第七十三話 海上任務
春も近づいてきた二月下旬。
刀一郎の元に送られてきた軍の使者の後に続き、辿り着いた先は皇宮内部にある皇軍執務室。
案内に従い入室すると、待っていたのはいかにも切れ者と言った風貌の男。
「お呼び立てして申し訳ありません。惣万殿より仕事があったら与えてくれとのお達しがあったもので。」
そう語るのは、皇軍総大将補佐【田中子明】である。
人を覗き込む様な視線と、自信ありげな表情が印象的な男だ。
どちらかといえば槍を振るうよりも、本を読んでいる姿の方が想像しやすい感じも受ける。
それでもこの地位にあるということが力の証明でもあり、かなりの腕前ではあるのだろう。
「それでですね、お願いしたい仕事というのが…」
子明が説明してくれたところによると、都から二日程南下した小島に漂着した船らしきものを漁民が発見したらしい。
だがそれは飽くまで遠くからそれらしきものを見たというだけであり、実際人がいるかもわからずその事実確認をお願いしたいとのこと。
最近は天候が荒れる日が多く、数日前には大きな嵐が過ぎ去っていたのだ。
ちなみにその報が上げられたのはつい先ほどの事であり、次良に頼まれていたことを思い出してか、刀一郎に同行してもらいたいとのこと。
この案件は普通なら海上部隊のみで片付ける方向のものと思われる。
そのことからも、恐らく海上部隊は何か他の案件で忙しくしており人数が確保できないのではと、刀一郎は察した。
「飽くまで様子を見るだけですので戦闘行為にはならないと思いますが、念のため頼らせてください。報酬は以前の仕事と同じですね。」
皇国としても、自分達が呼んだ手前、何か収入になる仕事を刀一郎に斡旋しようと思っているのだろう。
そんな気遣いを感じながら頷き、その場を後にした。
▽
使者の話では、もう同道する部隊の準備は出来ているらしく、さっそく波風に跨り港に着くと、その日のうちに出発と相成った。
勿論波風は同道せず、軍の者が厩へと連れて行ってくれるらしい。
暴れないかどうか心配であったが、見た感じそんな様子もなく大人しく連れられて行く姿を眺め、刀一郎はほっと胸を撫で下ろす。
そして案内に従い、港に停泊している軍船に足を踏み入れると、此度の隊を率いる者と初対面を果たした。
「ようこそ『海陽』へ。海上部隊で百人長の役をもらってる【沖村正幸】だ。」
如何にも海の漢と言った風貌の沖村は、日焼けした顔を綻ばせにこやかな笑みを浮かべた。
海陽というのはどうやらこの船の名らしい。
乗組員は十二人。
六人は櫂をこぐ役割、それ以外の人員で帆を張り舵を取る。
今回の仕事で動くのはこの船だけで、往復五日の予定で計画を組んでいるようだ。
海上の風は肌寒く、風速も強い為、皆がそれなりの防寒対策をしていた。
勿論刀一郎も、熊の毛皮で作られた上着を纏っての道程。
「そういえば刀一郎殿の食料はいらないとのお達しだが、本当に間違いないか?」
初めて会う者には毎回問われる言葉だ。
「うむ、問題ない。思う所があって町にいる間は飲み食いするが遠征ではそのどちらも必要ない。」
食料とは思いのほか嵩張るものだ。
たった一人分であっても、節約できることで助かる命もあるかもしれない。
それほどに旅とは何が起こるか分からないものなのだから。
「あい分かった。ならば遠慮なく俺達は俺達で飲み食いさせてもらおう。それと、固いのは抜きだ。やりにくくて仕方ねえ。」
こういう余計な気遣いをしない者は、刀一郎としても非常にありがたい。
刀一郎を気遣って飲食を控えられでもしたら、何のためにそうしているかも分からなくなってしまう。
取り敢えず自己紹介も済んだ所で、今回の任の概要について話す事となった。
「それでどうなのだ?ある程度は見当がついているのか?」
「いや、まだ分かんねえな。ガラリアの船かもしれねえし、それ以外かもしれねえし。どちらにせよ、向こうがやる気ならやるだけだ。」
沖村はニヤリと顔を歪めると、交戦意欲満々の感情を隠さず面に出し、その太い二の腕をトントンと叩いた。
そんな仕草に子供らしさを見た刀一郎は、先走るなと釘を刺して笑いあった。
▽▽▽▽
航海は極めて順調に進んだ。
天候と風向きにも恵まれ、本来二日かかると言われた道程をその三分の二で踏破するほどに。
そして出発から二日目の夕暮れ、ついに目的の島を視界に収める。
「小島と聞いていたが、意外に大きいな。人が暮らすには十分な広さがあるのではないか?」
「鬼鳴島ってんだ。幅で五見くらいはあるからな。住もうと思えば住めるだろ。」
沖村と刀一郎、二人で船首に立ち並び遠見の筒を覗き込んでいた。
「おっ?…あの船だな。」
「おお、あれか。大きさは…二十側ほどか?意外に小さいな。」
鬼鳴島と呼ばれるらしい島の浜辺に打ち揚げられている大型とは呼べない船。
接触前の最終確認として入念に覗き込む。
「帆柱が根元から折れてんじゃねえか。あれじゃ操舵も利かねえわ。軍船にも見えねえし、こりゃ難波船だな。」
「うむ、そのようだ。どうする?もう日が暮れるが今日の内に接触するか?」
沖村は少し考えこんだ後、船員を集めるよう部下に伝え、
「よ~し、集まったな。取り敢えず軍船じゃねえことは分かった。なので…」
ぐるりと見まわし、最後に刀一郎の肩をポンポンと叩いて告げる。
「俺と刀一郎だけで行ってくるわ。刺激しねえように小舟でな。お前たちはいつでも動けるように待機、以上!」
告げられた船員たちは皆、分かっていましたと言わんばかりの表情を浮かべていた。




