第五十三話 皇軍対ガラリア軍2
天津乃都から南西に二十見ほどの場所。
そこには続々とガラリア軍の兵が上陸を始めていた。
その数既に三千を超え、まだまだ増えそうな勢いである。
潮流の関係もありこの浜に上陸するのは当然の結論であるが、そこには同じく当然の如く待ち受けている者達もいた。
「そろそろ分断するか…」
遠見の筒を覗き、ほど近い森からその光景を眺めるのは特殊作戦部隊副隊長【上山忠則】
名前から分かる通り、隊長鋭介の血縁である。
その面持ちは鋭介よりも幾分か年月を感じさせるものだ。
「……今…」
忠則は懐から小さな笛を取り出すと口を付け息を込める。
だが、その笛からは何の音色も響きはしなかった。
そう、この音は一族以外のものには聞き取ることが出来ない音域で響くのだ。
この部隊の小隊を率いるは全て上山一族の者であり、彼らだけがそれに反応することが出来る。
そして小さな筒を取り出すと、そこから伸びた糸に火をつけた。
ボシュッ!!
小さな音が鳴り、弧を描いて跳んだ丸い何かは、敵軍が上陸している浜へと着陸していく。
それは忠則が放った一つだけではなく、続々と放たれあっという間に浜は靄に包まれ視界を奪われた。
この霧に毒性はないが、非常に色が濃く一度覆われれば暫くはどうしようもない。
当然、上陸したばかり、若しくはこれから上陸しようとしていた者達は立ち往生を余儀なくさせられた。
そして先に進んでいた兵達も、後ろの状況が皆目見当つかずおろおろとするばかり。
しかし、指揮官の鶴の一声で進軍を再開するのだった。
その進む先には、両脇を森に囲まれた街道があり、そこを抜けると拓けた草原がある。
「ふははっ、来よったな。血が滾るわいっ!」
「隊長、また一人で突っ込んだりしないでくださいよ?」
「それは私からもお願いしマス。」
草原に並び、敵の到着を今か今かと待ちわびる者がいた。
言わずもがな、重騎兵隊隊長【大道重盛】その人である。
その隣に立つのが同隊副隊長【米田正守】
後ろに控えるようにして立つのが重槍歩兵部隊副隊長【斎藤序二位】
「分かっておるわっ。全く煩いのう…」
渋々と言った感じにいうことを聞く大道の跨る馬の何と大きなこと。
いや、大道だけではなく、重騎兵隊全ての騎馬がその様だ。
それもそのはず、この馬はこの地方で【神馬】とまで呼ばれる由緒正しき血統の馬なのだ。
体高は百七十程だが、女の腰回りはあろうかという太い脚に首、そして更に太い胴。
以前刀一郎が鉱山で見たあの馬を、そのまま大きくしたものと思って相違ない。
その価値を跨る皇軍兵も理解しており、先の戦いでは馬を逃がすため自ら単身敵軍に飛び込み、苛烈な最期を遂げた者さえいる。
難点としては繁殖力が低く数が確保できないという点だろうか。
その為、重騎兵隊は全軍を持って約百五十程しかいない。
「来たぞっ!!皆の者、武勲を上げよぉぉっ!!」
「ちょっ!?隊長ッ!!ええいっ、仕方ないっ。全軍突撃ぃぃっ!!」
相変わらずの大道に引き摺られ、全軍は突撃と相成った。
彼らの戦術は単純の極みと言っていいだろう。
巨馬の前面は厚い鉄で覆われ、跨る兵も縦幅百糎あろうかという厚い盾で体を覆う。
狭い街道、そして正面からでは流石の火筒の弾も弾かれ為すすべなく、敵は圧倒的な質量によって薙ぎ払われていった。
勿論、背には長さ三側はあろうかと言う長槍も背負っている。
「やっぱりこうなるノカ……我々も続クッ!!進軍っ!!」
そしてすり抜けてくる敵の相手をするのは、後ろに控える八百の重槍歩兵。
全員が体を覆う大きな楯と長い斧槍を持つ光景は圧巻の一言。
そんな光景を目の当たりにした敵兵の大半は自ずから両脇に広がる森へと逃げることになるのだが、そこもまた地獄である。
「あぁ~、来やがったよ。来なきゃ楽出来んのにな。」
「総大将に言いつけますよ?国を守る意欲のない隊長がいると。」
「はっ?嘘嘘、冗談だってっ。さ~て、国家の為この命燃やすとしましょうかっ!」
そんな軽口をたたき合うのは、軽装歩兵部隊隊長御剣群馬、そして副隊長喜栄義忠。
彼らの装備は基本的に以前から変わってはいない。
敷いてあげるなら投擲用の針から火筒に変わったことくらいか。
「確実に一人ずつ仕留めろっ!自分一人でやろうとするなっ!囲めっ、囲めっ!」
森に逃げ込んだ敵兵は約千三百程だろうか。
そしてそれを囲む御剣の一団は約三千。
加えて、敵の背景から来る士気の差もある。
この地に送られてくる兵の殆どがガラリアによって属領となった国の者達の様だ。
つまり、嫌々やらされている者も多いと予想され、加え長旅の疲れもあるのか足元が覚束無いものも見える。
だが、御剣はそんな背景が頭を過ろうとも何一つ揺らぐことは無かった。
この男にとって、敵は敵でしかないのだ。
「ふっ!…とりゃっ!」
まるで猫のように、御剣は木の幹を蹴り地に足を付けることなく素早く立ち位置を変える。
この速さでは、とても単発式の火筒など何の役にも立たない。
そしてすれ違う様にして、右に持つ直剣で斬り、左の短槍で突く。
「…しっ!!よそ見は駄目ですよ・・こっちにもいるんですから。」
更に、御剣の動きに翻弄された敵兵の隙を喜栄が突く。
その連携はまるで一つの生き物のようであり、浮足立ったガラリア兵に如何こう出来る相手ではなかった。
「…おぉぉぉぉらぁぁぁぁっ!!」
そして周囲を囲む一団が大声を上げながら敵兵を追い立てる。
敵兵の殆どは戦意を失いかけているが、捕らえて世話をする余裕などあるはずもない。
基本的には指揮官級の者以外はその場で仕留める。
皇国側にとって一番憂慮しなくてはならない事は、情報を敵に持ち帰られる事。
海上での戦いは原始的なものであり持ち帰られてもそれほど痛手にならないが、陸上戦がここまで一方的になっている事実を持ち帰られるのは非常に困るのだ。
何せ、敵は数百万という兵力を抱えていると予測される超大国。
本気にさせれば痛い目に遭うのは皇国側であろう。
そんな事情から、此度も無慈悲にその命は刈り取られていった。




