Chapter 1. contact
タイトル【接触】
始、ヒト。神より地に満ちるがために生まれた神のかけら也。
次、ヒト集まりし時、国を作りて富をふりまかん。
更、国災いが起し時、神の模造なる団結者来たりて、災を打ち滅ぼしたり。
尚、団結者に悪として働く時、団結者は神の怒りを用いて国を亡ぼせん。
然、ヒト、団結し時、栄光を得たり。
ファルケンシュタイン帝国書物庫 ヘトゥの教え 第27部4の項に存在する記述より抜粋。
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誰しもが思い描く欲望の塊が現実になったところで、事はそう上手く転じるどころか厄介なことが山のように重なり合うものである。
もしも、ティーンエイジャーが読むような本の内容が現実になったのなら。
だがしかし、世の中とは数奇なことであふれているものだ。
事の発端はSoyuz横浜本部基地の何気のない大型格納庫から始まった。あらゆる車両に装甲車のみならず大型輸送機ですら易々と通り抜けることが可能な魔性の胃袋である。
凶悪とも言える広さには大量の装甲兵器が所狭しと詰め込まれていた。
これら海外で使われた車両は当然弾薬も不足しており、当日はその補給作業が朝から始めれている。
すべての車両へと弾薬が行き届いたのは日が落ちたころ合い。一体何両に弾薬を補給したのだろう、あまりの苦痛に勤行と見まがうような作業ではあったがようやく終わりを迎えた。
補給が終わると作業員たちは仕事が終わるや否や格納庫から散り散りになり、鋼鉄の扉が閉じられる。
真っ黒になったグローブに緑の作業服を着たある男がこう言った。
「いけね。飲みかけのコーラを忘れた。またこっぴどく小言を言われるぜ。クソ。この期に及んで」
作業員は悪態をつきながら格納庫へとすごすごと足を向ける。
苦行から一刻一秒早くでも逃げ出したいときに限って余計なことが足かせとなっているのだ。その様子を見た作業監督はこう言う。
「その野暮用が終わればお前で最後だな、マクレーン」
「ああ、そうですとも。」
マクレーンは監督の言葉を聞き流しつつも、再び地獄のような門が開いた。
オリーブドラブに塗られた装甲車両を尻目にしながら置き去りにしたコーラを探す。
格納庫に飲み物を放り出しておいたのならば大目玉を食らうことは間違いない。
「クソ、どこに置きやがったか忘れちまった」
彼は特段不機嫌になりながら巨大な胃袋の端にあるもう一つの扉の前にまで来てしまった。
監督が利用したのか少しばかり扉が開いている。そこからは、天井灯とはまた違う光が煌々と顔を照らしていたのだが、マクレーンはとやかく飲みかけのコーラを取り
「質が悪いドッキリなら今すぐよしてくれないか、マック」
「誰がこんなクソみたいなことするんだ。あんたじゃないならなんなんだ。バカでかい格納庫に牛でも放牧してステーキでも食べたいがためにこんなことするわけないだろ」
まるでアルプスの高原めいた草原が広がる中、天には無数の星空がのぞいている。今日の横浜は曇天であるにも関わらず。
見覚えのある星座を探そうとしてもキャンバスにこぼれたラメのように星々は散らばっているのである。
二人はここが初めて異次元であることに気が付いたのである。
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異次元へとつながるポータルの発覚はすぐさま本社に伝えられた。
そうするとSoyuzが提携や下請けを行うあらゆる研究所から有識者が集められるのにそう時間はかからない。
悪名高きショーユ・バイオテックの所長すら呼び出されたほどである。
専門家の知見を基にして三重にも及ぶ生体ロックとカードキーによる厳重な封印が施された。
未知との接触は数多くのリスクを抱える事となるからに他ならない。
この門を発見した二人のスタッフは体調を崩した。
万が一を疑われ、すぐさま無菌室へと送られた上で、詳細な検査が行われた。
初めこそパワードスーツと見まがうような、Aクラス化学防護服を着用した探査員があらゆるサンプルを採取。
分析がバイオテックで行われた。
肝心の格納庫自体にも大量の消毒液が散布され、格納庫というより検問所の様相を呈していたのは言うまでもない。
何かのアメリカゾンビ映画のスクリーンの中でしか見ないようなことが現実的に起こっていたのだから。
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結果がようやく出そろったのは調査が始まってから一週間が経ったころ。
酸素濃度やそれに伴う大気組成、それにガイガーカウンターによる放射線の測定は基地内に備え付けてあるものを使って測定することができた。
そこから導き出された結果はこの次元を超えた空間は地球と大差ないという結論だったのである。
Soyuzの歯車は大きくぶれ始めていくことになる。