第五十五話 嵐過ぎ去って
「国の方で色々あったようで、我々は一旦戻ります。」
皇国からの使者である貝塚は、言葉少なにそう告げて都長の自室を後にする。
それは刀一郎と雷安がぶつかり、惣万次良にあっけなく倒されてから三日後の事だった。
再び訪ねてきた貝塚から、何を言われるのか戦々恐々としていた阿斗里は、去り行く後ろ姿を呆然として眺めた。
すると、貝塚はふと立ち止まり視線を脇へと向ける。
「…その像、良い出来栄えですね。何をかたどったものかはご存知ですか?」
「は?…ええ、皇国の主である方の始祖を模したものだと聞き及んでおります。」
「…そうですか。」
戸に手を掛けながら語る貝塚の顔は、心なしか柔らかい気がする。
そして、設営した基地に最低限の守りの兵を置き、使者は己の国へと帰っていった。
▽▽
数日後、役場の二階には、木造りの椅子に腰かけ深いため息をつく阿斗里の姿があった。
仕事はいくらこなしても無くならないほどあるのだが、どうにも集中できないらしい。
それもそのはず、皇国からの使者は恐らくまたすぐにやってくるのだから。
「はぁ~っ、どうなるかなぁ~。まさかあの刀一郎さんですら歯が立たない人がいるとは思わなかったよ…」
阿斗里にとっての一番の誤算はまさにそれだった。
常人から見ればまさに人外と呼ばれてもいい強さを誇る切り札が、簡単に倒されてしまったのだから。
正直、あの惣万という男がこっちに来ていたという事実が、既にどうしようもない状況だったのだ。
阿斗里は武人ではない故に、刀一郎よりも高みがあるという事実が想像できなかったのだろう。
一方、その本人はというと、
「ふっ…はっ…ていっ!」
珍しく朝から稽古に勤しんでいた。
どうやら数日前の出来事が相当に堪えたらしい。
いつもはやらない早朝訓練を、負けた翌日から欠かさずこなしている。
毎日やらないということが既に武人としては駄目だと思うが、刀術を教えられる者などいない為、今も適当に振っているだけなのだ。
そんなものを続けた所で、どれ程為になるかと言われれば微妙だろう。
「駄目だな…こんなものでは。」
白鬼を鞘へと納め、独り言ちる。
瞼には、巨躯の異人との熱い戦いと、寒気が走る様な黒装束の男の姿が何度も蘇る。
「このまま適当に振っていた所で……」
届くわけがないと、項垂れてから今度は空を見上げる。
空は晴天だが、刀一郎の心は晴れなかった。
すると、背後から声を掛けられ振り返ると、
「ここで一人特訓ですか?自分も付き合いますよ。」
そこには木の棒と木刀を持った至が立っていた。
提案に乗り木刀を手に取ると、距離を取り両者が向き合う。
刀一郎は正眼に、至は左構えのいつも通りの型。
そして、射程の差を活かし先に手を出したのは至。
「…シィッ!!」
刀一郎は至の突きを受け流そうとするが、螺旋を纏ったその突きは木刀を軽々と弾いた。
それは、偶に手を合わせる至の戦い方とは完全に違った印象を受ける。
いつもはもっと柔らかく、繊細だ。
だが、今回のそれはいくらか強引にさえ見える立ち回りだった。
「フンッ!…はぁっ!」
ならばと、刀一郎も力で負けぬよう芯の入った一撃で柄を叩く。
すると至は、右手だけを得物に残し、踏み込むと同時に左腕で腹部へと掌底を放ってきた。
刀一郎は予想しなかった動きの連続に反応が遅れる。
しかし、咄嗟に伸ばしてきた腕を掴むと、相手の得物を踏みつけ同じく胸部に掌底。
「ぐっ…!」
カランっと木の棒が地に落ちる音がした後、至は負けましたと頭を下げた。
それに倣い刀一郎も頭を下げると、お互いに少し笑みを零す。
「今日は随分と変わった戦い方だったな。」
「ええ、この間のを見て、色々試してるんです。」
「この間の…か。黒装束の方か?雷安の方か?」
「あぁ、どっちもですね。後、黒装束の方は惣万次良さんというらしいですよ?」
あの戦いから丸一日以上寝込んだ刀一郎が皇軍基地で目覚めると、既にあの男はいなかった。
そんな名前だったのかと頷いた後、気付く。
「惣万?もしかして親族か何かか?」
「う~ん、そんな感じみたいですね。兄弟子とでも言いますか。」
「なるほど、同じ師に学んでいたのか。至が強いわけが分かるな。」
強いと言われ恥ずかしいのか、至は頬をポリポリと掻く。
だが、その表情には嬉しさよりも何かしらの複雑な感情が見て取れた。
「ですけど、全くその背中が見えませんでした。だからこうして、色々試しているというわけです。」
「ふむ、二人供同じ背中を追っているというわけか。お互い頑張ろうではないか。」
そして、至は自分の仕事へと戻っていく。
そんなやり取りをしたからか、先ほどよりも幾分か気持ちが軽くなった刀一郎は、いつも通りお気に入りの露店へと繰り出していった。
▽▽▽▽
皇国からの使者がもう一度この町を訪ねたのは、それから一月半程経ってからの事だった。




