第四十一話 皇海の守護者2
水鏡は糸を手繰り寄せると、異国の船をまじまじと観察した。
船は完全に停止しており、どうやらここから色々な場所に間者を放っているらしい。
「櫂が出る穴がねえな。風だけで動いてんのか。思ったより敵の数は少ねえかもな。」
遠目では分からなかっただけで、櫂が通す穴があるものだと思っていた水鏡は少し困ってしまった。
おまけに砲も甲板にある八門だけらしく、船横にはこれといった隙間が見当たらない。
本来の予定では、そこからある方法で初撃を加える予定だったのだ。
「そうなると、上まで登んなきゃならねえわけだが…どうすっかな。」
一人呟きながらカチャカチャと静かな音を鳴らし、鉄の爪らしきものを両手の指に嵌めていく。
そして船横を掴むとグッと握り込んだ。
すると恐ろしい握力が生む結果として鉄の爪はめり込み、腕だけで全身を支え少しづつ登っていくのだった。
「行けなくはねえが…思ったよりきついな。」
きついが行ける、そう思えることが普通ではないことにこの男は気付いていない。
その角度は直角どころではなく、完全に腕の力だけで巨躯を支え持ち上げているのだから。
しかも背には大きな斧槍のおまけ付きである。
並の人間には僅かな時間とて無理な所業と言わざるを得ないだろう。
「ふぅ~~~っ。」
あと少しで甲板に着くという所で、水鏡は一旦止まり目を瞑る。
何をしているか常人には分からないが、風に感覚を乗せ甲板の遮蔽物を探ると、形からそれが人か否かを見極めているのだ。
そしてどうやら油断しているのか誰もいないことを確信し、音もなく甲板に降り立った。
「おお~、こんなに帆があんのか。えっと縦横合わせて全部で……十枚か。なるほど、これなら。」
そこが敵陣の真っただ中であるとは思えない落ち着きぶりである。
それもそのはず、この男、既に勝利を確信している。
つまり、これはもう自分の船であるという認識なのだ。
そうやってまじまじと眺めていると、哨戒の者らしき足音が聞こえる。
水鏡はもう一度海上に身を晒すと、船横にしがみつき身を隠した。
じっと息をひそめ、目を閉じ、男の歩く音に耳を澄ませ、状況を風の動きで探り、
「…んっ?…っ!!!」
哨戒が水鏡の近くを通り過ぎた瞬間、さっと甲板に降り立ち後ろから口を塞ぐと同時に、その爪で喉を掻き切った。
そして男の口を手で押さえながら、完全に息を引き取るのを確認して床にそっと寝かす。
(こいつが戻らなければ不審に思われるな。少し急ぐか。)
水鏡は足音を立てることなく船内への入り口を見つけると、そっと懐から出したのは丸い玉と火打石。
そしてその玉に手早く火をつけ中に転がす。
すると、それはもくもくと煙を吹き出しながら下へと転がっていく。
水鏡は床に伏せ息を止めながら暫く待っていると、中からうめき声や怒声が響き渡ってきた。
先ほど投入した玉は、毒草を煎じて固めたものである。
その毒量たるや一欠けらで大人数十人を殺すというもの。
こんな方法を取ってしまえば、普通ならば中の様子を窺うことも出来なくなるのだが、水鏡は頃合いを見て息を大きく吸い込むと船倉へ足を踏み入れた。
「…うぅ…」「…あぁぁ…」
中は蠢く瀕死の敵兵と、既に息絶えた敵兵が折り重なるように倒れている。
「…アイドゥナッ…フォギブュッ…」
せめてもの意地か、隊長らしき男が壁に手を当てながら片手に剣を持ち水鏡に迫る。
指揮官らしき者は既にほかの部隊が何人か捉えているので生かす必要はないだろうと、水鏡は無表情で背の斧槍を抜き、胸部を一突きにした。
「…ガフッ!…ガラリア……フォ~グロ~リ~……」
水鏡は少し散策した後、生存している者がいないことを確認して甲板に戻った。
すると、もう一つ入り口があったようで、何とか動けるという程度の兵が二十余り、武器を手に水鏡を睨む。
毒煙は船内から漏れ出て甲板にまで蔓延しつつあった。
だが、そんなことはまるでお構いなしと言わんばかりに、水鏡は無表情のまま半死半生の兵に歩み寄り、ある武器を携えたもの目掛け駆け出した。
まずは遠距離武器を持つ者に狙いを絞る。
雷安からもたらされた情報で知っているのだ。
それが鉛の小さな弾を飛ばす、殺傷能力の高い極めて危険な兵器であると。
海の外で『マスケット』と呼ばれるらしいそれは、皇国でも『火筒』と呼ばれ開発が進んでおり、いずれは弓兵隊の通常兵装として完備されるだろう。(隊長以外)
「ゴプッ!!」「ゴホッ!」「ゲハッ!」
それは戦闘とは呼べない、虐殺と言っても過言ではない一方的なものだった。
いつもは陽気な男だが、水鏡は国への忠誠心と言う意味では他に引けを取らない。
つまり、怒っているのだ。
陛下より許されて、託された海を汚す輩に対して。
▽
残党を片付け終えると、水鏡は鉄鎧を脱ぎ勢いよく海へと飛び込んだ。
「ぷはぁ~~~~~っ!!」
そして久しぶりとなる新鮮な空気を思い切り吸い込む。
一体どれほど息を止めていたのだろうか、
少なくとも常人が真似をしたらあの世行きになることは確かであろう。
水鏡が東の空に目を向けると、太陽が顔を出し、海が朝焼けで輝いている。
その光景に目を細め眺めた後、繋いだ小舟に戻り仲間の元へと戻るのだった。
▽
隊の船が見えると、青井副隊長が船首に立ち水鏡を迎えた。
「隊長っ!やったんですか!?」
水鏡が拳を挙げて応えると、一同から歓声が上がる。
そして垂らされた縄を掴み甲板へ上がり一連の流れを説明した後、船内で豪快ないびきを立てた。
▽▽
その後、敵船から接収した大砲や火筒、そして火薬により、皇国の兵器開発は飛躍的に進んだが、それでも命中精度は低く、担当の者は改良研究に追われる毎日に突入した。
そして余談だが、後日約束通り、その大型船は水鏡へと譲渡されることとなり、しかも軍のものではなく個人での所有を許されるという破格の報酬であった。




