第五十四話 皇軍対ガラリア軍3
そこは真っ白い霧に包まれていた。
広い範囲が覆われており、進むことも海に出ることも許されない状況。
そんな一寸先も見通せぬ中、周りを包囲する一団がいた。
「相変わらず凄えな、こりゃ。一体どうやって作ってんだこれ?」
そう呟くのは弓兵隊隊長【遠村久三】
囲むは総勢二千五百。
弓兵隊と呼ばれているが、いまだに弓を装備している者は少なく殆どが火筒を通常装備としている。
その為、弓を主武器としている者は、今では数えるほどしかいない。
勿論、その内の一人は遠村である。
「一族の秘伝だ。教えることは出来ん。」
問われた上山忠則は無表情で応える。
その手には火筒が握られており、どうやら彼らも攻撃に加わる様だ。
「んじゃ、狩りの狼煙上げるとしますかね。」
そう呟くと、遠村は背中に背負う二百糎はあろうかという大弓を構えた。
矢をつがい、狙いを定めるのは何も見えない霧の向こう。
「……ふっ!!」
何も見えない所を射るという、常人からすれば訳が分からない行動である。
だが、遠村にとっては見えているらしい。
勿論、視界に捉えているという意味ではないだろうが、本人曰く見えているらしいのだ。
そして、霧の向こうから何だか騒がしい悲鳴のような声が響く。
「……放てぇ!!」
その喧騒が合図となり、それぞれが視界のない霧の向こうへと引き金を引いた。
五百人が扇形に列となり、撃ち終わると下がり、その後ろが前へ出る。
この隊列により、改良型火筒の欠点である継戦能力を補うことに成功している。
場には、断続的に続く乾いた音と、敵の悲鳴だけが響き続けた。
そして霧が晴れた後、生き残っている者は僅かであり、後方の隊長らしきものの大腿部には矢が深々と突き刺さっていた。
▽
続々と戦果を挙げる中、それらを掻い潜った者達もいる。
「少ないな。腕の振るい甲斐がない。」
「良い事じゃないですか隊長。我が軍が圧勝しているという証拠ですよ?」
長槍を背負い語るのは軽騎兵隊隊長【小瀬川仁栄】と副隊長【水無月四郎】
小瀬川がこんなことを呟くのも無理からぬことではある。
都へと続く街道に並んでいるのは騎馬兵六百。
そして、眼前から迫りくるのはいかにも弱々しい敵兵二百程。
これではただの弱い者いじめにしかならないと嘆くのも仕方ないだろう。
だが、真面目なこの男、万が一が遭ってはならないと気を引き締め号令をかける。
「散開っ!両脇から囲んで討つっ!」
隊長の指示を水無月が復唱しながら全体へと伝え、、それぞれの小隊の長がそれに続く。
彼らの標準装備は、自動弓、火筒、長槍、そして短槍である。
跨るは全体的にほっそりとした印象を受ける、体高百六十糎程の馬体。
身に付ける防具は皮で作られているらしく、重量を軽くし動きやすくすることで回避に重きを置いている様だ。
「隊長から合図があり次第、一気に潰すっ!いいなっ!」
敵兵たちは見るからに震えながらも、火筒を構え戦闘の意志を示す。
その姿を見て小瀬川は安堵した。
少なくとも、戦う意思のない者を一方的に蹂躙することにはならないと。
パンッ!
敵兵の放った一発が合図となり、小瀬川が声を上げ馬の腹を叩く。
そして法螺貝の音が響き、なだれ込む勢いで両脇から騎馬兵がガラリア兵へと襲い掛かった。
「…はぁっ!!」
小瀬川の一突きは、その全てが正確に急所を捉え敵の息の根を止める。
豪快さも派手さもないが、一度振るえば確実に一つの命を摘み取る堅実さが見て取れた。
「てやぁっ!!…ほっ!!」
一方水無月はそれとは対照的に長槍を器用に使い、流れる様に薙ぎ、敵の体勢を崩してから突いている。
それはまるで曲芸のようであり、舞っているようにさえ見える。
対照的な二人だがやはり息はあっており、お互いの目の届かない場所を補い合っている様だ。
当然、決着は早々に着いた。
この戦いで褒めるべきは、この戦力差でも最後まで逃げずに戦ったガラリア兵かもしれない。
▽▽
「兵の損耗率は?」
軍議の間にて静かに問い掛けたのは総大将南条兼続。
一室には天實も控え、その空間には緊張感が満ちている。
「到底一割にも達しないかと。」
部下の報告を受けた総大将補佐官、田中子明が伝える。
快勝と言ってもいい戦功報告であるにもかかわらず、一室の空気は重い。
その空気を破り、天實が言葉を紡いだ。
「敵味方問わず、亡骸は丁重に葬る様に。殉職した者の家族には私の言葉と共に既定の弔慰金を。」
天實の言を聞き、南条は速やかに指示を送る。
「はっ!ではそのように。田中補佐官、至急軍を分け死体の処理、残党の捜索に掛かれ。」
どんなに包囲を固めようともその全てをせん滅することなど出来る訳もない。
今回の戦においても、討ち漏らした敵兵が五百以上はいるだろう。
「はっ、既に伝達してあります。しかし、捜索は難航するかと。」
戦闘の行われた一帯は奥深い森が多く、隠れ潜むことも容易である。
色々と残った問題がありつつも、こうして四度目となるガラリア戦が幕を閉じた。
皇国はこの戦で、新たに三千丁近くもの火筒を手に入れ、鉄などの資材も十分に補充することが出来たのだった。
▽▽
先ほどの話にあった残党兵は方々へと逃げ出していた。
それらは時間の経過と共に殆どが賊となり皇軍を悩ませているのだが、深刻な問題に発展していないのには理由がある。
ある時、数人の賊が都の外れにある民家を襲った。
しかし、彼らはそこで命を落とすことになる。
偶々兵がいたとか武術の達人がいたとかいうわけではない。
この地の民は生まれた子に短槍を送る。
その風習からも分かる通り、彼らは皆武術を貴ぶのだ。
体が不自由な者以外、老若男女全てである。
町を歩く者は腰に短槍をぶら下げているのが当たり前であり、皆なにがしかの流派に所属しているのだ。
心を治め技を修めるのが武術ではあるが、人にはどうしても覚えたもの持っているものを振るいたいという欲が生まれる。
そして、そんな彼らにとってみれば、それらを振るえる大義名分が向こうからやってきたのだ。
結果、妻と子を守る為という大義名分のもと、賊は敢え無く天に召される事となったわけである。




