第二十一話 長
「わざわざ来て頂いてすみません。ちょっと問題が起こりまして…。」
阿斗里の顔色は優れない。
そこまで深刻というわけではなさそうだが、放っておくことも出来ないといった所だろうか。
申し訳なさそうに語る阿斗里だが、どうせやることもなかった刀一郎にとって、寧ろこうして頼られるのは嬉しい事だ。
証拠に、先ほどまでのだらしない男はどこへやら、背筋をピンと正し、話に耳を傾けている。
「問題というのは、村から南西の方にある鉱山の事なんです。」
阿斗里は地図を片手に語り始める。
鉱山のある場所は依然話した竹地村の丁度南方。
距離的には向こうの方から行くのが近い様だ。
「この鉱山を発見したのはこちらの方が先なんです。今までは竹地村の方から何も言ってこなかったのですが…。」
それが突然、採掘分の五割を要求してきたとのこと。
しかも、問題はそれ以外にもある様だ。
「鉄志さんから聞いたことなんですが、鉱物の採掘は毒性が辺りに漏れ出さないよう注意が必要らしいんです。まあ、今はそれほど量を採掘していないので問題ないだろうとも言っていましたがね。」
何でも、まだ皇国の名乗りを上げてすぐの頃、住民の一部が原因不明の病で死に至るといった事件があったようだ。
薬学に詳しいものが調べても全く原因は掴めず頭を悩ませたとのこと。
そうして調べていく過程である共通点が明らかになった。
鉱山の近くに住んでいる者がより被害の規模が顕著だったのだ。
因果関係は不明だったが、取り敢えず宮様の鶴の一声で鉱山近くに住むことを禁じたとのこと。
そして、元々近くに住んでいた者は国費を投じて転居させ、暫くの間税というものを免除させたらしい。
「一番の問題は、承諾しなければ自分たちは自分たちで勝手に採掘すると言っている事です。」
「なるほど、被害が向こうだけにとどまるならまだしも、こちらも被害を被ってはたまらないと。」
「いえいえ、彼らにも被害は出てほしくないですよ。しかし、言っても聞いてくれるかどうか…。」
更に詳しく聞けば、村に引いている水源もそれなりの距離があるものの方角的には同じらしく、そのことも懸念材料となっている様だ。
「交渉に向かおうと思うのですが、向こうの長が結構気の荒い方なので一応、刀一郎さんにもついてきてもらおうかと。」
「阿斗里自身が向かうのか?危険だろう。竜辺りではダメなのか?」
「以前頓挫した他の交渉事も進めたいので、こういう場合は今までもそうでしたし、私自身が赴くのが礼儀かと。伝聞では齟齬が発生する可能性もありますから」
説明を聞き、刀一郎も不承不承といった感じに納得した。
それと同時に、やはり自分にはこういう仕事があっていると実感するのだった。
何と言っても、この男は武人なのである。
「後、帰ってきたらなんですが、長会というのを作ろうかと思ってるんです。」
それは何ぞと耳を傾けると、人も増えてきたので村を区画に分け、その中から長を決めてもらい、村の重要ごとを話し合う集まりらしい。
この様な集まり自体は以前からやっていたらしいが、次からは正式に実行団体として組織するとのこと。
簡単に言えば、今までは参考にする程度だったのが、これからはその会で決められたことが村の正式な法となるのだ。
今の体制のままでは、どんなに阿斗里が質素倹約に励もうと、いつか独裁の誹りを受けることは必定。
この先の村、そして都となっていくには絶対に必要な過程なのである。
「出発は、私の都合が出来次第という所ですね。恐らく一月は無理でしょうが。それまでは何とか宥めておくしかありません。」
そこでこの話題は区切りとなり、もう一つの話に移る。
もう一つの話というのは、どうやら皇国がらみらしい。
「以前皇国に抗するみたいなことを言いましたよね?」
「ああ、確か、上に立つ者がいつでも賢君とは限らないとかいうあれか。」
「はい、そうです。そのことで補足しておこうと思いまして。」
刀一郎の認識では、南から攻めてくる皇軍をこちらが迎え撃つというものだったのだが、どうやら違うらしい。
「最初に知っておいてほしいことは、戦になった場合、必ず我々が負けるということです。」
「しかし、距離が距離だ。数を送れるとも思えんし、何とかなるのではないか?」
「鉄志さんから聞いた話では、全軍の数十分の一を送られただけで、最早策では覆せないほどの戦力差になります。例え刀一郎さんは負けずともこの村は落ちるでしょう。」
伊邪那村には一応守備隊の様なものも存在する。
村内部の治安を守る都留岐を中心とした警備隊、東西南北の門を守る門兵。
だが、それらを全て合わせても百にも満たない。
これらを鑑みれば、阿斗里は初めから武力での衝突は考えていなかったのだろう。
「そして有難いことに、都を治める宮様が、今まで武力をもって村や集落を制圧したことはありません。」
言葉とは裏腹に、その表情は硬い。
「ですが、それなりの発言権を持つには、我々とてただ吸収されるだけでは駄目なのです。」
対等、若しくは一目置かれる存在になる為には、お互いに恐れが必要と語る。
そこまで聞けば、流石の刀一郎でも理解した。
だから、己が必要なのだと。
それを理解した時、刀一郎はまるで血が沸き立つ思いだった。
その事実こそが、己が武人であることの証明だろう。
「刀一郎さんにはとても難しいことを要求しなければなりません。」
阿斗里は語る。
己が目の前の武人に求めることを。
それはとても常人には真似できないであろう、鬼神の所業であった。
「恐らく色々あり、形だけとはいえぶつかることになるでしょう。その時、誰一人殺さず、けれどもその力を示し、そして場を収めてほしいのです。」
「…誰一人…」
「はい。殺してしまえば、皇軍はもう引けなくなります。そうなった瞬間、私はこの首を差し出す覚悟です。」
その青い瞳は揺れていた。
その悲痛ともいえる覚悟を聞き、刀一郎は武人としての心を震わせるのだった。




