第五十話 刀一郎対雷安2
お互いの殺気がぶつかり合う熱の籠った攻防に当てられ、皇軍兵も続々と集まってきた。
その中には、今回の遠征で同行している他の隊長格の姿も見える。
「随分熱が入ってますね。まさか本当に死ぬまでやるつもりじゃ…」
そう語るのは弓兵隊副隊長【菅山三郎太】である。
隊長の遠村とは出身の村が同じであり、小さな頃から弟分として可愛がられていた。
その憧れの兄貴分を慕って追いかけ、ここまで上り詰めたまさに努力の人。
「いや、お互いもうそんなこと考えてないでしょあれ。本気でやり合ってますよ。」
呆れ顔で語るのが軽装歩兵部隊千人隊長【山村康則】
今回の遠征に同行した隊長格はあと一人、船に残る海上部隊副隊長【青井貞利】で全てである。
元より力でどうこうしようとは考えておらず、この場に駐屯するのも脅しの意味合いが最も強い。
基地まで設営したのは一応念の為という所だろう。
念の為というのは伊邪那とやり合うということではなく、海からの敵についての備えだ。
▽
そして両陣営の熱い視線よりも更に熱く燃え上がる漢が二人。
刀一郎の俊敏な動きを、雷安は巨躯から想像も出来ない柔らかさでいなす。
その攻防はまさに見る者が手に汗を握る展開。
しかし、どちらが優勢かと言われればそれは雷安だろう。
刀一郎も感知能力を最大限発揮し、相手の先を取ろうとしているのだが、靄がかかった様にどうにも見えにくい。
というのも感情を探ることと動体を探ることはどうやら別の能力らしく、後者の性能をいかんなく発揮するためには一定の距離が必要であるらしいのだ。
本人も理屈はまるで分かっていない様だが。
何年も使ってきて今更かと思うかもしれないが、仕方のない事情もある。
何故なら目で見える範囲は当然目視したほうが早く、そこまで命の危険を感じる相手と出会ったこともない。
戦いの中ここまで神経を張り詰めているのは、自身の記憶にある限り初めてのことなのだから。
動揺を抱えている最中も猛攻は容赦なく刀一郎を襲った。
突きは鋭く、斧の斬撃は一度当たれば命など簡単に消えゆく破壊力を秘める。
見事なほど槍と斧の特性を引き出した立ち回りと言えよう。
そして左前に構え槍を支える右腕は、常にその斬撃をいなせるよう柔軟さを保っていた。
「ちっ…しぃっ!!」
刀一郎は距離を詰められない焦りが出たか、突きに対し半身になった体勢から白鬼を上段に構え振り下ろす。
だがこれは悪手。
雷安はしなやかな右腕の動きで槍を操作し、その柄を淀みなく真横に走らせる。
「ぐっ……はっ!…ぁっ!!」
巨躯から繰り出される重い一撃は、例え当たるのが柄の部分であったとしても骨を砕くには充分な威力を秘めていた。
そして白鬼を振り下ろした腕の下を滑るように、その一撃は刀一郎の胸部へとめり込む。
直後メキメキっと、骨が砕ける嫌な音が体から響いた。
「くっ……うぉぉおおっ!!」
だが、刀一郎とてそのままやられるわけにはいかない。
折れた骨など気に掛けず、槍の柄を左の脇で挟み込む。
そして、その太い鉄製の柄に右腕だけで白鬼による斬撃を叩きこんだ。
カキッ!!
その一撃は雷安が持つ斧槍の先端を見事に断ち切った。
瞬間、刀一郎は勝ちを確信したか、ニヤリと笑みを浮かべ視線を雷安へと向ける。
だが、
「…なっ!?」
雷安の姿は既に目の前にあり、その手は槍の柄を掴んではいなかった。
巨躯を沈み込ませ腰を落とした体勢から、右拳を勢いよく突き出し刀一郎の胸を貫いたのだ。
「九条流槍術…無手の型……拳槍。」
それはまさに槍と呼ぶにふさわしき形、拳が穂先を模した異様な形をとっている。
突き出されたその拳は面ではなく点を穿ち、先の一撃により折れた肋骨の一部を体の内側へとめり込ませた。
「ぐはぁぁぁあっ!!…げぼっ!…がはっ!!」
間違いなく致命傷。
折れた骨が肺に突き刺さったのだろうか、刀一郎は呼吸すらままならず、夥しい血を吐き出しながら転げまわる。
それでも、その顔は笑っていた。
(何という豪傑っ。何という戦いっ。これだっ。これを求めていたのだっ!!)
刀一郎は平穏な日々に物足りなさを感じていた。
武人であるという自覚はあれど記憶はない。
本当に己は武人であるのか、そう疑う日も多々あった。
だが、今初めて確信に至る。
この苦しさ、命を削り合う戦いこそが自らの生きる道なのだと。
そして、刀一郎は自身の血に塗れながらゆらりと立ち上がった。
「ごぼっ…ははっ、がふっ…ふはっ。」
この戦いを刮目していた者達は信じられない光景を見ることとなった。
吐き出した血が蒸発したかと思えば、刀一郎の口から吸い込まれていく。
そして徐々に体の傷を癒していくのだ。
損傷した内臓が修復すると同時に刺さっている骨を押し戻し、ミシミシと音を立てた。
その異様な光景には目撃した者全てが唖然となる。
だがその様な光景を見てもなお、眼光鋭く睨みつける男が一人。
「なるほド、息の根を止めねば終わらンカ。」
雷安は最早ただの鉄の棒となったそれを持ち、構える。
例え刃が無くとも、この男の膂力と技に掛かれば人の体を貫くこと容易かろう。
そして完全に回復する前に仕留めるべく、踏み込んだ瞬間、
「そこまでだ……」
突如、間に立つ男が一人。
「陛下の意を無視する気か、雷安?北の地の傑物は殺すなと言われたはずだぞ。つうか、さっきの一撃で普通なら死んでるぞ。反省しろ。」
「…済まヌ。戦いの熱気に当てられていたようだ。」
その男は見た感じ防具を一切纏っていなかった。
黒一色の衣服で袖は手首の辺りまでしかない。
腰には帯が固く締められ、何かを巻きつけているのか膝から下が細くなるよう仕立てられている。
白の混ざった無精ひげを生やし、顔には皺が刻まれていることからその年齢が伺えるだろう。
体高は別段この地の者としては小柄というわけではないが、雷安と並ぶとその対格差は歴然であった。
「では、後はお任せスル……惣万殿。」




