第六十二話 散策
竹本家での朝食を終えると、刀一郎は早速町へと繰り出した。
客として招かれたにもかかわらず特別何かをせよとも言われていない身、何とも自由な事である。
歩いていて思うことは、やはり伊邪那とは人の多さが桁違いであるということ。
勿論広さもであるが、皆が忙しなく動き躍動する町には感動さえ覚える。
町を行く者達の格好は様々だ。
冬になるというのに、北よりも気温が高いという意味合いもあってか、ふんどし一丁の者さえいる。
まあ、大体そういう者は何かを抱えて走り回っているのだが。
それとは逆に、きっちりとした着物を着た男女もおり中々に雑多な印象を受ける。
髪型に統一性はなく短く刈り揃えている者もいれば、伸ばしたままにしている者も見られた。
そんな光景を眺めていると、何故か刀一郎は時々懐かしさを覚えるのだから不思議でしょうがない。
「兄さん、良い人にお土産でもどうだい?」
横からそう語り駆けてきたのは露店の男。
並べてあるのは女物の装飾品が多いようだ。
刀一郎はその中から長い棒のようなものを手に取った。
「お目が高いね。でもそれは造りが良いからちょっと値が張るよ?」
赤を帯びた半透明なそれはとても美しく、工芸品としても価値が高そうな一品。
しかし、何に使うものかと問われれば、刀一郎には分からなかった。
「え?これが何か分からないって?はは、これは笄だよ兄さん。女の髪に挿す装飾品だよ。」
用途を聞き、なるほどと刀一郎は頷く。
確かにこれならば容姿が映えるであろうと。
そう思い、隣の娘にでも買って行ってやるかと値段を聞く。
「これは良いもんなんだ。だがな、兄さんとのこれからを考えて…まけにまけて銀丸一枚だ!」
銀丸一枚と言えば千蒼に当たる。
この町における物の相場など分からない刀一郎だが、何となくぼられている気がした。
訝しみながらじーっとその目を眺めていると、
「し、仕方ねえな。銅丸五枚にまけてやるよ。大損だぜ?」
銅丸互枚と言えば五百蒼、いきなり半額になったことに気を良くしたか刀一郎は食いついた。
後から知るのだが、この材質ならば高くても二百蒼が良い所らしい。
だが、そんなことは知らない刀一郎。
良い買い物をしたと、上々気分で笄が包まれた紙を持って散策を続けた。
すると、街に鐘が鳴り響き、町人たちは皆それぞれお気に入りの食事処へと入っていく。
どうやら昼を告げる鐘だったようで、刀一郎もそれに倣いどこかで食べようと辺りを見回す。
そして目に留まったのは一軒の屋台。
忙しそうな男達が立ったまま何かを啜っているようだ。
「これと同じものをくれ。」
刀一郎は暖簾をくぐると、左右をきょろきょろ見回しそう告げた。
「かけうどんだな。おや?兄ちゃん始めて見る顔だね。天ぷらおまけしといてやるよ。」
屋台の親父はそう言って笑顔を作り、うどんの上に旨そうな天ぷらを乗せた。
立ち上る湯気が食欲を刺激させ、思わず唾をのむ。
最初こそ啜るのに苦労した刀一郎だったが、直ぐに要領を得てズルズルと音を立て完食した。
「そんなに旨そうにさわれるとこっちも嬉しくなるね。五蒼だよ。また来な!」
値段はとても手頃なものであった。
にもかかわらず、その味は確かなものでまた来ようと刀一郎は心に誓った。
腹ごしらえも終わり散策の続きに移る。
通りには様々な商いの店が立ち並んでいるが、次に刀一郎の目を引いたのは『印判屋』なる看板。
店の中に入ると、どうやら手続きなどで使う印を作る店のようだ。
「いらっしゃい。材質はそこにあるやつから選んでくれ。」
口から煙を吹かしながら、まだ若そうな男が語り掛ける。
しかしその手元は素早く動き、彫り物を止める気配はない。
何となくこのまま出ていくのがはばかられる雰囲気に、刀一郎は困ってしまった。
印を作ろうにも自らに姓はなく、どう掘ってもらえばいいかが分からないのだ。
名前だけというのは何となく締まらないだろう。
そしていつかなあなあで済ませた問題が再燃することとなった。
己の姓をいかとするかという問題だ。
刀一郎はまた来るとだけ告げると、足早にその場を後にする。
(何とかしなくてはな。そうは言っても…。)
そんなことを考えながら歩いていると、ちらほらと目につく建物があった。
それは浴場である。
この通りを歩いただけで何件もあり、ひっきりなしに人が出入りしている。
人が集まっていると行きたくなってしまうのがこの男の性か。
風呂に入りさっぱりすればいい考えも浮かぶだろうと、そんな言い訳をしながら浴場へ。
値段はとても安く三蒼だった。
さっぱりした所で足を向けたのは、惣万流槍術と書かれた看板が掛けられた建物。
相談できる人物として頭に思い描けたのがここくらいしかなかったのだ。
入り口の門弟に声を掛けると上がっていいとのことなので、刀一郎は遠慮なく奥へと進む。
「ん?どうした?……姓?」
一通りの相談事を話し、良い案はないかと問う。
すると、次良は顎に手を当て考え始める。
そして幾許かの時間が過ぎ去った後、口を開いた。
「よし、んじゃ陛下に名前貰ってくるか。」
その口から発せられた言葉は、刀一郎のみならず聞き耳を立てていた門下生さえ動きを止めるほどの意外なものだった。




