第三十九話 自称目利きの鬼
刀一郎は街道を一路北へと駆けていた。
道中念のため賊の気配を探っては見たが、取り敢えず網に掛かる者はいない。
そして竜と別れて二日目の、もう辺りが闇に包まれたころ、村の門へと辿り着いた。
「むっ?何者…お主は、確か刀一郎と言ったか。」
南の門兵は少し白髪の混じり始めた初老の男だった。
交代制でやっている為、今日は夜勤なのだろう。
夜も働かねばならないとは、ご苦労だと労いの言葉を掛けながら刀一郎は馬を降り門に歩み寄る。
「そういえば竜がこの先の村の護衛に向かったが、会わなかったか?」
「ああ、今こちらに向かっている。俺は所用があり急がなければならなかったのでな。」
「そうか。足を止めて悪かったな。通って良しっ。」
意外にしっかり働いているのだな、などと失礼な考えを浮かべながら刀一郎は門をくぐる。
まだそれほど遅い時間ではない為か、食事処では仕事終わりの男たちが酒を片手に何やら騒いでいる様だ。
その声に反応してか、犬の鳴き声も響いている。
そんな光景を苦笑しながら眺め、刀一郎は阿斗里宅へと足を向けた。
「夜分に失礼する。刀一郎だ。今戻った。」
戸を叩く音に弥奈が明るい声を返し迎えてくれる。
丁度食事時だったのか、卓には本日の夕食が食べかけのまま並べられていた。
「刀一郎さん、予想より早かったですね。その顔を見ると、あまり良くない報告みたいですけど。」
「うむ、食事時に悪かったな。」
「別に構いませんよ。刀一郎さんも一緒に食べられればいいんですけどね。」
食べようと思えば食べられるのだが、不必要な食料を消費させるわけにもいくまいと刀一郎は首を振った。
そして弥奈に促され阿斗里の隣へと腰を下ろし、箸をおいたのを見計らって、報告を開始する。
報告を聞いている最中、阿斗里の表情は優れなかった。
それもそのはず、これから皇国とも色々あるだろうと思われる矢先、問題事が更に増えるのだから。
しかもそれが放っておいても何とかなるものならまだしも、うかうかしていたらとんでもないことになりかねない大事。
眉間にも皺が寄ろうというものだ。
「…なるほど。海の外の勢力が関わってましたか。次から次へと…はぁ~。」
阿斗里は大きなため息をついた。
基本的にこういう弱い部分を見せることはしないが、刀一郎の前では気が緩むのだろう。
刀一郎自身もそれが信頼の証であると感じ、悪い気分はしなかった。
「取り敢えず分かりました。後はこちらで何か対策を考えておきます。」
「うむ、何かあれば遠慮なく頼るがいい。いつでも力になろう。」
「有り難うございます。頼りにしてますよ。後、これ今回の給金です。」
そう言って渡された袋には思いのほかずっしりと貨幣が詰まっており、刀一郎は物欲から頬を緩ませた。
頭の中ではまた何の役にも立たないガラクタを買う算段で持ちきりである。
こういう所さえなければ凄い男であるのだが。
まあ、少し抜けた所がある方が人間らしいと言えなくもない。
「では、夜分に失礼した。奥方も身重の体、大事になされよ。」
「ふふっ、はい。そうします。」
刀一郎はまだ若い二人の夫婦に見送られ帰路に着いた。
▽
翌日、さっそく露店通りに繰り出し胸を弾ませながら物色を開始する。
木彫りの人形、土を焼いて作った器、南から流れてきたという綺麗な絵。
どれも目を引き中々に決められない。
「お兄さん、また来たね。」
フラフラと歩いていると、刀一郎はいつかの木彫り名人の少年に声を掛けられた。
その前に並べられた作品を眺めると、相変わらず見事なもので感嘆の息が漏れる。
「うむ、相変わらずお主の木彫りは見事だな。」
「へへっ、あんがとよ。お兄さんの為に取っといた奴があるんだよ。これ、自信作だぜ。」
「おおおっ、何と見事なっ!」
それはある一人の男をかたどったものだった。
男は槍を構え、見たこともないトカゲの怪物に立ち向かっている。
縦横五十糎を超えるが、それは一本の拘り選び抜かれた木から削り作られている様だ。
その躍動感たるや、今にも動き出しそうなほどである。
「五千楼だよ。」
「なっ!?いくら何でも高すぎるではないかっ!?もう少しまからんか?」
「駄目だよ。これは俺の最高傑作。欲しい人はいくらでもいるんだ。そういうことだから買わないなら残念だけど…」
そう言って少年は至高の作品を背中にしまってしまう。
だが、見えなくされてしまえばさらに手に入れたい欲が沸き上がってくる。
そして不味いことに今の刀一郎には買えてしまうのだ。
ほぼ全財産になってしまうが。
(これを買ってしまえば他の物が買えなくなる。だが…)
刀一郎は悩んだ。
今買わなければ後で後悔してしまうかもしれないと。
これほどの一品、下手をすればもう二度と手に入らないかもしれないと。
「よしっ!買ったっ!!」
「毎度あり、良かったよ。価値が分かる人に買ってもらいたかったんだ。」
長い時間をかけコツコツと溜めてきた金子を大放出してしまったが、そう言われれば悪い気はしない。
だが、刀一郎は知らなかった。
これが皇国宮家の始祖、その神話をかたどった作品であることを。
こうして知らず知らずのうちに、この男もまた懐柔されていくのである。




