第四十話 皇海の守護者1
「おいおい見ろよ。本当にいたぜ。」
天津乃都からほどない近海、約二十側ほどあろうかという木造船が三隻浮かんでいた。
高い場所でたなびいている旗には、地平線から昇る太陽が記されている。
船の脇からは櫂が覗いており、風力以外からも人力で推進力を得ていることを伺わせた。
現在皇国では、商戦は諸々の理由で航海を禁じられているので、必然的にこの船は軍のものと推測できるだろう。
「おおおっ、でっけぇな~~、おいっ。」
大柄でこんがり日焼けした屈強な男が、遠見の筒を覗き込みながら嬉しそうに語る。
海上部隊隊長、水鏡玄奘その人である。
この男の装備は胴体を守る鉄鎧だけと、いたって軽装。
「隊長っ!これ以上近づいたらバレますって!大きさも違いすぎます!戦うのは無謀ですよ!」
暴走する隊長をいさめる、同じく日焼けした男が同隊副隊長【青井貞利】
隊長水鏡とは違いこちらは常識人、だからこそこの役職を命じられたのだが、御しきれているとは言い難い。
青井の言う通り、無謀にも戦いを挑もうとしている船の大きさは倍の四十側にもなろうかという大型木造船。
船上でたなびく旗には交差する剣が記されている。
無論、皇国の船ではない。
更に付け加えるならば、まだ皇国が実戦配備出来ていない大砲付きである。
しかも確認出来るだけで甲板の左右に合計八門、勝負になるわけがない。
まともな神経の持ち主なら戦いを挑むなど考えられないのだ。
「大丈夫だって、こいつがあるだろうが。」
そう言って水鏡がポンポンと叩くのは何やら銛の様なものが入った筒。
「そんなもので何が出来るんですか!・・・まさか、それ使って一人で乗り込もうって言うんじゃ…」
水鏡は何も語らず、只ニヤリと不敵な笑みを浮かべ応えた。
それを見た青井は額に手を当てると、天を仰ぐのだった。
▽▽
事の起こりは数日前の軍議にさかのぼる。
民からある報告が上がったことにより、臨時的に開かれたものだった。
その為、外に出ている隊長格などは顔を出すことが出来ず、十人長や百人長などが代わりに出席している。
「もう聞いているとは思うが、明らかに我が国の船よりも大きい外国船が目撃されている。」
それを最初に目撃したのは漁師の一人で、飲み屋などから噂が広まり民に動揺が広がっているとのこと。
「海っていやぁ俺しかいねえな。だよな?大将。」
「そうだな。そうなんだが、先走りし過ぎるなよ?水鏡隊長はやりすぎるきらいがある。くれぐれも慎重に頼む。」
南条も無駄と分かっているのだが一応釘をさす。
総大将として分かっていても言っておかなければならないのだ。
「分かってるって大将。俺を信用しろって、誰が相手でも海の上なら負けねえからよ。」
「いや、だからな。最初は偵察を主にだな・・・。」
「大船に乗ったつもりでドンっと構えててくれや大将!」
南条は目の間の鼻根を抑え唸る。
だが、水鏡の言っていることは根拠のない自信ではない。
水鏡家は風を読んだり潮の流れを読むことが出来たりと、他にはない不思議な力を持つ一族だった。
その為、皇族からも古くから重用されてきた歴史がある。
そして、その力が一番発揮されるのが言わずもがな海上であった。
「でよ、大将。少し相談なんだがよ、船を拿捕出来たらもらってもいいか?」
深くため息をついた後、好きにしろと南条は頷いた。
そして意気揚々と海へと繰り出し今に至る。
▽
筒を覗き込む水鏡の口元は緩んでいた。
あの大きな船が自分のものになると考えただけでワクワクするのだ。
「隊長、行くのはもう止めません。というか言っても聞かないし・・。ですから、せめて夜にしましょう。」
「ん?俺は初めからそのつもりだぞ。潮流の問題もあるしな。後、行くのは俺一人だ。お前らは待ってろ。」
「…はぁ、分かりました。でも、危なかったら逃げてくださいよ?」
「分かってるって。すぐにあの船乗らせてやるからよ。」
青井はげんなりしながらも、水鏡の実力を信頼して任せることにした。
日頃からこの男を知る青井には、どうしてもこんな所で死ぬとは思えなかったのである。
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そして完全に辺りが闇に包まれた頃、小さな小舟が波に揺られ大型船に近づいていた。
それに乗るのは勿論水鏡只一人だ。
その背には身の丈を超える大きな槍を背負っている。
先に斧の刃が取り付けられた槍斧と呼ばれる得物。
これは元々九条雷安用に作られたものを見て、この男も欲しいと駄々をこね作ってもらった自慢の武器である。
そんな子供染みた男だが、今はまるで禅をしているかのような表情で佇んでいた。
普通こんな明かりもない真っ暗闇で海を漂うなど自殺行為でしかないが、この男だけにはそれは当てはまらない。
風の流れも、潮の流れも手に取る様に分かるのだから。
「お?明かりが近づいて来たな。真っ暗も好きなんだが、やっぱ人間は明かりが良いわな。」
どれほどの敵がひしめいているかも分からない場所に乗り込むとは思えない、落ち着いた声であった。
そして銛の入った筒を大型船へと向ける。
これは大砲を作る過程で生まれた副産物で、本来逃げる相手を捉える為の道具だ。
雷安から火薬という概念を持ち込まれてから試作を重ねてはいるが、鉛の大玉を飛ばすにはまだまだ改良が必要な段階。
だが、飛ばすのが三十糎程度の銛なら問題ないという水鏡の発案から生まれたのである。
パンッ!…カツッ!
音で気付かれる心配はあったが、どうやら大丈夫だったらしい。
乾いた音と共にしっかりと船横に噛み付いてくれたようだ。
水鏡は銛からつながっている糸を掴むと手繰り寄せ、ニヤリと笑った。
「さて…行くか。」




