
その間兵士には待機命令を出しておいたのではあるが、殺したといえ珍獣は珍獣に変わりはなく肉片と残渣に成り果てようとも兵士は好奇心からあたりをひっかきまわしていた。
エンジンの音がかなり近づいてきた頃。
街中で見るようなコンテナを積んだ中型トラックと、前には特段邪悪なライトバンが乗り付けている。
しばらくしていると先に護衛部隊と思われるBMP3が目の前に現れた。
ロシアには非常に似たような3文字がいるが、BMPは物騒な兵器と装甲がついた歩兵のショッピングカートと言ったところだろう。
車両の中からいくらかの兵士と、それに似つかわしくない白衣を着た、見るからに邪悪な男が地面に降り立った。護衛の兵士が一斉に展開するとともに白衣の男が兵士に話しかけた。
「代表者を出せ。今すぐにだ、3分以内に出さないとバーベキューの最中に消火器をぶちまけるぞ」
この特段に邪悪な男こそS.メンゲレ博士である。兵士の胸倉をつかみそういうと、冴島少佐を呼び出したようであった。
「なんでしょう。博士、私が代表者ですが」
少佐は博士の前でそう言った。あらゆる媒体を用いてもこの男は邪悪以外の一言以外がまるで出てこない。この男こそが有識者だったのか。後悔に似た気分が充満する。
「おたくらが叩き落したのはあの肉片か、残骸か、はたまたハンバーグとは言うまい。」
「なんだあの始末は。ついたらついたで辺りは血まみれ、それでもって頭らしき部位は弾痕だらけ、胴体は見つからないわ酷い匂いだわ。一体なにをしたんだこのノウタリンめ。」
「これでは骨格標本から多少なりとも推定できないではないか、えぇ。壁に思い切り投げつけたハムスターのほうがまだマシな標本が作れる。こいつに一体なにをした。到底まともな固定処理はしてないんだろうな。だから軍人崩れは嫌いなのだ。クソが。」
「おまけに臓器は露出して、あまつさえバラバラに吹き飛んでいるときている。おおよそこのウンコを爆縮したような臭気の正体だろう、これでは解剖学的推定もできないではないか。一体何ということをしたんだ。もうお前ら帰れ!」
博士は火をつけたネズミ花火のように言葉の羅列を少佐にぶつけた。
ただ彼は困惑しつつも、ありのままの事実を伝えるべく口を開いた。
「上空を飛翔中の生命体がこちらに向けておおよそ火を噴きつけようと接近したところを僚車のボリス中尉が指揮するオーサ・ミサイルで撃墜し、連絡を待っている間、完全に殺したと思っていた最中、まだ生きていたのかこちらに向けて火を噴きつけてこようとしてきたものですから、私が咄嗟に砲撃し—————」
初めこそ博士は黙って聞いていたが、突然煮えたぎるように話の腰を砕いて言葉をガトリングガンのように投げかける。
「なにがミサイルを当てた挙句に戦車砲でぶっとばして殺した?まぁいい、自衛なら仕方がないが、それでは頭の弾痕について説明がつかない。」
「どのみちクソボケな兵士が遊び半分に撃ったんだろう。
それで殺せていればこんな些末にはならなかったはずだ。わかるかこのマツタケ野郎。もういい、残骸を集めてDNAでも抽出する分にしかできないではないか。」
「当然こんなクソアニメに出てきそうな無駄に強いザコみたいなのが出てきたのだから画像データもあるんだろうな。貴様みたいなのが咄嗟に下痢便ミサイルとクソッタレ砲を突然ぶちかまして殺したんじゃああるまい。」
「もしそれをしていたのなら私の自衛用の拳銃が今まさに貴様の頭を吹き飛ばしているところだ。階級だけ高くて知能が低くては何の役にも立たない。確かに命がけならば仕方がないのだろう、そこは工面のひとつはしてもいいが次のとどめ差しが問題だ。ほかの奴が積んでる機銃で頭を吹き飛ばせばよかっただろう。」
「結果こうなっては私はこれ以上言わない。DNAだけでも取れるだけマシだ。
これでアルカリ液につけた挙句発酵食品にでもしてたら全員私がこの拳銃で一人一人の脳天をぶち抜くかプリオン病のサンプルにしているところだ。いいか、よく聞いてくれたまえ。今度サンプルを取るべき存在に出会ったときは臓器をぶちまけるな。」
博士は対空弾幕を張るようにして冴島に詰め寄った。その勢いについに折れたのか黙って画像が映ったモニタを渡すと博士は一転して神妙な顔になり、ぶつぶつとつぶやきながら
肉片を回収しに向かう。
少佐はこの男に対してどうしても苦手だった。苛立ちや激怒もすることなくガトリングガンで撃たれた目標のように穴だらけになった車のように佇む他なかった。
その様子を遠くで見ていた回収部隊やその他スタッフにも哀れみのような目を向けられていたが、冴島当人はそれを気にする様子はない。
回収されたサンプルの分析は現実世界のショーユ・バイオテックで行われるのにそう時間は必要とせず進捗は順調。
博士がすべての作業を取り仕切っていたせいで作業はスムーズに進むの。
フェノールやクロロホルム、遠心分離機を活用した雑用ともいえるが、サンプルの数が限られていることを建前に博士だけがその作業を行っていた。
これだけ口をたたく男であり、かつ立場もある男だが腕も当然立つ。
得られたDNAをさらに精錬して次世代DNAシークエンサで解読を行った。本棚から本があることがわかり、今はようやくその内容を読み始めた所である。
さらにその翌日。
博士はパソコンを開き、ひらすら得られた配列で検索をかけた。
ヒト、マウス、ラット。その他あらゆる爬虫類や両生類。特にルーツを探るような配列検索を行っている。
昨今の研究者は大学生がウィキペディアから適当な文章を引き抜くのと同じ感覚で検索を行えるようになっている事が多い。良い時代になったものだ、と博士は言いたげだ。
ひたすら文字を眺め、半日が経っただろうか。
博士は死体のように机に倒れ、うわ言のように呟く。
「これ地球上のあらゆる生物のルーツと該当しないってどうなってんだ」