第九十六話 情景
刀一郎達が都を出て四月以上が経った頃、雷安の姿は北の地にあった。
遡ること一月前、軍経由で彼にある男の訃報が届けられたのだ。
その男とは【志藤鉄志】
雷安がまだこの地に慣れていなかった頃、親しい付き合いをしていた人物だ。
「久しぶりダナ志藤。結局あれから一度も飲み交わすことは出来なかっタナ。」
志藤鉄志と記された墓標の前で雷安は手を合わす。
そうしていると、いつかの情景が昨日のことの様に思い浮かぶ。
あれは、都の主である天實が軍を整備し国を興す決意を固めたと同時期であった。
雷安は天實の指示を受け海の向こうの戦い方を軍の上に就く者達に、知る限りの武器の構造を職人へと伝えた。
「ん~?その燃える粉ってのがねえと飛ばせねえんだろ?それでその作り方は分かんねえと?」
「スマナイ…」
同時期、武器製造の責任者の役に就いていたのが鉄志であった。
その為二人は何度も顔を突き合わせ、詳細の確認作業をする。
だが、雷安は優秀な兵ではあっても職人ではない為、仕組みを伝えることは出来るが細かい製造方法を聞かれると困ってしまった。
「まあいいや、何とかなんだろ。いや、何とかする。外の奴に頼りっきりってのも癪だしな。」
接している内に、鉄志という男は恐ろしく頭の回転が速い男だと感じた。
雷安は簡単な仕組みしか説明できないのにも関わらず、それだけで鉄志はああでもないこうでもないと言いながら試作品を作り上げてしまうのだ。
まだ上に立つには若すぎるのではないかと思っていたが、その実力を見れば納得できる。
それでも新しい概念を理解し、それを実用段階まで持っていくのにはそれなりの時間と労力が掛かったのだが。
そして作業に没頭して暫くの時が経ち、何とか実用に耐えうるものが出来上がった。
「どうだ?まだまだ命中精度は低いが、取り敢えず弓と同じくらいには使えるだろ?」
煤に塗れた顔で語る鉄志は誇らしそうだった。
余りにも作業に没頭しすぎて家にも殆ど帰っておらず、風呂も数日入っていない為かなり匂いがきつかったのは仕方のない事だろう。
実際に戦場で使うにはまだまだ改良を必要とする上、量産化も目途が立たない状況ではあったが、それでも一筋の光明は差したのだ。
「もうすぐ一区切りつきそうだからよ、一杯ひっかけに行こうぜ雷安。」
仕事を終えた鉄志は、殆ど強引に雷安の腕を掴むと、グイグイと行きつけの居酒屋へと向かった。
「お前も色々大変だよな~。こっちで所帯持つんだろ?相手はいんのか?」
「イチオウ、スキナオンナワイル。」
「何だよ、真面目な顔してやることやってんだな。俺の女房もよ良い女なんだよ~。この仕事が成功したら報奨金も出るからな。孝行してやろうかと思ってんだ。」
ほんのりと赤みの差した顔で少し照れながら鉄志は語っていた。
だが、その望みが叶うことは無かった。
居酒屋を後にし、雷安は誘われ鉄志宅へとお邪魔することになったのだが、
「お~い、帰ったぞ~。珍しい客連れてきたん……何があった!?」
近所の住民が心配そうな顔で鉄志宅を覗き込んでいるその中では、医術者らしき者が難しい顔をして二人を迎えた。
何でも、倒れたのは今日の朝だったらしいのだが、亭主である鉄志には伝えないでほしいと言われていたとのこと。
少し前大きな仕事が舞い込んだと、鉄志は何度も妻に語って聞かせていたらしい。
「何だよ…嘘だろ……はは、こんなことなら…」
項垂れ膝をつく鉄志の背中に雷安は何も語ってやることが出来なかった。
その数日後、鉄志は職を辞し一人自宅へ籠ることが多くなり、それを心配した雷安は何とか慰められないかと家を尋ねることにした。
足取りの重い道中を歩き家の前に立つと、戸を叩き返事がしたのを確認し中に入る。
すると、そこには何故か荷物を纏めている鉄志の姿があった。
「ナニヲシテイルノダ?」
「ああ、旅に出ようかと思ってよ。女房がな、いつか言ってたんだわ。見たことのない景色が見たいって。」
そう言って視線を向けるその顔は、酷く寂しさを纏っている。
よく考えて決めた決断なのだろうと、雷安はそれを否定することなくポケットからあるものを手渡した。
「そりゃ、指針か。くれんのか?・・・じゃあ、有難くもらっとくぜ。」
その言葉が、雷安と鉄志の最後の会話となった。
その後皇国では、兵器開発が遅れに遅れることとなる。
火筒の実戦配備は予定よりも大幅に遅れ、現場の者達は改めて鉄志という存在の大きさを再認識した。
▽▽▽▽
「悔やまれルナ。」
鉄志が伊邪那にいることを知っていれば、刀一郎とぶつかった後にでも話す機会はあったかもしれないが、それはもう過ぎてしまったことである。
そんな情景に雷安が思いを馳せていると、
「おや?大きな異人さんだ。鉄志さんの知り合いですか?」
声を掛けられ雷安が振り返ると、ニコニコとした愛嬌のある笑みを浮かべた小太りの男が立っている。
その手には水が入った桶をもっており、どうやら墓参りに来たようだ。
「ああ、失礼。私は木本天元と申します。鉄志さんとはよく一緒にお酒を飲ませて頂いておりました。」
「そうなノカ。俺は雷安ダ。志藤の古き友といった所ダナ。」
「ああ、貴方が。生前よく言ってましたよ。貴方がこの地に大きな恩恵をもたらしてくれたと。」
それを聞いた雷安は思わず目頭が熱くなる。
志藤鉄志という男は、頑固を地で行く男であり、そんなことは言われたことなどなかった。
それを死してから伝えられるとは、何とも粋な事である。
「雷安さん、宜しければどうですか?この後一杯。」
「フフ、そうダナ。思い出話でもしながら一献というのも悪くナイ。」
今は亡き友を想いながら、雷安は北の地で供養の酒を酌み交わすのだった。




