第七十二話 世代交代の宴
「刀一郎さ~ん、お裾分けに来たよ~。」
一月も終わりに差し掛かり、雪は降らねどそれなりには寒い今日この頃。
胡蝶は相も変わらず刀一郎の世話を焼く。
最近は自炊を試みていることもあり、竹本家にお邪魔することはめっきり少なくなったが、それでも胡蝶は頻繁に通い、時には米の炊き方に駄目出しされたりもする。
「今日は合格点かな。おかゆみたいだった時に比べれば上達したよ、うん。」
そう語りながら、胡蝶は何故か刀一郎宅にて卓を囲んでいた。
刀一郎としても一人で食べるよりは話し相手がいたほうが楽しいと両親に伝えたことで、ならばと総菜を持ってお邪魔するようになったのだ。
自身が家族を知らぬ身とあってか、娘とはこんな感じかと思っていたりもする。
「そう言えばさ、宮本さんには会ったことある?」
宮本さんとは、左隣に住んでいるらしい人物だが、刀一郎は未だ会ったことが無かった。
ここに越してきてからそれなりの時間が経つというのに、一度も帰って来ていないとはどんな人物かと想像だけは膨らませている。
厳密には、本人に雇われて掃除をしにきたらしい女性とは会ったことがあるのだが。
「一体何のお仕事してるんだろうね。私も実は一度も会ったことないんだ。お父さんはあるらしいけど。」
その噂の人物はそれから一週間ほど後に顔を合わせることとなった。
▽▽
その日、最近の日課となった朝の素振りをこなしていると、見慣れない男が左隣の長屋から顔を出した。
「おや?朝早くから精が出ますね。」
穏やかな表情と柔らかな声で語り掛けてくる、年の頃は三十くらいだろう男。
刀一郎は何故かその男の持つ雰囲気に既視感を感じ、多少の戸惑いを覚えた。
「ああ、申し訳ない。私は【宮本】と申します。隣に住んでいるのに挨拶も出来ず。」
どこか飄々とした印象を受けるが、それでいて高潔さといえばいいのだろうか、同時にそんな雰囲気も感じる。
何とも不思議な空気を纏った男であった。
「いや、そのようなことは無い。それぞれ事情というものもあろう。」
「そう言っていただけると有難い。何しろ行商をしているもので、中々帰っては来れず…」
語りながら何気に宮本の纏っている衣服を見やると、かなり上等な生地で作られた物のようだった。
何故そんなことが分かるかといえば、少し前、刀一郎はいつまた陛下に謁見する機会があるとも限らないと思い、町の服屋を見て回ったことがある。
その時に見た、店で一番高価な生地で作られている服と同じ素材ではないかと窺い知れたのだ。
まあ、何気に竹本家の面々も同じ生地の服を着ているのだが。
「あ、修練の邪魔をしてしまいましたね。では私はこれで、いつかまた。」
「う、うむ。いつか機会があれば酒でも酌み交わそうではないか。」
刀一郎は酒の味を知って以来、三日に一度はあの居酒屋に通って様々な酒を味わっている。
そんな男の誘いに宮本は柔らかな微笑みで頷き、場を後にした。
何故かその後ろ姿から目を離すことが出来ない刀一郎は、不思議な感触を残したまま朝の修練に戻った。
▽
その日の夕方、道場での修練を終えいつもの居酒屋へ足を向けると、豪快な笑い声が外まで響いている。
「がっはっは!飲め飲めっ、今日は儂の奢りじゃ!」
「そういうことならば遠慮なくやらせてモラオウ。」
声に誘われる様にして刀一郎もお邪魔すると、最近知り合ったばかりの老人と共に因縁ある異人の姿も目に入った。
「おお!刀一郎ではないかっ。お前もこっちに来て飲め!」
入店直後の大声に多少引き気味ながら、只酒が飲める絶好の機会と喜び勇んで刀一郎は同じ卓へついた。
すると、卓を囲んでいた一人が苦笑しながら口を開く。
「なんつうか可笑しな面子が揃ったもんだな、おい。」
口を開いたのは、御剣群馬という男である。
この男もしょっちゅう飲みに来ているので、いつのまにか自然と顔馴染みになっていたのだ。
御剣の言葉通り、この卓を囲んでいる面々は中々に濃い。
神凪刀一郎に大道重盛、そして九条雷安。
更に隊の部下たちも周りで出来上がっており、もう滅茶苦茶である。
「して大道殿、今日は何故そのように羽振りが良いのだ?」
「がっはっは、今日はな、儂と雷安の隠居記念日じゃ。」
上機嫌で語る大道に、承服しかねると言った面持ちで雷安が口を開く。
「隠居は記念するべき日ではナイ。衰え、必要とされなくなった無念の日ダ。」
向かい合った巨躯の頑固老人二人が正反対のことを言い合い、半分ふざけ気味の口論が始まった。
ちなみに彼らの後釜には副隊長がそのまま繰り上がる形で就任したらしく、今も仕事に追われているようだ。
「何が必要とされなくなっただよ。これから若い奴等に鞭打ってびしばし鍛えるくせによ。」
御剣の言葉はまさに正しく、大道の隠居というのは言葉だけで、直ぐに新人の指導教官として復帰するとのこと。
言い合いしている老人を尻目に、刀一郎は売り子を呼び止め注文を始めた。
「娘よ、塩辛と黒天友を。熱燗で頼む。」
「お、お前、一番高え酒頼むとか…結構遠慮ねえな。」
そんな驚きを見せたのも一瞬、老人二人が口論しているのをいいことに御剣も同じ注文を繰り返した。
途中からは仕事を終えた新隊長たちも加わり、更に賑やかになっていく。
「ワタクシ重槍歩兵部隊新隊長、斎藤序二位が歌いマスっ!!皇国賛歌っ!!日~~が~~の~ぼ~~り~~…」
「重騎兵隊新隊長、米田っ、続きますっ!!かげ~~る~~こと~~な~き~~…」
元副隊長二人も普段の鬱屈が溜まっていたのか、真面目な仮面を脱ぎ捨て乱れに乱れていた。
そうして夜は更けていき、中には寒空の中、往来のど真ん中で眠りに落ちた者もいたらしく、のちに職務怠慢だと総大将からお叱りを受けたのは当然のことである。




