第五十一話 天武官
雷安との会話を終えた惣万と呼ばれる男は、特に緊張感の感じられない声を響かせる。
「よお、何か偉いことになってんな……で?まだやんのか?」
興奮冷めやらぬ刀一郎は、この戦いを邪魔されたことに怒りを禁じえない。
それもそのはず、漸く出会えたのだ。
長らく感じていた渇きを癒やせるかもしれない相手に。
「何だお前はっ!!邪魔をするなっ!俺は雷安と戦うのだっ!!」
相変わらず血がじゅうじゅうと音を立て傷が治っていく様を見ても、惣万は特に動揺した様子もない。
それ所か、頭をポリポリと掻き、まるで駄々っ子を眺めるような眼をしている。
そして、一言呟く。
「…はぁ、しょうがねえなぁ…」
そう呟いた瞬間、表情が引き締まりぬらりとした動きで刀一郎に迫った。
決して動きは早くない。
早くはないはずなのに、刀一郎は反応することが出来ない。
そして危機感を感じ飛びのこうとした時には、自らの足が宙を漂っている事実に気付くのだった。
「ぬぅっ!?」
このままやられるわけにはいかないと、着地の体勢を整えようとする刀一郎だが、顎に添えられた手がそれを許さなかった。
「もう休め……」
そして耳元で囁くような言葉が聞こえたのを最後に、その意識を手放した。
▽▽
時は少し遡り、伊邪那陣営。
間者の見張りをしている者達は、今か今かと目を光らせていた。
この者達にしても一騎打ちの行く末は気になって仕方がないが、それよりも自分に与えられた役割だ。
そうして目を光らせていると、ようやく動き出したのが五人程。
竜、伊助、至の三人は目配せしながらお互いの立ち位置を変えていく。
(良いタイミングで動くなぁ。皆見入ってるし、今打てば急所に当たる確率も高いと踏んだんだろうな。)
敵ながら良い判断をしていると、至は呑気に感心していた。
どうやら間者らしき五人はお互いを知っているらしく、それと気付かせぬ程僅かな目配せを交わしている。
その時が近いと見た三人に緊張が走った。
そして、ついに五人のうちの二人が自動弓に手を掛け狙いを定め始めた。
狙っているのは、決闘に見入っている内、最も陣営から近くに立っている者。
三人はすぅっと重心を下げ、その瞬間に備えた。
(…今っ!!)
自動弓を放とうと指が引かれる瞬間、竜と伊助が二人の男を取り押さえる。
至は残る三人がおかしな真似をしないよう視界に捉えていた。
だが、どうやら他三人はこのまま潜伏できると踏んだか、動きを見せない。
「なんですかっ!?」
「…今、許可なく弓を射ろうとしていたな?」
「そ、それは…刀一郎さんを援護しようとして…」
一応問い質してはいるが、問答する気はない様で手際よく後ろ手に縄を縛っていく。
そして今回はひとまず落着と、三人も決闘に視線を移した。
すると、丁度刀一郎が槍の柄を断ち切る為上段に構えた所だった。
「駄目だっ!」
思わず声を出してしまったのは至だった。
槍術を身に修めているからこそ分かる危機感。
案の定、刀一郎は胸を強打され恐らく骨が折れたであろうことが容易に見て取れた。
勝負はついたと至は感じたが、刀一郎は骨を砕かれた体でそのまま槍を断ち切る。
「凄い……」
至はその姿に、どんなに技量を高めようとも得られない何かを感じた。
その瞬間、駄目になった槍に何の執着を見せることもなく、大柄な男は拳による突きで胸部を穿つ。
そして血を吐き出しながら転げまわる刀一郎の姿に、至たちは思わず膝を着きそうになった。
誰が見ても生きていられるとは思えない状態であったのだから、それも致し方あるまい。
「あぁ……?…何ですか、あれは。」
だが、それでも笑顔を浮かべながら刀一郎は立ち上がった。
燃えるような赤い霧を纏い、それを取り込みながら。
その姿は、畏怖と同時に武人としての敬意を抱かせる不思議なものだった。
何より、それほどの苦痛を受けながらも戦いに喜びを抱いている、その表情に至は震えた。
(そういえばお爺ちゃん言ってたな。俺は武人としての心が出来てないって。)
単純な技量と言う意味では、至は刀一郎に劣らないだろう。
いや、優っていると言えなくもない。
それほどに才がある。
だが実戦となればどうだろうか。
至には、命のやり取りをして刀一郎に勝てるという絵が思い描けなかった。
そして、彼にとって本当に衝撃的な瞬間はその後に訪れる。
「な、何者ですか…あの人は…」
突如現れた老齢の黒い装束に身を包んだ男が、武器すら持たずに戦いを治めたのだ。
しかし至には分かった。
歩み、間合い、呼吸、その全てが自らの振るう流派のそれと同じであると。
違うのは只一点。
同じ道を歩きながら、その男の立っている場所は己の遥か先であるという事実。
「まさか…刀一郎さんがあれほど容易く…」
「…し、信じられぬっ。」
竜と伊助も驚愕の表情を浮かべている。
戦っても戦と呼べるものにさえならないことは理解していた。
だがあの男には、伊邪那の全戦力で掛かろうとも勝てないだろうと、そんなことを思ってしまう。
守るという意味では、どんなに強力な個が一人いたとしても国は守れない。
しかし、攻めるとなればどうだろう。
彼らには容易に想像できた。
あの黒装束の男一人に、町はおろか国さえ落とされる光景が。




